29:右拳の痛み 上
佐須揚羽にとって鮮明な記憶は二つある。
一つ目は、まだ自分に半端な力しかないときに恋にも似た憧れを抱いた懐かしい思い出。
二つ目は、辛く切ない、仲間を裏切って全てを台無しにした自分の行動の愚かさを嫌というほど思い知らされた思い出。
この二つの経験は彼女の中で始まりと終わりを意味するもののはずだった。
それが後輩たちのどうでもいい誘いから、去年と同じ場所のすぐ近くまで来ている。
そこへ畳みかけるように、かつての仲間が全国に名をはせる強敵と対等以上に渡りあう試合を見た。
見ているこちらにも力が入って目が離せなかった。
すぐ次に自分たちの試合があるというのに、全くそんなことは頭に入っていない。
自分がその場で一緒に戦っているような幻想を見ている。
その試合はあと一つ、二つの決め手を欠いたチームが負けた。
もしも自分がそこにいれば、去年はできなかったアレが決め手になったのかもしれない。
アリかナシかの話をすれば――問答無用にナシなのだが、その結果を受けて胸の中に目覚めた衝動があることに揚羽は気付かなかった。
***
三回戦第二試合が始まる。
試合前の予想は揚羽の帰ってきた竹春高校が有利で、対する秀明高校はここまで勝ち上がってきたのが不思議なくらい大会のダークホースな成績を残している。
反対側のブロックのアリスや不知火、真彩などのエース級の選手がいるわけでも、優秀な指導者や監督がいるわけでも、くじ引きの運が良かったというわけでもない。
周りが強いということを理解して、考えるチームが秀明高校なのだ。
秀明は、自分たちが勝つための手段でなく、相手が負けるための手段を考える。
選手をサポートするマネージャーが話す。
「向こうが考えているのは、センターの人の状態とどこで佐須を使うのかだと思う」
竹春のアクセントはオールラウンダーの由那と滴でなく、恵まれた身長を持つセンターと全国区の才能を秘める無名選手の二年生二人。
このどちらかが欠けただけで竹春は戦えなくなると考えた。
「昨日のミーティングで打ち合わせたとおりに、まずは目先のデカ物を料理しましょう」
「それっておいしくなさそうね」
「物理的に潰して、締めは精神的に崩す。そういう戦い方もあるってことを勝って証明しよう」
「オーケイ」
仲間に伝えることを伝えて、彼女は心の中で一人呟く。
『目先の勝負に真剣じゃない相手ほど、足元を掬いやすいものよ』