04:やり辛い相手2
まつ毛が長いことを分かるくらい近くに不知火憧の顔がある。
彼女はこちらの眼を見て話してくるので、下手に逸らしてしまうと無視したみたいになってやり辛いなと感じる。
それも慣れてしまえばどうということはないので、今では気になくなっていた。
「明日の試験ってやばくない!? なんで一日目が二教科しかなかったのに、三日目は数学と英語と現代社会!?」
「それはきっとね。私たちが先生たちに嫌われているからだよ」
「あぁ数学の大海ならやりかねないかも」
「そういえば、今日も朝練したの?」
七時半から三十分くらい、不知火は朝練しているらしい。
他の生徒が登校してくる八時前に汗を拭っている彼女を最近良く見かける。
「大会まですぐだし、遊んでられないよね」
「バスケってそんなに楽しい?」
「楽しいというより、残っている先輩に迷惑はかけられないから。それだけでもないけど」
「それならいいけど。身体は壊さないようにね」
彼女にとってバスケは義務感なのかもしれない。
それ以外のことというと、中学から始めた理由に関係するのだろうか。
「バスケが楽しいかどうかは置いておいて、現役の人に凄い人がいて。その人みたいになりたいと思って続けてるってのはある。その人の名前が“桜”さんっていって凄く可愛らし人だって思ってる」
「へぇ、思ってるってことはその人の事を見たことないわけ?」
「中身の話を言ってるの! 凄く地味なプレイをする人でも可愛いいの! 絶対!」
「地味なんだ」
「まぁ、渋いかな」
「渋いんだ」
“桜”という人が良く分からになりにも、憧れている人がいるということがなんとなくわかる。バスケに関しては分からないけど、熱気のようなものが会話の節々に感じられた。
単に近すぎて体温が伝わってきただけかもしれない。
***
喧騒が絶えない体育館で、竹春高校は矢継ぎ早に佐須姉妹が次の試合のことを話す。
その間も念のために愛数は患部の肩を冷やしたタオルを当てながら聞く。
「おね――姉と私の二人から見て、次の相手は田崎さんが良く知っている相手、なのかもしれないです」
「……私?」
「はい。実は田崎さんの昔の試合のDVDが偶然見つかって、それに出ている人と同じような動きをする人がいたんです」
「えっと、それって由那と同じ元千駄ヶ谷中の誰かがいるってこと?」
もしも最強の中学の人がいれば、次は相当タフな試合になると滴は思って聞いた。
できればそれは間違いであって欲しい、というのが彼女の本意だ。
「それはないと思うよ? 私が試合に出てた頃の先輩で、この地区に行った人はいなかったと思う」
由那が試合に出ていた主な時期は、中学の一年生の頃。
その時の人となると現三年生の人ということになり、候補に挙げられるような人は全国に散らばった人を見ても、東北、関東、中部くらいで、このあたりにはいないはずだ。
「いや、そうじゃなくて。久世桜って人と同じくらいの人がいるです」
「由那、その久世って人分かる?」
「愛数は知らなーい」
「右に同じく」
「栄子のさらに右に同じく」
「えっと、そのね……なんといえばいいかな」
「いちおう補足しておきますと。去年の冬の大会で、えっとウインターカップという大会の優勝した田村高校にいるのがその久世って人です。有名人です?」
女子バスケットボール界に詳しくない竹春一同は、あまりピンときていないが由那が良く知る先輩の一人だ。
特徴がある他の人たちと比べれば地味な先輩が久世さんだけど、由那の言葉じゃ表現できない彼女だけのバスケを持った人でもある。
おまけに十有二月学園の天野の元同僚である三浦姉妹も久世と同じ高校にいる。
由那が答えに困っているのを見かねてか、次の試合までの時間が迫っているのか、揚羽が口を挟む。
「相手のこともそうだけど、連戦になることを忘れないで。一試合目と同じようにいかないのはもちろん。相手がより強くなっているってことは忘れないように。言っておくけど、この試合も五人で行くつもりよ」
私はあの日のあの試合まで出れないから。
その言葉は揚羽の胸にそっとしまっておき、仲間である由那たちにもいっていない。
すでに学校で決められた謹慎期間は過ぎて自主的にやっていることだ。
自分が納得できていないからそうしているだけのことを後輩たちにいうことはできない。
これは自分の問題なのだと揚羽は思っている。