01:三年前の大会
ここから高校生編です!
~三年前の中学生全国大会~
今から約三年前。
全国の中学女子バスケットボールの覇者を決めるインターミドルでは、宮崎県代表の夷守中学と東京都代表の千駄ヶ谷中学の試合が行われていた。
夷守中は、堅守な守備で相手チームの得点を最小限に抑え、攻撃では全中No.1プレイヤーと呼び声高いエースが確実に点を取っていく。
そのエースはパスで周りを効果的に使うバスケを得意とするが、強烈なパスの印象を相手に植え付けてからは自分で切り込んでいくのが好きなタイプとして有名だ。
対する前年度覇者の千駄ヶ谷中は、個々の選手の能力が非常に高く総合力だけなら完全に夷守中を圧倒していた。
個性的な面子の中でも監督が指名したエース二人が、夷守中の堅守な守備を打ち破り得点を重ねていく。
ダブルエースはタイプの正反対な二人で、よく意見をぶつけ合ったり喧嘩をしたりするが、試合の中では絶妙なコンビプレーを見せる。互いの長所を潰さないように、さりげないフォローができる二人は最高のコンビといえた。
両チームとも信頼できるエースがいて、そのエース以外を封じ込めることができる守備力があるため、大きく試合が傾くことはない。
しかし、それぞれのチームのエースの差が次第に見え始めてきた。
ここ数年間で優勝し続けている千駄ヶ谷中のエースを相手に、たった一人で完璧に抑える夷守中のエースはさすが全中No.1というしかない。
夷守中のエースは、基本に忠実なフォームから放たれるアウトレンジシュートやスピードの乗ったフルドライブからのインサイドへの切り込み、その一連の動作が流動的で、驚異的なペースで得点を続けていった。
最強の中学を相手に互角以上にやりあえる彼女のプレーは、そこにいる選手だけでなく、その試合を見ている観客さえも飲み込んでしまうくらいに飛び抜けた才能を存分に発揮している。
試合は進み、たった一人のエースを第一、第二クォータを通して抑えられなかった千駄ヶ谷中のベンチが動く。
攻守のバランスを多少崩してでも夷守のエースを止めるためにダブルチームを仕掛けたのだ。
一人に二人を割けば、当然のように穴の空いたところを狙われてしまうが、そこは運動量の多いダブルエースがフォローに回り、夷守中の攻勢を止められるようになった。
それでも夷守中のエースは対応し、仕掛けてくる。
それまではインサイドを中心に攻めていたのを、アウトサイドが甘くなったのを見てシュート力のあるチームメイトに的確なパスを送る。
しかしそれもただの布石に過ぎず、パスを囮にして積極的に再び切り込んでいく。
彼女はダブルチームをつけられてからも、相手の動きを見て右と左に大きくクロスオーバーをして揺さぶり、研ぎ澄まされた感覚で隙を見つけて切り込んでくる。
前半では手を抜いていたかのようなプレイに、点の取り合いになるかと思われた後半も、夷守中が大量のリードを奪って第三クォータを終える展開になっていた。
そこへ千駄ヶ谷中は、全国大会から決まって最終クォータに投入する一年生フォワードを呼んだ。
その子の身長は女子の平均くらいでこの大会の中では小柄な方だ。
***
同じ中学の男子と試合を見に来ていた少女は、その選手に興味があった。
予選までは無名だった選手が、全国大会の、それも大事な局面で必ず登場する様は、小さい頃に好きだったお助けヒーローのようだった。
その子がどんな子なのか周りに聞いてみると、年齢や背格好までほとんど変わらない事に驚いたのを今でもよく覚えている。
決勝戦でその子はこれまで以上に活躍し、千駄ヶ谷中を勝利へ導き、この大会のMVPに選ばれた。
その試合に感動した少女は、次の日からバスケを始める。
単純にその姿に少女は憧れてしまったのだ。
それからまた数年経ち少女が中学を卒業する頃には、あのときの選手の名前や顔などの記憶はほとんどなかった。
それでもあのときの閃光のようなドライブは今でもよく思い出す。
しかしこの話にはまだ続きがあった。どこかの雑誌か取材で聞いたことになるが、少女の憧れた選手は中学卒業と同時にバスケを辞めてしまったらしい。
***
都心から北へ電車で二時間ほど揺られると山と川に囲まれる自然豊かな場所に辿り着く。
今でこそ駅から歩いてすぐのところに商店街のある商業都市になっているが、それまでは車で十分ほど行ったところにポツリとある商店が二店舗だけだった。
その町おこしになったのは数年前に放映された地域密着のアニメだったというから驚きだ。
聖地巡礼として人が来てくれることに嬉しかったご老人たちが、若い人たちを招き入れやすい街づくりに奔走した結果が、こうして様々なところに出てきている。
どうしても市外・県外に出て行ってしまう学生の流出も高校と大学を新設することで解決し、大企業の支部が出来たことで働き口も確保してしまうスーパー爺さんは世界に誇れる日本人に選出してもいいくらいだ。
それに応えるように新設した高校では、たった一年で全国大会出場など輝かしい成績を出して、町全体が波に乗っていた。
――この町で、少女たちは出会う。
***
今年で創立二十周年になる竹春高校は中堅の進学校。
文武両道を基本理念に掲げ、生徒が伸び伸びとやりたいことに励んでいる。
