53:支えと可能性の一人
揚羽はずっと不思議に思っていた。
あれだけ個性的な面子が興味すらなかったバスケにのめり込んで、今こうして全国区の強豪校と試合をしているのは部外者だった揚羽には異質に見える。
中学でバスケをしていた滴はまだわかるが、スポーツ全般が全くできない愛数や他の競技で天性の才能を見せる三咲や栄子は謎。
その二人が兼部までして真剣に取り組んでいることが最初は信じられなかった。
余程気合いの入った勧誘で彼女たちを誘惑したのならまだ分かるが、そういったことはしていないという。
しかし日々の練習に向かう姿勢を見て、少ない時間だが彼女たちと話をした。
そこで同じような言葉を耳にして考えを改めた。
それが竹春というチームを一つにまとめる魔法の言葉だと揚羽は思う。
「今の感触を覚えていて。こっちが勝つ可能性があるとすれば、点を入れられるときに入れるしかない」
「分かってます。揚羽さんが折角作ってくれたチャンスを無駄にはしたくない」
「愛数にはわからないけど、何かしたってのは分かる。それで試合に勝てるなら何でもする」
「そうだな」「そのようで」
揚羽のパスは本来、絶対的な信頼関係を築かないと成功させることが難しい。
だから去年も慕ってくれる同級生と自分を含めた四人でこのパスを完成させた。
しかし竹春の四人は一発でそれを成功させて見せたのだ。
それこそが、このチームがただ仲の良いチームというわけではなのだと再認識させてくれる。
「これ以上は要求しない。ただあなたたちは自分の信じるバスケを続ければ、私が勝利へ導いてあげる」
それぞれがポジションについてから揚羽はそう呟く。
彼女たちの支えになっている少女は、きっと熱い視線をこちらへ向けいるのだろう。
「そんなギラギラするな、来夏が若干怯えている。もう少し私のやりたいようにやらせてくれ。まだこれは完成していない」
揚羽は月見のパスをカットし、ドリブルで仕掛ける。
霜月はフォーメーションを変えて手薄になったかに見えるが、実際に試合に出ている揚羽にはそう映っていない。
いままで自陣深くに潜んでくれていた方がよっぽどましな人が目の前まで来ている。
「でもこの人を躱してゴールへつなぐのは一苦労ね」
「……あなた程の選手ならこれの意味が分かっていると思うけど?」
「ゴール下が手薄なのはいいんですか?」
「そう思うなら、さっきみたいにボールを繋げばいい。こっちは結果が全て」
「いいね。私もこっちの方が実は好きなんです」
揚羽はドリブルで由美を抜きに行く。
今のチームではパスに徹する揚羽がボール遊びの好きな子供のように無邪気にドリブルをするのは珍しい。
その相手が1on1に滅法強い子津由美ならなおさらだ。
ボールを挟んで二人が繰り返す駆け引きは、フェイクの一つでさえギリギリの戦いをしている。攻める側は抜きに行こうとすればボールを奪われ、守る側はスティールに行こうとすれば抜かれる。
高いレベルの攻防は、由美が微かに見せた隙にパスを出した揚羽に軍配があがる。
そこからの竹春は早い。
揚羽から栄子へと繋ぐボールは、ゴール下で待つ大林の腕を弾き反対側の滴まで運ばれる。
大林が触ってしまったのは栄子ならドリブルで踏み込んでくると思ったせいで、さらにバランスを崩していることで滴はフリーでシュートへいける。
「滴、早く撃って!」
「分かってる!」
愛数に急かされるまでもなくすぐにモーションに入った滴の前へ、横長の影が入り込む。
素早い反応を見せて大林のカバーに入った冬宙だ。
「シュートを打つ前に飛ぶなんて、初心者丸出しじゃない」
「それはどうかなっ!」
滴はワンテンポ遅らせてシュートを放った。
冬宙の跳躍が下降し、大林が間に合わない絶妙なタイミング。
その見極め自体は間違っていない。
「そんな……ことって――」
「私は飛ぶだけなら、セーラって奴より長く飛べる!」
空中に制止したかのような異常な跳躍を見せる冬宙に滴のシュートは弾きだされていた。
長い跳躍から降り立った冬宙が由美の考えを漏らす。
「そのパスってさ、シュートを決める人が本当は決まっているんだしょ」
「――なによそれ」
なぜなら揚羽のパスは、シュートを決めるところまで考えて出されていないとおかしい。
出来すぎだった今のようにシュート時にフリーになれればよいが、守る側はシュートを一番警戒している。
その精度がパスに比べて非常にお粗末なのだ。
そうしなければならない理由として竹春と霜月の地力の差は明確にある。
だからこそフィニッシュを任せられる選手が一人でもいればそのパスは完成を見せるはずだ。