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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(決戦編)
181/305

11:エースのいる弱小校


 不知火は調子を取り戻しつつあった。


 あと一歩を踏み込んでいければ、彼女は本当にもう一段上に行けるのかもしれない。


 しかし新涼が反撃のきっかけを掴んだのは、準エースの二人の衝突でなく、竹春のミスからだった。



「憧は攻めなくていい!」



 不知火以外が全員でカウンターを仕掛け、前掛かりになっていた竹春は戻ることもできず失点してしまう。この失点の発端は意外なことに……。



「三咲先輩。ミスは気にしないでください」


「ああ。次は任せて」



 失点の原因はポストの三咲がボールを取り損ねて落としてしまったことだ。


 このポストプレーが崩れたことで竹春は著しくペースを乱すことになる。


 十分に時間が経過して、佐須姉妹がほとんど役に立たないことは新涼も知っている。露骨にパスを拒否するわけでない揚羽は本来の彼女と比べてたいしたことはしてくれなかった。


 そして新涼が三咲に二枚、栄子に一枚のマークをつけた。


 プレッシャーが強くなった分、集中力が切れだす後半で竹春のミスが増えていく。


 二試合目ともなれば当然だが、本人たちが申し出ない限り交代は考えられない。


 ――監督がほとんど不在のような高校の弱さが出ている。


 さらに自分の事すら分かってないことを揚羽が分からせようと、あえて協調性を欠いたのか、また別の理由があるのかわからないが竹春は最終クォータでピンチになろうとしていた。



「どうしたんですか。もっと私たちの勝負をしましょう」



 滴の相手はまだまだ元気だ。


 一度崩したフォームを修正して、さらに強くなっているのもそうだが、仲間の信頼を一身に受けて、それを力に変えているのが凄いと思う。


 滴としても由那を――と考えてしまいそうになるが、それでは先が思いやられるとすぐに頭から消した。


 まだ試合は一度もリードを許していない。


 このままいければ負けることはない。


 もしも負けるなら、こうして舞い込んできた滴と不知火の勝負を逃げた方だ。





 ***

 試合が最終局面に移行するなかで同じブロックを争う偵察隊が滴たちの試合を見ていた。


 このすぐあとにあるシード校の霜月高校からはメンバーに選ばれていない一、二年生がきて、他にも一回戦の大金星を聞きつけて興味本位にクラブチームの“ブランクス”なども来ていた。


 その中でも異彩を放つのは高校へ上がってすぐに髪を深紅に染め、魔法の国のカチューシャを着ける霜月高校の制服を纏った一年生だ。



「あーあ、チームが弱すぎて新涼の不知火はここで終わりか。一度やってみたかったけど残念」


「真彩、試合はまだ終わってないよ」


「でも先輩が好きな佐須揚羽が出てるなら、万が一にも負けないですよね」


「だ、だだだだだ大好きなんてそんな」


「動揺しすぎですよ。あと、気持ち悪い」


「……あんまりいじめないの」


「でも、あの人が復帰するなんて考えられました?」


「……もちろん。……この大会で再会を約束した」


「それは中々高い目標ですね」


「そう?」


「だだだだから、そんなんじゃないんだって」



 真彩と呼ばれる赤髪の少女は霜月高校の藍色の制服。


 少女はバスケ選手で、そのスタイルはバリバリの攻撃型。実の姉にあたる人とは正反対のスタイルを持つ。


 周りにいる“先輩”と呼ばれた人たちはそれぞれ好きなジャージを着てアップ後の汗をかいている。


 この後にある試合まで、彼女たちは観戦していた。







 最終クォータの中盤で滴と不知火の技が光った。


 一段と寄せが速く厳しくなった不知火に対して、ボールを守るようにキープし続ける滴。


 その滴は本気と見せかけるフェイントを数回入れてから素早く身体を入れていく。


 ここで不用意に相手が来ようものなら、すぐにファールを取れる。


 そのようなミスをここでするわけがない不知火は、滴と薄皮を挟んで接近するぐらいの距離をキープしてドリブルについていった。


 止められなくても相手に何もさせない気迫が伝わってくるようだ。


 滴が周りを使ってくるタイミングで不知火が一息で見事なバックステップを駆使したパスカットで一対一の勝負を決した。



「ボールを――」



 コート上の九人が叫ぶ先に傍観を決めた一人がいた。


 その人は適当そうにパスを送る。



「ほら、来夏」



 スピードがある程度あり、コントロールされたパスを来夏がなんとか受け取る。



「シュート」


「はい」



 来夏のぐちゃぐちゃなシュートフォームはボールをゴールリングの上まで運んだ。


 しかしリングの外側に弾かれたボールは大きく跳ね返って、落下地点が分かったように再び揚羽のもとへ転がり込んでくる。



「今度は、こっちね」



 来夏に送ったそれとは違い、早くて鋭いパスが栄子の前に送られる。


 揚羽がワンテンポ置いてパスを送ったため、なんとか栄子はボールに手を当てて、ゴールの方を向けた。


 直前の二回のパススピードの違いで出遅れた不知火が戻れず、栄子は余裕を持って決めた。


 千駄ヶ谷高校と戦ったときのような一撃必殺の鋭いパスがコートを一閃したのだ。



 確かにコート上に現状エースはいない。


 それでも去年のエースは確かな存在感をみせ、頑固者にこれ以上無理をさせないように“しょうがなく”、“やる気のないようなプレー”を続ける。


 その感覚が研ぎ澄まされていくと、敵や味方、さらにコート上のありとあらゆる情報から、ボールの来る場所を読んで揚羽がボールを拾っていく。


 パスを供給し、前半の由那がやった中継を必要としない高速パスがどんどん決まった。


 最低限の参加にとどまり、試合の主導権を左右するようなことは決してしない。


 突然の伏兵で三人だけでなくなった竹春はあっさりとその試合を決めてしまう。



 もう少し相手が成長する時間を与えていたら、試合はどう転がっていたか分からない。


 そう思えるような追い上げがこの試合では確かに見られた。


 新涼の不知火が声を殺して泣く姿は次へ進めなくなったからだ。


 彼女の夢を閉ざしたのは、皮肉にも夢を閉ざしていた人だ。


 その光景を見て、すっきりしないのは普通の人。


 揚羽はそれをみても何も感じなかった。


 そんなことは丸一年間背負い続けて感覚がマヒしている。


 彼女自身が一年前にやったことは、果たして正しいことだったのか。


 答えてくれる人もいなければ自分でも良く分からない。





 その堂々巡りの疑問を応えてくれるのが今この大会に出ている人の中にいることを揚羽はまだ気づいていない。


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