12:敗者の涙
地区予選一日目が終了し、コートを踏みしめるバッシュの甲高い音や最後の夏に全力で声援を送る人々が消えた会場はしんと静まり返り、照明を落としていた。
夕焼け色に染まる空が、遅い時間ということを告げているのに少女は一人ボールをついていた。他の学校のほとんどが今日の結果を受けて明日のことを考えているのに、少女は今日のことを引き摺っている。顔は涙に濡れて目元を赤く腫らしていた。
赤髪の少女がその場に偶然居合わせた。
「こんなところにまだいるなんて、よっぽど今日負けたのが悔しいのか。それとも自分の力が及ばなかった――なんて自惚れでもしているの?」
午後の部の試合を見ていた人は特徴的な赤髪を見れば、数時間前の試合を思い出す。
交代の制限や得点のハンデでクラブチームが初戦敗退をするなか、圧倒的な強さを見せて勝ったのが真彩のいる“ブランクス”というチームだ。
構成は二年生主体で、クラブとしては若いチームだが実力と話題性を兼ね備えているチームでもある。
その一人が誰々の妹として知られていた真彩。
そして真彩はその誰々と真逆のスタイルで観衆を魅了した。
午後の部丸々を父兄の車の中で一人になっていた不知火は知る由もない。
「えーと、誰ですか…………見覚えのある制服を着ているのでなんとなくわかりますが」
「あらら、さっき鮮烈デビューしたばっかりなのに見ていなかった?」
「思い出した。藍色の制服といえば霜月高校。そういえば――」
「んにゃ、違うよ。私はクラブの方で出てるから、お姉ちゃんとは違う」
「お姉ちゃん?」
「あー、それも知らない。本当にただ弱いだけで、バカな学校なんだ。それなら初日に敗退するのも頷けるわぁ」
「――何か用ですか」
「そう怒らないでよ。ただ、ウォーミングアップにしかならなかった試合で満足できなかったから、ヒマなら相手してよ」
「えぇ、ちょうど私もそんな気分でした」
近くの水道で顔を洗って不知火が準備をするのに対して、真彩は制服姿のままコートに入ってボールをついている。
会場わきの屋外バスケットコートで不知火と真彩の勝負が始まって、すぐに決着がついた。
「疲れてるの? この程度じゃないでしょ」
「――――」
「もう一回いくよ」
不知火からオフェンスをするが、決定力が低く今度もゴールリングを捉えることが出来なかった。
攻守が入れ替わり――問題はここからだった。
「さっきも言ったけど、私を止められたら勝ちでいいよ――止められたら、だけどね」
「あんな単純な動きで、もうやられないっ」
真彩は両手を巧みに使ったドリブルで左右の揺さぶりをかける。
そこからプラスにもマイナスにもならない真横へドリブルが開始される。
たったそれだけの動きにディフェンスなら一級品の実力を持つ不知火がついていけなかった。
「なんでなんでなんで!」
「あんたの実力は所詮こんなもんよ。一人で思いつめてないで――」
単純な走力勝負で負けたはずなのに、そうでないと不知火は思った。
試合では自分以上に早い人と張り合えたことから負けるわけがないのだ。
手を伸ばしても届かない位置まで真彩に引き離されて、レイアップで二度目の勝負も不知火の完敗だった。
「――さっさと帰りなさいよ」
この勝負、一つ真彩に有利なことがあるとすれば、それは不知火以上にディフェンスが上手な人を知っているということだ。
実力云々でなく、上を知っているからこそ不知火は完璧に抜かれたのだ。