31:思惑
秀明が注目する竹春のセンターが競り勝って竹春ボールで試合は開始された。
竹春は佐須姉妹をベンチに置き、いつもの安定感のある布陣だ。
ゴールへ真っ直ぐ突進する三咲に照準を合わせて、ボールを拾った滴が周りの動きを見る。
三咲がボールを落とすことを想定して栄子は遅く、逆に由那がゴール下に素早く身体を入れる。パスコースは周りの動きでだいたい決まっていた。
「三咲さん!」
「まかせな!」
天高く伸ばされた手に収まったボールを打ち下ろすように栄子目がけてワンバウンドパスを送る。
しかしそのボールが通るより前に、笛が鳴り試合は止められていた。
「ディフェンスファール、白ボール」
秀明の選手が止まりきれずに三咲にぶつかったための笛のようだが、審判もよくとったなあってほど軽い接触だった。
「愛数、ボール回しをお願い」
「まかせといてっ」
愛数にボールを預けた滴も上がり、前線で早いパス回しをする。
この速さに対応できない相手は、また軽い衝突からファールをもらう、というお粗末な展開には実は理由があった。
ベンチに座る来夏が手元のノートを広げ、隣の揚羽も試合を見て納得の相槌を打つ。
「秀明はこれまでの試合で相手チームの選手を負傷退場させてます。そのせいで審判のジャッジが多少厳しくなるかもと思ってましたけど……だいぶ厳しい感じです」
「でも審判は公平にしか見てくれない。それはどうしようもないことなのよ」
「どういうことです?」
試合から意識が逸れていた数秒の間に、今度は竹春のファールが取られたようだ。
ブロックに飛んだ三咲が相手の選手の腕に触れたという判定らしい。
彼女本人にそんな感覚はなかったため審判に反抗的な視線を送るが、ここで何かを言えばもう一つおまけにファールをもらうことは知っているから思いとどまった。
「三咲さん。今のは厳しすぎだと思うけど、試合ならよくあることですよ」
「滴に言われなくても分かってる」
「見た目が怖いから、すぐファールになるんだよ、ふひひ」
「身近にイラつく奴がいると耐性ができるんだな。初めて知った」
「それなら感謝してよね!」
「……ちっ……」
三咲の怒りの方向が変わって、また同じようなファールは取られないだろうと思いたい。
しかしこの試合の判定がかなり厳しくなっているのは確かで、本来なら今のもファールでは取られないものだ。
それがこの試合で一貫されると、敵は相手だけでなく審判もというややこしいことになりそうだ。
竹春の選手を見て、秀明のキャプテンマークを付ける少女が天を仰ぎ溜息をついた。
「はぁ、どんな人が相手だろうとほとんど同じ。そろそろ飽きてきた」
「沙織さん、ベンチから凄いプレッシャーがきてます」
「概ね良好ってことよ。結局は私がしっかりちゃっかりやることやれば文句は言われない」
秀明高校の二年生で沙織と呼ばれる選手がこの試合で一回あるかないかの瞬間。
そのときがこなければ、竹春にとってはベストな試合ができたはずだった。
秀明が相手の選手を潰すのは三割の偶然と、七割の技術があって初めて成功するものだからだ。