02:無人のバスケ部
竹春高校の体育館は曜日ごとに使用する部活が決まっていて、誰でも自由に使えるのは朝早くと昼休みの少しの間だけだ。
月曜日と木曜日は男女のバスケ部が共同で使える日で、今は休部状態の女子の分も男子が使っている。そこへ入り込んで練習風景を見ると二面あるコートの一つを二、三年生が実戦形式の練習に使い、もう一つを仮入部の一年生と残りの上級生たちが基礎練習をしていた。
しかし一年生の中で一人だけが上級生に混じって実践形式の方のコートにいた。
スポーツ推薦で入ってきたその一年の名前は大塚秀人。
このあたりではバスケットで一番強い桐生中出身のバスケ部員で公式戦の実績はないが、個の力としては即戦力といわれている。学力の方も入学時はトップの成績を収めて新入生代表のもう一人を務めていた。
二年生主体のチームに入れられた大塚はポイントガードを任される。
何度かパスを回して周りの感触を確かめていた。
「そろそろ一本決めに行きましょう」
指を一本立てて秀人が周りに指示を飛ばす。
緊張はあるが、春休み目一杯まで自主練習をしていたから体の方は試合をしたくてうずうずしている。
こうやって仮入部の身分で上級生と練習できているのは、中学時代の秀人の試合を見ていた人がいて、紅白戦に参加させてもらっているからだ。
その人の期待を背負いコートに立つと、意外にも緊張を超えて冷静な自分がいる事に気付く。
今の男子バスケ部は、半ば同情で集められた経験者止まりの面子ばかりだ。
その人たちは年齢が上といっても、実力は現在の大塚とそう違わない。
ブランクがある分、大塚の方が動きの俊敏さでは勝っている。
「木下先輩!」
左に大きく膨らんでフリーになっている先輩にパスを出し、通じるか分からないアイコンタクトをしてから秀人はゴール下へ走った。
その動きに合わせてディフェンスがついてくるが、それより先に先輩からのパスが返ってくる。
走り抜ける速さを落とすことなく、レイアップでボールをゴールへ沈めると、周りから歓声が上がった。
こういった自分で決めに行くプレイは得意ではないが、昔から近くで何度も見たことがあるパターンだったからうまくいった。
そこから先は上級生たちが感覚を取り戻していく中で、大塚が中学三年間でしてきたことが今も生きていることを感じつつ、その日の練習は終わった。
練習後、秀人の所へ一人の少女が訪れていた。
「練習、終わったの?」
「終わった、終わった。いまから着替えて帰るところだった」
少女の前での秀人は練習していたときより、テンションが高いように見えた。
「ダメだった。一人もバスケに興味ないっていうよりは、他の部活に行くのを決めてた」
少女は悲しそうな顔をして俯く。
秀人の方もそれに釣られて少し悲しくなる。
「でも、まだ一ヶ月あるんだ。あきらめずに頑張っていこうぜ」
秀人は少女の事を励ましたいと思った。
悲しんでいる少女の肩は、触れれば壊れてしまいそうなくらい華奢だ。
お互いに男女それぞれの平均より十センチほど高いが、大塚からすれば少女の方が頭一つ分小さい。
「こっちでも先輩に聞いてみるから。三年生は無理だろうけど、二年生なら気まぐれに入ってくれそうな人もいるかもしれないだろうし」
「気まぐれなんだ……」
「最悪、あいつが陸上部と兼任すれば最低一人は確保できるし」
「栄子ちゃんは、この間、短距離の選手に選ばれて忙しいって断られた」
「どちらかといえば栄子は中距離派だから。短距離なんてあいつには向かないし」
個の少女が現在、唯一の女子バスケットボール部員。部活を再始動するにも部員が集まらず、どうしても思考がネガティブな方へ行ってしまう。
「とにかく、幼馴染の俺達に任せてくれ!」
秀人はその場の重い空気を払拭するような爽やかな笑顔で言うが、少女の瞳にそれは写っていなかった。