37:悔しかった
秀明が沙織の競り合い一辺倒な攻めなのに対して、ここへきて竹春が多様な攻めを見せてきた。
由那の単独突破による止めようのない得点。
三人による高速連携によるパスワーク。
後者は三回に一回の確率でパスミスが出るから、自滅を待てば止められるが、問題は思った以上に佐須揚羽が関わってこないことだ。
重要視していた選手が、考えていた以上に試合を傍観していることでやり辛さにも似たごたつきが秀明を戸惑わせていた。
去年の竹春はもっと揚羽を中心に試合をしていたはずだ。
ベンチから厳しい視線を送るマネージャーが愚痴をこぼす。
「どうしようか。単純に実力差だけで押されるのと違って、この試合から使ってきている連係とか予想外よ」
ベンチも判断に迷っているが試合の終わりは近い。
ファール数の多い秀明の試合にしては、ファール数が少ないのもやりたいことが出来ていない証拠だ。
そういった意味で竹春は秀明をよく研究して来ていた。
「研究してもされることなんて考えていなかったね」
だが、これが通用するのはこの試合だけだろう。
試合に出ていないからこそ分かることがある。
「まさか、こんな真っ向からやって出し惜しみしないチームとあたるなんて、やってみないと分からないことって多いんだね」
「あきらめモードか? 超士気下がるんだけど……」
ついさっきタイムアウトを取り、我がチームのマネージャー様が独り言をおしゃべりするような奴とは思っていなかった。
沙織の中でマネージャーの子のイメージ像が壊れていく。
「確かにやられたよ」
沙織は勘違いをしていた。
初め、竹春の一人が単独プレーに走ったときはチームを崩壊させる序章に見えた。
そして次に、三人だけのチームプレーはチームが割けたものだと思った。
だがそれは違うのだとしばらくして分かった。
彼女たちの根底にある気持ちが垣間見えたからだ。
一人で突撃する彼女は、味方へのラフプレーを自分へ集中させ、チームプレーの三人は、成功率は実践に投入するにはまずいレベルでも成功した時は、こっちになにもさせないものだった。
やり方は違っても気持ちが一つのチームは強い。
それこそ秀明が本当に目指したものだったんじゃないだろうか。
「さぁ――――底意地悪く、最後までやってこようか」
コートに戻るとマークには五番の子が付いていた。
この際だから言いたいことを言っておこうと思った。
「やられたよ。さすが真面目にここまで勝ってきたところは違うね」
「……」
「――無視かよ」
しばらくして、この試合のラストプレーはそんな二人の競り合いだった。
単身で敵陣深くまで潜り込んだ由那に沙織がブロックで飛ぶ。
空中戦で幾度となく対戦したが、冷静さが強みの沙織に対して、由那は持ち前のテクニックで一つ上の次元で安定したシュートフォームを崩さない。
このときは身体を後ろへ傾るフェイダウェイで、同時に飛んだ時にほとんど勝負がついていた。粘りを見せる沙織だが、ボールに指をかすめることもできずラストシュートが決まって試合終了のブザーが鳴った。
着地すると由那の方が尻餅をついているのが目に入った。
ボールには届かなかったが、彼女のどこかに手が触れたのか、もしくは試合が終わって気が緩んだのか。
狙ってやっていないことには無頓着な沙織には良く分からなかった。
そのとき沙織の中にどす黒い感情が生まれた。
目の前の少女が着地に失敗したように、自分もこのまま膝を畳んでバランスを崩したように見せれば少女の上に倒れこむのは自然なことじゃないだろうか。
考えるより先に身体がそうしていた。
「……ちっ、これは違うだろうが……」
沙織は由那のいる方へ倒れこみはしたが、しっかり肩肘を張って上に覆いかぶさるようなことはしなかった。
彼女にとって相手に怪我をさせるのは試合に勝つ方法だが、決着がついている時点でそれをするのは彼女のルールに反している。
何より、これをしてしまったら気分が悪くてしょうがない。
彼女の方が先に立ち上がり、なかなか立ち上がらないでこちらを気にしている少女を起こしてやろうと思った。
右手を差し伸べると、少女は戸惑いながらも力強く握り返した。
「勝者がいつまでも座ってんじゃないよ。さっさと整列して終わろうよ」
「はい。ありがとうございます」
「律儀だね。試合が終わればちゃんと年上に敬語で話すんだ? こっちがどんな作戦を立ててこの試合に挑んでるのかだいたいわかっているだろうに」
「はい。それを分かって、それで素直に凄いと思っています」
「はっ、なんで?」
「やり方は、多少癖があってこちらもムキになってしまいました。それでも“勝ちたい”って強い気持ちが全身から出ていて凄く強いチームだったのは確かです! また機会があれば勝負したいって今だったら、言えます!」
なんなんだ。
この子はなんてバカなんだろう。
「さっさと整列するぞ」
「はいっ」
こんなバスケをやろうと決めたときから憎まれるのは当然、と思ってやって来ていた。
そんな矢先に物凄く前向きにそれを捉えて、また勝負したいと思うような相手がいるなんて予想外だ。
それと同時に違う感情も心の奥底から湧き上がって来ていた。
それはさっきの濁りきった感情とは別物だ。
竹春の選手と一緒にコート中央へ向かう最中に、隣の少女に聞こえないようにぼそりと呟く。
「……悔しいじゃん。そんなこと言われたら、自分のやってたことが間違いじゃなかったって思ってしまうよ……」
一年このために努力して、まだ二年生。
次のある秀明の選手のほとんどが、感じることがないと思っていた感情だった。
それは最後のチャンスをダメにしたときにしか感じないと思っていた。
それをこんなに早く気付かされるとは思わなかった。
それはまるで真っ当な方法で勝った人たちが感じるものと何も違わない。
純粋に勝ちたかったという気持ちが涙となって流れ出ることを意味していた。
地区予選準々決勝、竹春対秀明
68対42で竹春高校が全国出場を決める準決勝へ進んだ。
試合後の様子は、さばさばしていた秀明の選手も他の学校と同じように悔しさにタオルを濡らしていた。