28:準決へ
見ている方が冷や冷やする展開は、同時に観客をドキリとさせていた。
何をするのか分からないという意外性は見ていて飽きないが、これから戦うことになる相手を全国前に知れたという興奮の方が勝る。
観客の一人が話していた。
「八重たちが破れなかったそれを破れるのかねー」
「えっと、どなたか存じ上げませんけど。何が起こっているのでしょうか?」
「いや実際にやった人じゃないと信じないと思うけど。……きっと今対戦しているブランクスの人は自分を映す鏡を相手にしているんだ。それで気付かない間にボールは取られてしまう」
「全然っ、分かりませんね!」
明るく快活そうな少女が話しかけているが、この試合を見に来ている割には高校女子バスケについては詳しくなさそうだ。
少なくとも話しかけられているほうは、霜月高校と全国であたって今行われているそれと同じものを肌に感じている人なのだ。
「……それを相手にしなきゃいけないのは気が滅入るね」
「弱点とかは?」
「――というかあなた誰?」
「秘密です!」
「まあ、こっちはインフルエンザの二人の代わりに来ているだけだ」
コートに視線を戻すと、三人相手でもお構いなしにボールを奪取する由美がいた。
霜月はボールを取ってしまえば、残りが全員前線に張り付いているためカウンターですぐに点につながる。
しかしそれをずっと続けていくのは既知外のやることだ。
曲がりなりにも両校の実力は拮抗している。
攻撃に分のあるブランクスは真彩が不調になっても由美以外じゃ止められない勢いがある。
守備に分のある霜月は失点せずにどれだけ点を取り返せるかで逆転につながる。
両チームが選手を変えていた。
ブランクスは消耗した真彩を下げて守備的な選手。
霜月は高さのある二選手を入れてきた。
「ようやく出番か」
「そんな勿体ぶって出るのは恥ずかしいよ」
予選では見せていない霜月高校の布陣は、未だに由美を一人自陣に残して全員が前線に上がっていた。
「露骨に点が欲しい陣形ってのは怖いね」
「……普通はやらない。あと少しのところまで――追いつめたって証拠」
「たまには後輩にカッコイイところ見せたいってね」
ブランクスは交代で入った一人ともう一人を自陣に残して、三人でコート上を駆け上がる。
シューターの巻田とドリブラーの茶倉を上手に使えば、一人では守りきれないはず。
本来はセンターの澤野だが、キープ力はチーム一だ。
三人はお互いの距離を遠からず近からず、何百回と一緒に練習してきた呼吸を思い出して綺麗なトライアングルを作る。
全国でだって十分通用するトリオのプレーを霜月の最後の壁は真正面から迎え撃った。
「――」「……」「――」
三人の動きがコンマ数秒止まった。
目の前に見えない何かが割り込んできたような感覚。それを感じて全身が硬直したようにビクッと震えた瞬間があってもトライアングルは崩さなかった。
澤野はボールを突きながら由美に注意を払う。
こちらの動きを伺うようにある程度の距離を維持して、簡単には引っ張り出せそうにない。
茶倉と巻田が定位置について、澤野はパスを考える。
そのときだった。
突然、目の前まで来ていた由美に澤野はボールを奪われていた。
こちらの動きを読んで、パスを出す方向を見た一瞬に距離を詰めるような芸当を、相手がしてきたにしては周りがそういう反応をしていない。
ボールを失った澤野は思考を一端止めて、守りに専念する。
リードしているブランクスは失点さえしなければ負けないからだ。
二人を残したことでカウンターのスピードを殺すブランクスは、攻守で効果を発揮するトライアングルで相手のマークをする。
互いの距離感をコントロールして、霜月高校で由美が誘導するようなディフェンスをやっているのがブランクスの三人だ。
それぞれの能力が低くても最低限できれば可能にする由美の戦術とは違い、それぞれの能力の高さから三人は同じことをできている。
身長的に澤野が交代で入ってきたデカい人を、巻田がそのもう一人のマークについた。
霜月が四人に対して、ブランクスが五人と数的有利な状況になった。
カウンターでなければ点を取れない、個々の力がそれほどないような相手に、時間を掛けた攻めをさせるのが効果的だ。
「鏡ってのはそこにあるのを写すだけで、真実なんて映しちゃいない」
「なっ、バカじゃないの!」
澤野のマークを背負ったまま相手が跳躍した。
ゴール下での助走なしの垂直跳びからゴールをこじ開けるなんて強引な攻めは霜月にはなかった攻め方だ。
単なる囮ではないと察知して澤野は競りに行く。
だが、ゴールリングの遥か上まで相手の腕は伸びていた。
「感じろよ。これが本当のウチらの姿だって!」
「……っっ、こんなのって」
月見からのフワッとしたパスからのアリウープ。
叩き込むような豪快なダンクは去年までの霜月にはなかった。
得点力がないと思われていた学校に大きな変化を与える選手が現れた。
それがブランクスを焦らせる。
「点を取るわよ。真彩が下がったら点を取れないなんてダサすぎる」
「オーケー」「早く!」
再び三対一になる。
ブランクストリオが感じる今度のそれはもっと明確なものだった。
全身を写す姿鏡が三人それぞれの前に現れて、自分を映している。
瞬きの動き一つまで真似てくる鏡の中の自分は気味が悪かった。
振り切ろうにも自分を相手にそれはできるのだろうか。パスを出すにも自分の手がパスコースを塞ぎ、三人ともが同じ状況だというのが目配せをして分かった。
霜月のエースは一人でこの状況を作ったのだ。
三人の動きや気持ちを制御して、まるで目の前にもう一人の自分の姿を見せるくらいにパスもドリブルもさせない。
最後の決め手は、現れた姿鏡を破って伸びてくる由美の腕が容赦なくボールを奪ってくる。
彼女のバスケは、どこの誰であろうと勝てない自分自身という相手と勝負を強制させる負けないバスケ。このバスケは全国で一度も破られていないものだ。
試合は、徐々に霜月が点差を詰めた。
ロングからもミドルからも対応してくる一人ディフェンスに手も足も出ないブランクスは、最終クォータの終盤でついにリードを許すが、直後に真彩を投入した。
四人で攻めるチャンスは、あと数回あるかないか。
まだすべてを出し切ったわけじゃない。
両校は激しく衝突した。
***
準決勝進出を決めたのは霜月高校だった。
試合の後半から最後までの失点を、ゼロに抑えた霜月高校に軍配が上がった。
だが試合後の両校は全力を尽くしたあとのさっぱりした表情で挨拶を交わしていた。
由美の手を真彩が取って言葉を託す。
ありきたりな事はたくさんある二人の時間に言えばいいと思って、真彩は口早に伝える。
「気を付けて、次の相手は手こずると思うよ」
「分かった、気を付ける。また試合しよう」
「望むところ!」
やり残したことがある。
まだ一年の真彩には三年生の気持ちは分からないが、自分に次があることは分かる。
この大会ではまだ届かないところへいる目標の人に、冬にある最後の大会では追いつけるように新たな目標を立てる真彩の瞳は輝いていた。
涙を流すのは、目標へ届いて嬉しかったときにと考えるのが彼女のスタイルだ。
――ただ、その試合を見た一人。
ブランクスの三人の元チームメイトは静かに闘志を燃やしていた。




