00:真っ暗な空
決勝戦編、はじまります。
その日は朝から小雨が降っていて、一日中、空が濃い雨雲に覆われているような日だった。
ちょうど部活の休みの日だったから、足早に帰ろうとすると横目にバスケットコートが目に入った。
屋外に設置されたバスケットコートは地面の土が泥のようにドロドロになって、気を付けないと転びそうになる。
こんな日にそこで遊んでいる人はいないだろうと思いつつも、微かに物音がして近くに行ってみる。
“バシャ、バシャ”とボールをつく音は幻聴かと思った。
しかしコートに近づくにつれそれは大きくなる。
中にいる人に気付かれないよう、覗き込むと柵の向こう側に制服姿の人たちがいた。
学校の中なのに帽子を被りボールをつく人
地面に這いつくばるようにその人を見上げている人。
私にはそれが先輩と後輩の関係に見えた。
その場所でどのような会話がされていたのかはっきりとは聞き取れなかったが、二人の間で少しの会話があった。
「――勝負は、私の勝ち。初めに言った通り、約束は守ってもらう」
「……はい……」
帽子の人はボールをつくのを止めて、足元に転がす。
するするとボールはもう一人の足元へ転がっていく。
「詳しいことは話せないけど。もう、私が見ているところでバスケットをやらないで。それだけでいいから」
「……はい……」
「こうでもしないと、あなたは――。いや、なんでもないよ」
勝負を終えた後の二人が共にずぶ濡れなのは当たり前だが、服の汚れ方に不思議な点がある。
外から様子を見る分には帽子の人が勝って、もう一人が負けたはずだ。
それなのに前者の方が足から胸元にかけて泥だらけになっているのに対し、後者は雨に全て流されたのかほとんど汚れていない。
ここへ来たばかりの私には分からないことだが、二人の間で何があったのか凄く気になった。
あくまでそんな私の邪推にしかならないが、帽子の人が泥だらけになってでもこの勝負に勝ちたくて、もう一人は初めから勝負をあきらめていたなら二人の姿に合点が行く。
それは負けた方の人が、勝負に負けることを望んでいた。
負けることで約束が結ばれることを願い、この結末を受け入れようとした。
逆に帽子の人は、身体の半分以上が泥だらけになるくらいだから、相手の後輩の子の方が実力が上だと分かって全力以上で望んだのかもしれない。
そのような感じがする。
帽子の人は、用が終わったとばかりにもう一人を置き去りにその場を去ろうとする。
私は出入り口でかち合わないように素早く身を隠し、人の気配がなくなるまで静かにした。
近くの木の裏に隠れたので、傘を畳み葉っぱだけの雨宿りをして身体が濡れて冷たい。
しばらくしてコートの方へ戻ると驚いたことにまだその人は残っていた。
近くに転がるボールの汚れも雨によってきれいに流されるほどの時間をじっと座り続け、下着なんかはとっくに透けてしまっている。
これ以上は身体を壊すと思って中に入ろうとしたら、急にその人は立ち上がってボールを拾い上げる。そのままボールをついてゴールの方向へドリブルを開始した。
いまさら何をやりだすのかと呆れたが、すぐにその気持ちはリセットされる。
その子はドリブルをただ真っ直ぐに進むのでなく、誰かがそこにいるのを想像して時にはフェイントをいれ、綺麗な軌道を辿る。
ゲームを想定したシミュレーションのようなプレイは続いた。
足場が悪いことなんて関係なくその子はボールをゴールへ入れるまでやり遂げた。
まるでそれがその人の最後のプレイのように完成されたものに見えたのは、私の気のせいではないだろう。
その日は私自身も傘を差し忘れてそれを見ていた。
そのせいで制服をダメにしたけど、あと数週間で卒業と考えれば気にする必要もない。
数日後、その人が何かの記事で約束通りにバスケを辞めたと知った。
それからしばらくして私は出会うことになる。
その子の夢や希望を再び奪う強い人と。