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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(決戦編)
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25:原石と宝石の姉妹 下


 ずっとずっと真彩は姉との真剣勝負が怖かった。


 バスケを始めた時期は同じだけど、ここまでのキャリアを見ればどちらが上でどちらが下なのかがはっきりしている。


 同じ中学、高校へ進学しているから、いつだって比べられる関係だった。


 それが嫌で、姉が注目され始めた中学三年の夏には、真彩は中学の部活に行かなくなって、今のクラブチームのことを知った。


 今年の夏は、せっかくクラブに入ったのに気が付けば姉との試合が間近に迫っている。


 それが竹春高校に呼ばれたときの真彩の心情の全てだった。



 ――揚羽が提案した遊びは、竹春高校側に真彩を加えて、ブランクスの三人の中に揚羽が混ざることで分かってもらおうと――いや、分からせようとした。


 そこまで深く関わっていない揚羽でも後輩のことを悪く言われてカチンと頭に来た、のではなく単にその場の雰囲気を読んだだけだ。


 どんな理由か知らないが、この子をここへ連れてきた澤野と巻田、茶倉の三人組は今のバスケ部をこの子へ見せようとしたのだろう。



「先輩方。ハンデはいりますか?」



 チーム分けは一年生チームが真彩、栄子、滴、愛数。二年生チームが揚羽と残りの三人だ。


 ジャンプボールなしで一年生チームから攻撃していく。



「足は引っ張んないでよ!」


「お前が仕切るな。そっちこそ足を引っ張るなよ」


「あれ、なんか生意気な愛数が二人になったような錯覚を……」


「滴は疲れてるんだよ。そんなことあっちゃいけない」


「それはどういう意味だ!」


「いたずらされたいの?」


「さあ、先輩を倒すぞぉう」



 真彩と愛数の相性はあまり良くなさそうだが、誰とでも合わせられる滴と栄子がいればチームとして形になるだろう。


 ただ一点、厳しい点をあげるなら、相手になるチームはこの地区でバスケットに革命を起こそうとしたチームということだ。


 PGの愛数がボールをキープして、真彩がコート中央をフリーでゆっくり歩いていた。



「あ、アホがいる」


「パス出せば? あんたたちよりましだと思うよ」



 やる気がないように見える真彩だが、開始と同時に栄子と滴が上がったのを見て足を止めていた。バスケに関しては淑女な真彩が愛数には異様に映っている。


 由那と三咲、来夏がベンチから声援を送っていた。



「愛数ちゃん、真彩さんがフリーだよっ」


「愛数とあれは相性悪いだろ」


「でもちょっと似てるです」



 連係が上手いチームはディフェンスが良いという。


 栄子には同じドリブラーの茶倉を付け、滴には揚羽が付く。


 愛数と距離の近い真彩は放置され、ガードの巻田が愛数にいき、センターの澤野はゴール下に入った。


 真彩を使えと言っているように愛数は感じた。



「癪だけど、使ってやるよ!」


「あぁ、遅いパスだこと!」



 真彩にボールが渡ったことで、相手が動く。


 まずボールに近かった巻田が後ろから追いかけ、前からは茶倉が来る。


 彼女がパスを出さないと決めつけたような動きだしだ。



「先輩。今日も私に抜かれに来たんですか?」



 真彩は直角に真横へドリブルの軌道を変えて茶倉を躱そうとする。


 茶倉はその動きについていけるが、それが付いて行かされているだけだと、かろうじて竹春の中で由那だけが気づいた。



「真彩さんのスピードが落ちてる。わざとディフェンスに追いつかせたの?」



 それでも何故マークを振り切らずに引っ張ってドリブルをするのか分からない。


 ドリブルスピードをキープしたまま躱せば、少ない動き――縦・横・縦の三動作で抜けるのにと由那は考える。


 自分を基準に考えるのは普通なことだ。


 しかし今コートにいる彼女は普通じゃなくて、由那と同じような特異な存在なのだ。



「一人目!」



 同じ動きから一気に速さを上げた真彩に茶倉は追いつけず、ゴール方向へ真彩が抜け出す。


 ゴール前には澤野が待っているが、他にもフリーの栄子と揚羽にマークされている滴が近くにいた。



「栄子、あの子のフォローをお願い」



 自分が囮になってマークを減らす方が得策と考えた滴は、ゴールから離れるマイナス方向へ動くが、入れ替わるように栄子がゴール下へ入る。


 攻守どちらも流動的に動くなかを一人が独立した躍動を見せる。



「二人目!」



 ゴールへ向かう真彩はここでも直線的な動作で相手を翻弄した。


 レイアップの際に、ゴール下に飛び込んでからジャンプを数テンポ遅らせたことで、相手を空中に釘付けにした。


 チームの先輩なんて眼中にないという堂々としたプレーだ。



 攻守が入れ替わり試合は続けられた。



