48:お披露目
敵陣深くで竹春のしたパスミスから一気に霜月はカウンターを仕掛けた。
出雲がドリブルで切り込んでいき、逆サイドに月見が待っている。
それに対して竹春は揚羽しか戻れていなかった。
竹春としては仕掛ける前に失点をするのはできれば避けたい。
ここは少し無理をしてでも止めなければならない。
そんな数的不利な状況で揚羽が仕掛ける罠は、相手が出雲だからこそのもの。
揚羽はまず視界を広げてパスを警戒する素振りを見せ、出雲に得意のドリブルでゴールを狙わせる。
出雲は月見とのコンビプレーだけでなく単独でドリブルをするケースが多い。
さらにドリブルからのシュートの成功率の高さから、それが得意というのも分かる。
しかし揚羽としては一対一で止める方が簡単で、パスを出されてしまえば失点は決定的になる。
だからこそ自分で動いて選択肢を無くさせてもらう。
相手がそれくらいは頭の回る力量を持っているから、揚羽の守備は成功し、ターンオーバーから由那にボールが入る。
由那からマークを外さない大林がすぐチェックに入り、由美も近くまで来ている。
ここでも由那は時間を掛けないように左右の揺さぶりで大林を振り切るが、左手に走るピリッとした痛みが走る。
しかし表情は崩さない。
どれほど屈強な精神力を持っているのか、感情を押し殺す彼女が由美には見ていて怖かった。
「あぁいうのは仲間が気づいてあげないと。本人はいつまでも無茶をし続ける」
カウンターのような突発的な事態だと由美のゲームコントロール外になるが、竹春が本来の攻撃時にする由那の単独突破、栄子の俊足を生かした突破、滴の思い切りの良いドライブなどを個人もしくはチームディフェンスで確実に止めるのが霜月のゲームプランである。
それは試合の中で精度を増していき、由美の感覚でほぼ百パーセント行けると思って行けなかったことは今までにない。
以前、滴が言っていた言葉を借りるなら、急に強くなるなんてことはありえない。
***
竹春は揚羽を起点にパスを回し始める。
「出雲、月見、そのボールはカットできるわ!」
霜月の最後列から声が飛ぶ。
竹春の攻撃パターンはほぼ出し尽くされているため、揚羽、滴、愛数、栄子と繋がるパスコース上にいる二人に声を掛けた。
「ここっ!」
出雲がパスのタイミングを読んで手を伸ばす。
愛数の緩いパスからの栄子の走り込みから生まれる速度差は、相手にしてみると相当厄介だがやると分かっていれば止めるのは容易い。
当然のように出雲が栄子の一歩前を並走してコースを消したのだが、
「タップパスかよ!?」
出雲が並走を止めて立ち止まり、二人も経由して前線に送られてきたとは思えないほど早いタイミングでボールが入ってきた。
「出雲後ろ!」
「なんなんだよ、もう」
「ほいっと」
もたつく出雲を尻目に栄子は得意のレイアップを決める。
竹春は別にタップパスなんて特別なことはしていない。
ただ足に溜めた力をボールに伝えるパスから、上半身の腕だけでのパスに切り替えただけだ。
しかも飛躍的にパススピードの向上とパスを出すタイミングを分からなくするパス。
それが予選の始まる前から、揚羽の下で彼女たちが特訓した連係の土台となる。