32:歪んだバスケット
悔しい思いをするのはいつも弱い方だ。
あの試合のことを私は忘れない。
中学三年生の頃、引退を控えた私たちの中学は記念という意を込めてある中学と試合をした。
全国とは無縁の学校だったから、一度くらい全国常連のところと出来たら良い思い出になると思ったからだ。
しかし快く承諾してくれた相手は、あまりにも無慈悲な対応をしてくれた。
「これが都会の学校の歓迎ってやつ?」
三校合同の練習試合で、私たちだけは二軍でしか相手をしてもらえなかった。
ただ確かにその中学の二軍の方が私たちより強かった。
でもそれはないじゃない?
ほとんど一年生だけのチームを相手に完敗するなんて悪夢以外の何物でもなかった。
悔しかった。
今は無理でも、いつか見返してやりたいと思った。
***
高校生になって受験を経験したことで、どうしても越えられない壁というものがあることを知った。
「高校でもバスケをする……のか。リベンジするにしてもまずこの学校がバスケ強いなんて聞いてないしな」
「そんなにバスケにご執心ですか?」
マッドサイエンティストとの出会いは入学してすぐだった。
自分の目的のために利用しようとまず話したのは、自分が知る限り一番強い学校のことと、やり返してやろうとしていることをざっくりと話した。――五分くらい。
「そんな化け物は勝てないでしょ、無理無理」
おそらく勘違いされたのだろう。
現実に存在しないようなNBA選手並の女子高校生が頭の中をぐるぐる廻っているんじゃないだろうか。
そのせいか、化け物たちを破るための割り切った方法を考えてくれた。
その期間が一年間。部活に入ってチーム作りを共にする親友が少しずれた奴というのは、ここまできても信じられない。
それは沙織の方も相当アレなのかもしれない。
――試合は実力通りの様相だ。
一年生中心の竹春には悪いけど、これも立派なバスケなんだって誇りに思っている。
空中で相手のセンターと競り合い、ボールが自分の方へ向かってくる絶妙なタイミングはすぐに来た。
「まかせろ!」「まかせて!」
ゴール下の沙織と三咲の声が重なる。
竹春のセンターのリーチと反応速度なら少し無理をすれば、多少の不利を退けこちらのボールを奪い取ってくる厄介な人だ。
沙織の手がボールに触れるより前に山田三咲がボールを上から下に叩き落としていた。
これは跳ね返ったボールを先に着地した方が仲間に渡す、という勝負につながる。
そんな普通のバスケじゃ、身体能力の差で結果は見えていた。
試合序盤に竹春が見せたコンビネーションだって、味方がボールを持っていない状態で動くオフ・ザ・ボールが上手く機能していたものだ。
それらを無に帰す秀明の目指す“逆転劇のバスケット”はどう映るのだろうかね。
「三咲さん!」
竹春の誰かが叫んで同時に落ちた私たちのところへ近づいて来る。
沙織は、後ろから迫ってきた三咲に逆らわずに空中で交錯してそのまま落ちた。
そのとき被さるように落ちていくのは沙織だ。
相手の力でバランスを崩して、自由落下の力を一点に集めて、さりげなく相手の片腕に自分の肘を当てるように落ちた沙織の動きを追えた人は誰一人いないだろう。
たった一度しかないチャンスだろうと、冷静にこなすのが沙織の長所で、それを苦も無くこなしてくれる信頼感が秀明の逆転劇の始まりを示す。
これで一人――――怖い選手に確かな一撃を与えた。