 しばらくしてから真彩が口を開いた。



「うわ、やる気無くすなぁ」



 二年生チームの素晴らしい連係を見て、つい出てしまった言葉だ。


 PGの揚羽を起点に間髪を入れないパス回しは竹春の三人を置き去りにした。


 守備に戻らない真彩は論外として、大して体格も速さも変わらないのに竹春の三人が置いて行かれるようなプレーには見えなかった。


 例えば、あらかじめ決められたルートをなぞるようなプレー。それがそう感じさせたのかもしれない。


 やる気をなくしたように真彩はコートを出ようとする。



「なに、疲れちゃったの?」


「好きにやってよ。無理無理、佐須揚羽が加わった先輩は、ちょっと一人じゃ勝てそうにないや。いくら点を取ってもすぐ取られちゃう。交代しよ」


「ふん。やる気がないなら、代わりに由那か三咲が入ってよ」


「私はパス。折角一年対二年になってるんだから由那がいってきなよ」


「あ、はい。じゃあ真彩さんと交代します」



 自分の力が試合を決められるような奇跡を起こすほどじゃないと自覚している真彩は、試合に冷めると一気にやる気をなくしてしまう。


 公式戦でも次の試合が絶対勝てないようなチームだと試合前から、その試合に出たくないと考える。


 ベンチにどかっと座る真彩を三咲はじっと見つめた。



「何を見てるんですか。あんたが出た方が高さが出ていいんじゃないの?」


「いやね。こうやって交代すると同じ一年同士。お前と由那で比較されるでしょ。そういった意味で試合は面白くなると思わない?」


「はあ? 意味が分からない。えっとですね。もともとあの三人と佐須揚羽がいた去年の竹春は相当強かったんですよ。あの変な出来事さえなければ全国でだって勝てたんですよ!」


「そんなことは聞いてない。今を見て楽しければそれでいい」


「ふんっ」


「見なよ。去年のチームが強かった? それより強い絆で結ばれた今のチームは、きっと面白いことをしてくれるよ」



 試合は由那が入ったことで守備にまとまりが出来ていた。


 揚羽に愛数、茶倉に滴、澤野に栄子、巻田に由那がマンマーク気味につくことで連係を遅くさせた。


 チームで一番遅い愛数が、相手のパスの起点にいることで全体のスピードは一段階上がる。


 そして小刻みなパスはどうしてもラストが澤野か茶倉に行きがちなことを見ていて気付いた由那が、中継役の巻田を抑える。



「茶倉!」



 この試合で始めてしっかり守られて焦ったパスが、遊撃手の由那の指をかすめた。


 それを愛数が拾い丁寧に栄子へつなぐ。


 栄子と由那が高速ドリブルで連係をできるのを知っていてつないだパスだ。


 その期待にエースは確かに応える。



「由那!」「栄子!」



 二人が並ぶように突撃するドリブルは、小さく繋いだパスが相手を翻弄して反撃の狼煙をあげる得点になった。


 この流れを切りたくない由那はみんなに声を掛ける。



「滴はもっと前。愛数ちゃんはもっと下がって。プレイが中途半端になってるから簡単にパスを通されちゃうんだよ」


「おっけ」


「そうね。気付かなかった」



 それを面白くなさそうに真彩は見つめる。



「なんだ。ただのセットプレイじゃん。練習してれば誰だって――」


「いや、練習はしてないよ。ただあの二人は近い距離でパスを出し合えるからやろうと思えばできた、程度の考えだと思う。それと今の得点で滴が前を向く回数が増えて、愛数が相手の動きを良く見るようになったのはなぜかな?」


「……どうせ、コート上から部外者がいなくなったからとかでしょ」


「知らない。ただいつも通りの雰囲気になって、それぞれがやることを思い出したんでしょ」


「はぁ、意味わからないし」



 その真彩に見せつけるようにターンオーバーから由那が一人で点を決める。


 まるで開始早々の真彩の単独突破を再現したようなプレーだ。


 丁寧なドリブルで抜いた由那の得点は中身こそ違っても周りに与える印象は同じかそれ以上だ。


 ただ一人の良いプレイヤーが活躍する試合を今の竹春はしようとしない。


 それぞれがちゃんと役割を持って、最大限の力を発揮できるようにチームプレーを心掛ける。


 それがエースに最高の活躍をさせるのだと一匹狼の真彩には分からないだろう。


 例え、今彼女のいるチームが同じように真彩に活躍させるための連係を試合の中でして来たとしても気付くことはできない。


 真彩には次の試合は霜月高校との試合でなく。


 姉の由美との試合と考えてしまっている。


 自分が姉を抜けなければ試合に負ける。


 そんな単純な脳みそで彼女は次の試合に冷めていた。



「ほらな。面白いくらい生き生きとバスケをするだろ。お前は全然楽しくなさそうだし、なんか見ていてつまらないんだよ。なんか、初めから負けると分かっているような、そういう感じかな」



 核心をつく他校の先輩の言葉に少し考えて、真彩はその試合から目が離せなくなっていた。



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