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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(決戦編)
171/305

01:初戦は慎重に


 まだ風が冷たい早朝の竹春高校には部員たちと顧問の先生が集まっていた。


 皆は初めての公式戦を控えているとは思えないほど落ち着いていた。


 出発前の打ち合わせでは、フォーメーションや会場校へ行った後にまず自分たちの荷物の置き場やその他の段取りなど顧問を中心に確認していく。



「迷子にはならないと思うけど、もしものときように先生の携帯の番号を教えておくから。登録しておいてくれる?」


「これって、先生のプライベートの番号ですか?」


「はい、上下さん。間違ってもネットにアップロードとかは止めてくださいね」


「したところで何もありませんよ」


「――はい、それでは」



 今の「はい」に先生は複雑な表情で答えるが、次の言葉は努めて明るく言う。



「 “新しく” といいますか、去年からいる佐須揚羽さんの復帰と併せて、新しくマネージャーになる佐須来夏さんも今日は一緒にいきます」


「あの、姉ともどもよろしくお願いしますです」


「よろしくー。そんで由那は知ってたんだよね? 五秒で説明して」


「どうしてあんたが偉そうなのよ」


「まあまあ、滴、落ち着いて。確かに私と先生で決めちゃったことだから」


「先に入部した先輩として、私は威張る権利があると思って」


「それなら、こうしない? 来夏さんには今日の試合でマネージャーの適性があるかどうかを見せてもらって、愛数ちゃんが本当に入部させるかどうか決めれば良いよ」


「由那は、愛数を甘やかし過ぎ。それに佐須さんはバスケの事ほとんど知らないんでしょ? 今は部員が増えて悪いことなんてないんだから、そんな条件必要ないわ」


「大丈夫。私を信じて」


「しょ、しょうがないわね」



 由那の言葉を滴は受け入れて、時間もないため足早に、彼女たちは会場へ向かう。


 試合が始まる前にもう一度メンバーを確認する。



 C:山田三咲


 PF:大塚栄子


 SF:田崎由那


 SG:滝浪滴


 PG:上下愛数



 フォワードには高さと速さを、状況によっては滴がPGもこなし相手には厄介な布陣だ。


 これまでにいろいろな経緯があったけれど、そのおかげで確かに彼女たちは強くなっている。


 この大会で台風の目になるのは自分たちだという意気込みと、チャレンジ精神で初戦は始まった。



 試合が始まり、ベンチには顧問と佐須姉妹がいる。


 姉は去年のチームをベスト4まで導いた選手としてこの地区では有名人だが、妹の方は知られていない。


 来夏はスコアブックと別に自分用のノートを持ち込み何かをやろうとしている。


 直前に愛数に嫌味を言われたから、そうしたわけじゃないようだ。


 ここへ来る前から、姉と同じ舞台にたったときは、部に認めてもらうために自分にできることをやるつもりだ。


 試合は、立ち上がりから竹春高校がペースを掴む。



「由那!」



 愛数からの緩いパスが相手チームの選手の前に放り込まれる。


 相手は背中にいる由那をそのまま抑えて、ボールを掴みとればいい。


 ただそれだけのことに迷い、動き出しが鈍かったのは竹春にとって由那がそういう選手と既に知られているからだ。



「いきます!」



 逆のフェイントを入れて相手の前に一瞬で出た由那は、一人かわしてボールをキープする。


 ドリブルしながら視界の端に栄子と滴を捉えた。


 後ろから上がってくる滴へのマークが甘い。


 由那はその隙間をさらに広げるために、ドリブルで相手を反対側へ誘導し、後ろにいた愛数へボールを一度戻した。


 そのボールは愛数から滴へ送られる。



「ナイスパスッ」



 滴は自分の状況を確認する。


 ゴール正面からの角度三十度以内。


 相手からの距離は腕二本分ある。


 ポジションに拘らないのが滴のスタイルといってもいいが、潜在的な各ポジションの意味は重要だと理解している。


 型破りなことをするにしても、基礎が出来ていなければ相手には何の脅威にもならない。


 そのために最初の得点は、絶対に研究されていない新ポジションの滴のスリーと決めていた。



「入れぇえっ!」



 気合いを載せた滴のシュートは、練習通りの軌道を描いてゴールに吸い込まれていった。


 公式戦初得点は、相手の意表を突いたスリー。


 これが今の彼女たちの実力を現したかのようなバスケットだ。


 ベンチではさっそく来夏がその得点を記録する。



「滝浪さんのスリーは短期間に身に着けたものですので、相手が警戒すれば儲けものです。私なら必ず警戒しますけど……」



 新参者の来夏の持っているものは、言わば相手校の持っている情報と同じもの。


 それは竹春の情報として知られているのは数週間前の赤坂高校戦のみだからだ。


 一試合丸々の映像はないとはいえ、この映像の中には各選手の長所も短所も良く映っていた。


 特に警戒するべき選手というのは、対戦校だって分かってこの試合に来ている。


 だからこそ、二番目に警戒されるであろう滴を使って、相手の意識を誘導するのが重要だ。


 なぜそうするのかなんて、それは簡単なことだ。



「それと味方だから分かることかもですが、そんな短い時間でポンポン新技やら弱点克服ができるなんて不可能です。それを分からなくさせるスリーはどうなります?」



 相手に実力以上のイメージを印象付けるプレーが今の竹春には大事だ。


 徹底的に研究されれば、一つ勝つことも難しくなる今の戦力だと、何をやってくるのか分からないと思われて無難なプレーをされる方がとても助かる。


 予想通り、相手は要注意だと感じた二人にマンマークを付けることにした。



「へぇ」



 ベンチから姉の揚羽が声を漏らした。


 相手がしてきたのはバスケで重要な武器の一つ高さを持つ三咲へのマークと、滴へのマークだった。


 外からのシュートと必勝のリバウンドが成立してしまえば、チームの残りがどれだけ使えなくてもやられてしまう危険性がある。


 相手の作戦は悪くない。


 長身のセンターはフィジカルとポジション取りは約一月前までバスケと全く関係がなかった人とは思えないほど様になっている。


 それに反して試合の中でボールが近くにないときの動きの拙さがあるが、それは今後の課題だ。


 結果的に三咲のマークはだいぶ動きを制限されてしまう。



「問題は、もう一人はそっちでいいのか」



 三咲のブロックでマイボールにしたところを愛数がキープする。


 敵味方乱れて一斉に反対側のコートへ戻る中を愛数は視界を広げる。


 愛数の貧弱な腕力では早くて正確なパスは無理だが、練習で使ったパスコースは全部覚えた。


 勉強と一緒でそこから自分が活躍できる方法を考えられる愛数だからこそ、新入部員の来夏に強くあたり、自分に厳しい道を敢えて突き進む。


 それこそ彼女がPGという重要なポジションを引き受けた理由に他ならない。



「パスコース、みーつけた」



 そんな小さな選手がベンチに座る去年のエースのお気に入りだ。


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