41:霜月の怪鳥
竹春高校VS霜月高校の準決勝戦が始まる。
大会最高身長を誇る三咲がいない分竹春は高さに不安を抱えるが、代わりに途中出場が多い去年の揚羽をスターターに持ってきている。
ゴールまでボールを繋ぐためにスピード重視のメンバーにしてきたようにも見えるが、実際には三咲に無理をさせないためのメンバーである。
試合が始まってからでなければ良し悪しは言えないが、センター対決を望んでいた大林は落胆で肩を落としていた。
試合開始のジャンプボール。
霜月の大林に対して、竹春は揚羽で行く。
「噂で聞いていたより、大人しそうだね。去年は結構な騒動を起こしたそうで」
「答える義理はないわ。そっちこそ、ジャンプボールで競った時に押しつぶしたりしないで」
通常なら三咲の代役は栄子のはずだが、このときはそうしなかった。
相手が元バレー部で身長百八十オーバーの大林では勝負になるはずもなく、審判が上げたボールが最高点にいったところを大林の大きな手が制す。
ボールは余裕を持って霜月側に落ち着き、全体を見える位置にいる由美の指示で前線の出雲へパスが出される。
「出雲、佐須がいないなら一人で十分よ」
「そういうことらしいから、月見はそのまま下がっていて」
「りょーかい」
得意なドリブルで敵陣を駆け上がる出雲は、相手に距離を詰められる前に早いタイミングでシュートを放つ。
ボールの行方を視線で追う栄子と愛数とは対照的に、出雲はシュートの行方に目もくれず守備に戻り始めていた。
霜月が守備を優先させているのがそれを見ただけでも徹底されていると分かる。
さらにゴール下でシュートが外れたときのリバウンドを取りに行くセンターの姿も霜月の攻撃では見られない。自陣のゴール下に残ったままである。
シュート自体はバックボードに跳ね返るもゴールリングに吸い込まれていった。
***
守備の陣形が完全に敷かれる前に得点を取り返したい滴は、落ちてくるボールをキャッチして、コート中央に残る揚羽に照準を合わせる。
最初の攻撃を成功させる確率を上げるためにワザと相手の先制をノーガードで受けた。
そうしてでも広い視野と正確なパスのできる揚羽を中盤に残して置くことに意味がある。
「揚羽さん! とりあえず一本返しましょう!」
揚羽はパスを受けてすぐに前を向く。
霜月の陣形はほとんど整いつつあるが、ボールを持つ揚羽へプレッシャーを掛けるのが遅れている。
揚羽はこの隙を逃さずノーマークの間に正確無比のパスを前線へ送った。
霜月対ブランクス戦を見て見つけた霜月の穴は、センターの大林。
霜月のスタイルを逸脱する彼女を攻めておいて損はしないはずだ。
それにそのポジションには信頼できるエースがいる。
「田崎!」「はい!」
ゴール下に潜り込んだ由那へのパスコースは潰されているが、由那が逆へのフェイクを入れることで一歩分の隙ができる。
この動きを想定したパスが由那の手元へピンポイントで届く。
「変な動きでパスは通しちゃったけど、これ以上はやらせないよ」
「――負けません!」
由那へ大林がプレッシャーを掛ける。
由那にゴール方向へ向かせない守備は霜月の鉄壁の守備として様になっている。
前の試合で思ったように高校の途中からバスケットを始めた大林は動きにムラがあるが、こと守備に関してはしっかり鍛えられているようだ。
ならばと選択肢を増やすために由那が視線を切って周りを見る。
栄子と愛数が左右から走りこんで来るのが視界の端に見えるが、既にコースは他の選手で潰されている。
一点だって許さない守備はこういった小さなことの積み重ねなのだろう。
だが、それを突破できる実力を彼女は秘めている。
「力の押し合いっていうのも嫌いじゃないです!」
「意外と、がっつり力任せに来るんだね」
ドリブル速度を上げ、背中に大林を背負ったまま由那は大林の右を抜きに行く。
その体捌きは、ボールより身体を先行させ、ドリブルコースをこじ開ける強引なドリブルに見える。
しかし相手を背に抱えていようと一瞬でトップスピードに移る由那のドリブルは、そう簡単には止められるものじゃない。
特にチームディフェンスを重視する霜月の守備はこういった一点突破に弱い。
由那は大林を躱し、追いつかれる前にジャンプシュートを放つ。
それを大林は一歩下がった所から見ていた。
「あぁ確かに負けず嫌いなプレーだ。でも――」
シュートは綺麗な軌道を描きゴールリングへ向かう。
――ドキャ。
それを大林が力技で薙ぎ払った。
「でもゴールにさえ入らなきゃ、多少抜かれても関係ないよね」
目一杯に伸ばした手でバックボードにボールをぶつけた。
大林の特徴としては、横への動きは三咲ほどじゃないが高さは人を飛び越えるほどにある。
それが大林という霜月の怪鳥と呼ばれる所以で、未知の力を持つ相手校のエースに一切物怖じしない彼女の強さの象徴である。