07:エースがいない1
次に愛数は目の前の相手と十分に距離があると思いパスをした。
バスケットでは、マークにきた相手との距離で大きく分けて二つの動きに分かれる。
近ければドライブで抜きに行きやすく、遠ければパスやシュートをしやすくなる。
逆で考えると分かりやすいかもしれない。
相手と近ければパスやシュートのコースが封じられ、ドライブで行くかマイナスとなる後方
へのパスしかない。
遠ければどれでも行けそうだが、いくら華麗なフェイントを駆使して素早く動いてもドライブは距離があれば止められてしまい。そうなるとパスかシュートなのだ。
だからこそ愛数は、コートの中央だったため迷わずパスを選択した。
愛数をマークする選手が一呼吸で距離を詰めてきて、愛数のパスは防がれた。
その動きは竹春のエースが良く知る先輩の動きに似ていた。
目立たない人だったが、バスケの天才とは全く別種類の生き物で、チームを支える縁の下の力持ち。
中学時代は赤坂高校の長岡萌を抑えて中学No.1のセンターと呼ばれていた久世桜のような選手がそのチームにはいるのだ。
愛数が連続でボールを奪われるのを見て滴がポジションを下げる。
ボール回しの起点を愛数から滴に代えた竹春に対して、新涼も滴に不知火がついた。
「何をしているのか分からないけど。パス優先の愛数が自分で行ったり、不用意なパスを出すのはちょっと変かな」
「分からなくてもいいんです。私にできるのはこれだけですから」
不知火が滴を真っ直ぐ見てくる。
わざわざそれに付きあうほど竹春のポイントゲッターはお人好しじゃない。
「それなら、こっちは意外性でいきましょうか――――愛数!」
滴の横を飛び出してきた愛数がドンピシャでパスを受けて滴とのワンツーで不知火を引きはがした。
滴は正面を向いて連係の成功を表情に出さずに喜ぶ。
しかしその表情は別の意味ですぐに変化した。
「逃げないでよ。真剣勝負は楽しいじゃないですか」
「ふんっ、私の武器はドリブルだけじゃないわ」
スリーポイントラインまで押し込んでいた滴は、ゴールの位置を確認してからジャンプシュートを選択した。
相手はその位置から飛んでも絶対に届かない。
あとは滴のシュート精度しだいのはずが、愛数が少し前にしたのと同じ反応をしていた。
「どうしてそんなところに――」
「ブロック成功!」
滴のシュートモーションを盗んだかのような完璧なブロックで竹春の攻撃は三連続で止められていた。
こうなると焦燥感が生まれてきてもしょうがない。
「フィニッシュは別の人のほうがいいかもね」
「お好きにどうぞ!」
滴はマーカーの正体こそ不透明だが、普通にいってはいけない危なさを感じ取る。
一番自信のあるもので滴は仕掛けた。
「スピードは私の方が上!」
「粘っこさは負けない!」
卓越したドリブルで不知火は揺さぶられる。
フェイントを混ぜつつ早いドリブルは、強豪校相手にだって通用する。
この二人であれば、滴の方が勝っている部分はいくつもある。
しかし勝負を決するのはいつだって、勝っているところを使った方だ。
「ここは私の領域よ!」