35:才能の差
コートを静まりかえらせたのは、一選手の独断プレーだった。
それが追い上げてくる秀明へ傾きかけた流れを完全に断ち切る。
「もう、誰一人だって欠けさせない。そのためになら一端、道を逸れても構わない」
つい五秒前に来夏に代わって揚羽が投入されたことで攻撃モードへ移行した由那が、相手コートを一閃していた。
竹春で頭一つ抜きんでた才覚を示すエースの輝きは、秀明にとっては予想通りだ。
そしてなにより揚羽が出てきたことが一番大きい。
これで竹春は交代で流れを変えることはもうできないし、揚羽も潰せれば勝利がグッと近づく。しかし少女は想像を超えたプレーを繰り返した。
「――っっ」
秀明のゴール方向への浮いたパスに由那と沙織が競り合う。
地に足がついていない状態でも冷静なプレーができる沙織に対して、由那は違うアプローチでボールを奪りにいく。
先に触れた沙織のボールを横から掠め取るように、空中戦の後手に回る由那が、揚羽へパスを渡せた。
「揚羽さん!」
由那はボールを要求した。
着地と同時に沙織を振り切って前線に飛び出した由那へ、揚羽のパスが通る。
「アレがあなたたちのやり方なら……」
勢いを殺さずに突進してくる相手選手をスピンで躱し、さらにもう一人が仲間もろともという勢いで躊躇なく突っ込んで来ていた。
秀明がこれまでの試合でもらう沙織以外のファールは全部このパターンだ。
それに対して由那は真っ向から挑む。
「……わたしは……」
相手の足元へ由那はボールを投げ出す。
相手の着地する足の近くでバウンドするボールは、誰へ向けたものでもなかった。
相手がボールへ視線が移ったのを感じ取り、由那が紙一重のタイミングで突進する相手を躱して、自分で出したボールを拾い上げる。
この動作をコンマ数秒でやれるからこそ、由那のプレーは自分だけの世界を展開できる。
「私のできる限り全力でお相手します!」
二人を抜いてフリーからゴールを決めた由那がそう言ってみせた。