54:幕間の続き
揚羽は、いないはずのもう一人を使いボールの軌道を変化させ、相手のポジションが崩れた中を高速パスや連続セットプレーでゴール付近まで導く。
しかしそこまでは上手くいっているが、肝心のフィニッシュを決めきれない。
この中で一番決定力のある滴でも霜月にいる縦と横の怪鳥二人に完璧にシャットアウトされていた。
それこそパスの起点になる揚羽がシュートまでしなければ得点にならないくらい点の入らない展開が続く。
***
観客席は賑やかに試合を眺めていた。
「あ、アリスいた! どうしていつの間にか反対側にいるのかなあ!」
「コハル……とダレ?」
「この人は私をここまで連れて来てくれた人です。なんと視力が6.0あってアリスの目立つ金髪ヘッドを探してくれたんだよ」
「別にいい。特等席を見つける代わりにウロウロしたついで」
「いえ、本当にありがとうございました」
観客席の最上段で小春が謎の女性に頭を下げていた。
その様子をアリスはキョトンと眺めている。
「ところで由那は試合にまだ戻らないのか……やっぱ故障か?」
「それは分かりません! ちょうど霜月がフォーメーションを変えたところです!」
「おっ、元気が良いな。実はトイレ行っていたからほとんど試合を見てないんだ。このままだと姉妹にどやされるからちょっと試合内容を聞かせてくれ」
「それならここへどうぞ。あと二人くらいなら座れます」
「だってよ、ほらお前も金髪の隣に座っとけ。立っていると邪魔だ」
「はい」
「コハルまいご」
「それは違うんじゃないですか?」
「つうかあんた迷子だったの?」
試合は滴のシュートに反応した冬宙がボールを叩き落したところ。
冬宙の高校生離れをした滞空時間と俊敏性が試合の後半で疲れた竹春を確実に捉えていた。
「霜月はあえて竹春の攻撃をシンプルに止めていますね。竹春の二年生が出すパスは異質ですけど、結局最後に決めるのは他の誰かなら、そこが一番止めやすい」
「ようは空間支配系の守備ね。相手が自分たちより実力が下じゃないとできない奴だ」
「えっとアリス、赤髪の人が言ってるのはどういうこと?」
アリスを探すのに夢中だった小春は憧と真彩の二人の会話に付いていけなかった。
『注意すべき竹春のPGは霜月の四番が抑えて。残る雑魚は絞め殺すってこと』
「いや英語で言われても最後の方は意味が……え?」
「小春だっけ? その金髪が言いたいのは、“要所さえ由美が抑えておけば、霜月は元々持っている守備力で十分に対応できる”ってこと。つまるところ、チームメイトの差が今の状態を作っている」
揚羽がどんなに周りを把握して的確にパスを送ろうとも、最後に決められる人がいない。
いまコートにいるメンバーでは霜月の鍛え上げられた守備をどうしても崩しきれない。
「それにあの揚羽ってやつは、由美がマークにつかなきゃもっと面白いことをしようとしていたみたい。ここからでも悔しがっているのが分かる」
「突破口はあるんですか?」
「そりゃあ前半みたいに、相手の分厚い盾を撃ち貫くエースを持ってくるのが手っ取り早い。由美が中盤に固定されているなら、それだけでも状況は打破されるだろう。でも――」
「でもそれだと竹春の二年生はあのパスを使えない。彼女の予想を超えているから」
「おっ、先に言われちゃったな」
「……コハルはたまにするどい」
「え? いや、これは口が勝手に回っただけで……」
「だいたい合っているさ。結局は練習不足ってことなんだろうけど、由那の動きは捉えづらいからな。どちらかといえば由那が周りに合わせた方がパスは通る」
それが揚羽を困らせる最大の要因だ。
自分で動いて、ポイントガードにパスコースを作っているのだが、そのレベルが非常に高いのが悩みどころだ。
「ただ、もしも、竹春の二年生が由那の動きに合わせられるなら――」
奇跡の逆転劇もあるのかもしれない。