38:気持ちのリセット
試合が終わって直ぐに竹春は三咲のいる選手控室に走った。
そこには治療中の彼女がマネージャーにテーピングをしてもらっていた。
「「三咲さん!」」
「この世の終わりみたいな顔をするな。こっちまで笛が聞こえてきたから試合が終わったんだなってのは分かった。勝ったんだろ?」
負傷したはずの右腕をグリングリン回して快調さを見せてくれる先輩は、口角を上げてチームの勝利を喜んでくれる。
傍にいた来夏は、突然腕を振り回されるものだから驚いてよろけていたが、その表情からは不安の色は消えている。
滴は会場常駐の救急員が帰っていることに気付き、直ぐに病院へ行くような精密検査を要する骨折などの重傷ではないのだとほっと胸を撫で下ろす。
オーバーアクションを取った三咲を顧問は咎めるが、大事に至らなかった安心が先行して和やかなムードでしばらく時間が経過した。
場が落ち着いたところで、滴は視線を三咲から由那に切り替えてそっと彼女の肩に手を置く。
表情は飛び切りの笑顔で、優しさを表現したつもり。
「さあ、反省会といきましょうか?」
「えっと――滴、怖いよ?」
「そんなことない、と・び・き・り笑顔♪」
「そろそろご飯……」
「いいから。五分と経たずにすぐ終わるから」
「私、今日はお弁当を大目に持ってきたからみんなに分けれるよ?」
「はい、愛数はそのお弁当欲しいです! お小遣いなくて困ってた!」
「愛数は引っ込んでいなさい。そして由那は話を逸らさない」
「えっと、何の事でしょう、か?」
滴は由那が一人でやったことにカチンときていた。
いくら自分たちがふがいないと言っても、何の相談もなしにやられて気分が良いはずがない。
「敵を騙すなら味方からとはいうけど、まさか私たちよりポッと出の先輩を頼るとは思わなかったなぁ。傷つくなぁ」
「……むぅ……滴たちだって……セットプレー練習してきたくせに……」
「それはそれ、これはこれ。まず自分のした過ちを謝れないと人間として小さいと思うな――――はい、本当にごめんなさいでした」
息継ぎなしで滴が頭を下げたものだから由那は戸惑う。
その場の雰囲気に耐え切れなくなった由那も頭を下げる。
「ごめん」
二人がほぼ同時に顔を上げると、斜め上の方へ視線を泳がせる滴がいた。
「私と栄子、愛数、三咲さんの四人で隠れて練習してた。理由としては、今もそうだけどこれからも由那に頼った戦い方だけじゃダメだと思う。でもまだ完成度が低いから、次の試合はほとんど使えないと思うけど」
滴は自分でも分かるくらい恥ずかしくて顔が赤くなっている。
「うぅ、そんなことで謝るのはおかしいって顔ね? 別にいいのよ、気持ちの問題なんだから。とりあえず謝らせておきなさい」
「滴は、結構意地っ張りだよね。もしくは、えーと、ツンデレ?」
「愛数みたいなことを言わないで!」
みんながそうなってしまったら生きていけない、というくらいに滴が本気で叫ぶものだから、その場にいた愛数は目を点にして心を無にするしかなかった。
「ところで!」
「――仕切りなおすのが下手な滴であった」
「三咲さん、愛数にチョップでお願いします」
「いたぁ、暴力反対! このポジションからの脱却を主張するよ!」
「次は、必殺のアイアンク――」
「待とう、待とうね。それってリンゴをぐしゃってする三咲のアレだから! 愛数はおもちゃじゃないんだよ! この人殺しども!」
いつも通りの雰囲気に午後の試合への不安も一先ずなくなったかのように思える。
一試合やった後とは思えないほど元気に満ちて騒いでいるなかを、顧問が由那と揚羽を外に連れ出す。
現在の竹春をまとめている由那が呼ばれるのは分かるが、滴でなく揚羽というのに少し違和感がある。しかし前科のある揚羽だからこそ、顧問が本当に伝えたいことを一番に分かる人間として揚羽は呼ばれた。
「率直に言います。次の試合、できれば山田さんを出さないであげて欲しいの」
三咲の怪我は大事を取るほど重いものではない。
それは顧問を含めた全員が分かっている事実。
普通に試合をしていればまず悪化しない程度の打撲という診断打倒である。
ではなぜ顧問が申し訳なさそうに目を伏せながらお願いをするのかというと、竹春高校としての大人の事情が出てくる。
三咲と栄子、この二人は元々所属している部活がある。
それもバスケ部でいう由那と同じくらい、各競技で秀でているのがこの二人である。
あくまで本来の柔道部や陸上部で全国へ行ける実力を持つ二人がバスケ部の試合に出ていることが既に問題という話。
「山田さんは今週の始め、柔道部の方を休んでいるの。握力が戻らなくて、練習もできないって自分の判断らしいわ。それがもし再発したら、彼女だけで持っている女子柔道部は凄く困ったことになる。場合によっては廃部だってないわけじゃない。だから絶対に無理をしないように言われているのよ」
柔道に元々なかった動きが少しずつ負担になって、腕だけでなく腰も痛めているというのは三咲から口止めされていた。
「こんなことを言うのは、バスケ部顧問として何もやってない私が言うことじゃないと思う。けれども、私は教師であるから言わなければなりません。これはもうお願いじゃなくなっているわね」
今までずっと頼りない顧問だったかもしれないが、二人の眼を真っ直ぐに見て凛とした口調でハッキリと言う。
「次の試合、山田さんは試合に出せません」
それを彼女たちは何も言い返さず受け止める。




