15:外国からの電話1
――竹春高校が一回戦を戦っている裏では、同じく千駄ヶ谷高校の初戦が行われていた。
昨年末に行われた大会の成績を反映させた全国ランキングは堂々たる四位。
今年は新戦力の一年生が豊作で盤石の試合となるはずだった。
「まゆ!」
試合が終わるほんの少し前だった。
控え中心の一・二年生の布陣で三十点リードをしていた千駄ヶ谷は、試合の最後まで攻撃の手を緩めなかった。
一年生エースの二條まゆを中心に置いて、そこから出される強烈なパスを同じ一年生の田蒔や今村が決める。パスの中継役を主戦場とするまゆにマークが二人つくが、お構いなしにまゆのパスはコートを一閃した。
すると相手はパスを出す本人の方を狙うしかなくなる。
そして相手とまゆが交錯する不運な事故が起きてしまった。
故意に起きたプレーではないとしても、本来のエースが不在の千駄ヶ谷にとってこれは大きな痛手だろう。
――左足首のねん挫で全治二週間。予選の間に戻るのはギリギリだ。
そのことに一番落ち込んだのは、間違いなく彼女本人だった。
***
野田監督から練習に無理に顔を出さなくていいと言われたまゆは、仲間が部活をやっている間、自分の教室で物思いに耽っていた。
しかし手元に開いたノートには試合のフォーメーションをいつの間にか書いていた。
C栗原清花、PF今村小路、SF田蒔鳴、SG「 」、PG愛宕ねね。
空欄に自分が入れば千駄ヶ谷の前半の布陣になるが、ここには別の人を入れないといけない。
CとPF、PGを三年生と入れ替えてみる。
攻守のバランスをとった全国大会向けの布陣だが、ここでもPGが空欄になる。
ここに入るべき人は、物理的に遠い場所にいるので、大会メンバーに登録はされているものの出場はしないのかもしれない。
夢模様なあるなしを考えていると教室の横を不審な男が徘徊していた。
視線を泳がせながら行ったり来たりを繰り返して、ワザとらしく携帯電話を廊下に転がして姿を消した。
いまどき珍しい二つ折りの携帯は、既に誰かと繋がっているようで近くに行って手に取ったときにその人が誰なのかはっきりとわかった。
「えーと、聞こえてる? 聞こえてくる?」
「聞こえてます、先輩。二條ですがこれはどういうことなんでしょうか?」
「…………」
「切ってもいいですか?」
「いや、それは困る」
「それなら監督に返して来ればいいですか?」
「うーん、それじゃ意味がない。私はあなたに用があって電話しているから」
「青空先輩が、私に用ですか? 別に慰めは入りませんよ。これでも精神面は結構鍛えられていますので」
「そう。由那のことについてだけど……」
まゆと由那の関係が改善したことは、二人の先輩である上園の耳にも入っていた。
上園青空といえば、一昨年の千駄ヶ谷中エースで昨年の高等部初の全国大会出場の原動力になったオールラウンドプレイヤー。主なポジションはPGだが、他のポジションであっても一級品の力を持っている。
その彼女は現在アメリカの高校で一人武者修行にいっている。
目的は、自分より数段凄い先輩に勝つためだ。
青空は、まゆたち後輩が由那にしていたことは詳しく知らなかった。ただなんとなく仲が悪いというのは感じている。それを乗り超えたまゆだから、青空は時期を見て話そうとしていたことがあって電話を掛けたのだ。
「由那はまだバスケをやってるの?」
これにまゆは少し苛立ちを露わにする。今までだったら聞き流していたことだろうが、少し前の自分がしていたことがチラついたからだ。
「いえ、少し意味が違うわね。由那は今も昔と同じようなバスケをしているの? 野田から話を聞いた限り、そういう印象をもったけど」
「それなら、まあ、そうだと思います。でもチームは激弱です」
「なら、まゆには言っておいた方がいいかな。これを聞いてまゆがしたようにすればいい」
何を勿体ぶったことを言うのだろうと思った。
まゆは少し考えて青空に聞く。
「それは弱点とかそういうのですか。それなら聞きたく――」
「そういうのじゃない。知っていて損じゃないことで。あの子のことを良い意味でも悪い意味でも一番考えていたまゆには知る権利がある。あの頃の私たちは分かっていなかったから」
「……? はい」
青空が淡々と話すのをまゆは静かに聞いていた。
話の中に出てくる何かのことをまゆは知っている部分もあれば知らない部分もある。
半分以上を聞いたところで分かったことといえば、ただ一つだ。
中学時代の青空先輩は、由那と真剣勝負の1on1で一度も勝てなかった。
それがどれくらいのことかは、同じ中学、高校の一員だから嫌というほど分かる。
そういうことを先輩の口から直接聞いたことが――。
ちょっぴりまゆの心を締め付けた。