それは二年程前に学校長が四十代半ばの人に変わり、時代に好尚した学校づくりが生徒たちに自信を与えたためだ。
その三年目となる今年は、スカウトしたわけでもないのに有望な生徒がちらほらいる。
まず入学式で驚かせたのは、新入生代表挨拶が二人だったことだ。
代表者に選ばれるのは試験時の面接で優秀だったとか試験の点数が最高得点だったとか学校ごとに様々だが、竹春は後者にあたる。つまりもっと上を目指せるのに中堅の竹春を選んだ生徒が二人もいるということだ。
一人がすらっとしていて背が高く運動も勉強もできますオーラのあるザ・優等生。
中学時代は少し離れた全寮制の学校へ通い高校で地元へ戻ってきた物好き。
もう一人は――なぜか地元の中学校の制服で高校の入学式へ来ている既知外。
山奥の中学出身のいわゆる下山組らしいが、世間知らずもいいところだ。
見た目だけなら頭脳明晰なインテリ眼鏡なのに残念な付加価値を持っていた。
爽やかな優等生と既知外眼鏡の挨拶は、見た目に反して滞りなく行われた。
その入学式で知っている人が挨拶をするんだ、と思いながら見ていた滝浪滴は、数日後に新入生代表の一人と放課後の教室に残っていた。
告白イベントのような甘酸っぱい青春の一ページなどではなく。担任の先生から「クラス委員はアンケートを集めて番号順に並べ終えたら職員室まで持ってくるように」と頼まれたからだ。
不本意ながら、滴と彼は同じクラス委員になっていた。
入学式の次の日には皆と同じ制服姿になり、目立った奇行も無く静かなものだ。
全校生徒に見せた第一印象が、彼にとって物凄く不利なことになっている。
あれが原因となって彼と話そうとする人はいなくなり、ただ頭がいいというだけでクラス委員に選ばれるなんて――――嫌すぎる。その隣で彼と一緒にやっていかなくてはならない滴からすれば、本当に迷惑な話だ。
今日の作業だって机二つを合わせて、互いに向かい合うように座るよう言い出したのは滴の方で、彼はただそれに従うだけ。
早くも遅くもない作業スピードでアンケート用紙を整理している。
その様子を滴は眺めていた。
部屋の中に閉じこもって勉強ばかりしていた既知外眼鏡にしては、背は思っていたよりも高く百八十くらいあるのではないだろうか。運動部系女子の滴の観察眼から見て、服の上からでも分かるくらい筋肉がなくヒョロヒョロした草食系男子。
それは滴が中学時代にそういった目線でしか男子を見たことがなかったから身に付いた価値観の一つ。
その熱い視線を勘違いした問題児――大神黎明はふと目に留まった手元の用紙を読み始める。
「滝浪滴、桐生中出身。趣味は身体を動かすことでスポーツ全般。中学のときは女子バスケ部に入っていたが、高校では陸上部に入る予定。よろしくお願いします」
「……ねえ、人の自己紹介文を朗読しないでくれる?」
悪びれる様子もなく大神は思いついたままに質問する。
「高校へ入ってもバスケは続けないのか?」
「あなたに関係ないでしょ。それより、遊んでないで手を動かしてくれない?」
俺様オーラの大神は、滴へ厳しい視線を向ける。
こっちから見ている分にはよくても、睨み返されると滴はビックリしてしまい滴は声を震わせながら答える。
「き、記入漏れがないかどうか調べて……出席番号順にして……帰れなくなるの嫌だから」
滴がバスケをしない理由。
それは目の前の男子にはつまらないことに思えるだろう。
そうでなくても、良く知りもしない男子に言うのは死んでも嫌だ。
それを汲み取ってか分からないが、大神が話を続ける。
「これはあくまで俺の独り言なんだが――――」
「二人しかいないのに独り言なんてやばいでしょ。それと手は動かして」
「この学校のバスケ部は男子も女子も廃部寸前らしい――」
それは言われなくても知っている。
先日行われた部活紹介で男子バスケットボール部は二人、女子においてはゼロ人というのが今のバスケ部だ。
「男子は新入生が大勢入るらしいから存続決定だろう。しかし女子の方はいまだに集まりきっていない。ただ一人入部した一年女子がいろいろと勧誘をやっているらしい」
「……ふうん」
男子の方には滴の知り合いがいる。その人は彼女にバスケットの始まりと終わりを教えてくれた人で、親友として距離の近い関係性だった。
しかしそんなことを大神が知るわけもない。
独り言をやめた大神は黙々とチェック作業を続けていたが、突然、突拍子もないことを言いだす。
「その女バス部員が、今日は“男子”柔道部に勝負を挑みに行ったらしい」
なるほど、他の部活動に仮入部している人へ直接アピールするということか。
……うん?
「どうして男子?」
「背も高くて動きもいい。即戦力になりそうだったからだ」
「でも男子でしょ! そこにいるのは男の香りをムワムワさせている男子で、男装女子はいないから!」
「当然だろう?」
「な・に・が、当然なのよ! 頭おかしいんじゃない! どうして勧誘相手が性別すら超越しているのよ!」
滴はテンションが上がりすぎていつの間にか立ち上がり、大神のことを指差していた。
すると大神は作業を終えて立ち去る前に、振り向きざまに一言を残した。
「――――そこには、ちゃんと暇をもてあました女子がいるんだ」