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10分間のエース  作者: 橘西名
中学生編(上園&松林中)
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16:松林中VS巻風中 4Q

16:松林中VS巻風中 4Q



“千駄ヶ谷中の監督が描く天才という像は決して己の底を見せない選手のことをいう”



 最終クウォーター、松林中は相手の得点をすべて防ぎ得点をしていかなければ勝てない。


 そんな奇跡にも近い試合をしなければならなかった。


 試合をフルで出続けている尾上は、試合の後半からは攻めづらければ回りに適当なパスを出すことが多くなってきていた。


 そして尾上以外の選手であれば、初と涼香でほぼ確実に止めることが出来た。


 尾上と同じくらい厄介な大木は、琴音がポジションを変えないためこの試合ではほとんど機能していなかったから、なんとか失点を少なくすることが出来た。


 その影では尾上を徹底マークする純の活躍も忘れてはいけない。


 点差を縮めていくのは、初を起点とした涼香と琴音の仕事だ。


 試合終盤でもスピードの落ちない涼香が積極的にペネトレイトして、自分で決められなくても琴音が強引に得点に持っていった。


 ここでは涼香がほぼ一人で切り込みとシュートを行っているからこそ、それに合わせてもしシュートが外れればオフェンスリバウンドで琴音が流し込むことに専念できた。


 そういった身体を使ったバスケ選手らしいプレーは、中学生にはまだ難しい。


 シンプル・イズ・ザ・ベストの涼香はペネトレイトするなりシュートを放つ。


「入れぇええ!!」


「おおおおぉぉ!」


 琴音も砲口を上げ、もしシュートがリングに跳ね返っても落ちる気がしなかった。


 点差は少しずつ縮まっていくが、


 残る最大の問題がある。


「充分休んだし。いっか!」


 後半から体力を温存していた尾上が、純を振り切ってシュートを放つ。


 尾上は前半のようにトリプルマークされていない分、余裕のある状態でシュートを放てたと思っているだろうが、何のためにそこにいるのか――純のバスケに見事に嵌められていた。


「もらったぁああ!」


 相手のタイミングをずらして飛んでくる尾上に対して、更にワンテンポ遅く純は飛び掛かっていった。


 そのプレーが、後の代表戦で世界を相手するほどの技になるとは夢にも思っていない尾上は、この試合で始めてボールを奪われてしまう。


「初!」


「涼香!」


「琴音!」


 閃光のようなパスが通り、それを琴音が確実に決めて点差はスリーゴール差になる。


 そこへ数分前から起き上がって試合を見てウズウズしていたセイラが戻ってきて松林中最高のチームが復活した。


 その様子を見て、短所から生まれた彼女自身のバスケを止められた尾上が動揺を悟らせないように軽口を挟んだ。


「またやられにきたんだ。そのままベンチで寝てれば先輩たちが頑張ってくれたんじゃないの?」


「一つ思い出したことがある」


「え? なんだって」


「わたしが今の年齢くらいの時には出来なかったバスケは確かにあったけど、今のわたしは決して昔の自分じゃなくて今の自分だ」


「はぁ? 何を言って――」


「今のわたしがおまえみたいな雑魚に負けるわけがないだろ?」


 中学三年生と高校一年生、松林中のエースその全てが今のセイラだ。


 これ以上尾上に好き勝手やらせないと意気込んでいる純にお願いして、自分からセイラは尾上のマークについた。


 尾上へのパスも簡単に通らせて、純粋な1 on 1の勝負になる。


「へぇ、面白いことするじゃん。自分の実力に見合わない事はしない方がいいんじゃないの? バスケには実力や才能を埋められる道具なんてないのよ」


「……うるさいな。黙ってあんたの全力をぶつけてこいよ」


 最高速の上回る尾上がワンフェイク入れてから抜きに行くと、セイラの小さな身体は出遅れるようについていくことになってしまう。


 それを見て「やっぱり口だけか」と思った尾上が意気揚々とジャンプシュートの体制に入ると、後ろにいたはずのセイラが何故か眼前に飛び込んできていた。


 セイラがとってきた作戦は、滞空時間が長いことをより早く飛び始めるところで尾上と同じ短時間飛行にしようとしたように見えた。


 そんな自分の長所を潰して底の知れたバスケを上園青空がするなんて思わなかったのは、残念ながらコート外のコーチだけだった。


「まさか、ただ飛ぶだけ思った? ここからさらに私は飛ぶ――スカイ・ウォーク」


 セイラが最高点から落ちてくるのを見て飛んだはずなのに、尾上より高いところにセイラの手が届いてボールは弾かれていた。


 セイラがしたのは、ただ飛ぶだけだとタイミングしだいで抜かれてしまうところを、横から縦への動作を入れることで回避した。


 それを一回の跳躍でやってのける。


 それが上園青空だ。


「まぐれで止めても、点はやらない!」


 攻守が逆転してセイラがゴール前までくると、スリーポイントシュートを易々と決めた。


 この状況でそんなプレーをすれば、勝負を避けたとしか見えなかった。


「はぁ? なにそれ」


「腰が引けている相手を抜く必要はない」


 今度は純によって尾上は止められて、セイラを追いかける形で再び1 on 1になる。


 セイラの選択肢にパスがないと決め付けている尾上は、スピードを緩めたセイラが空中で交錯したときに意気揚々と琴音にショートパスをだすことに何の反応も出来なかった。


 イライラが積もる尾上は怒りを口に出してしまう。


「勝負しろよ!!」


 セイラには考えがあった。


 尾上の動きは、行き来する短い矢印をその状況ごとで当てはめているようなものだ。


 当然、それと交差しないようにパスやドリブルをすればいいのだが、なにぶんその矢印が置かれるまでが速く、行き来が短いため予想がしづらい。


 そこでセイラは相手の心理を誘導し、短調な矢印しか置けない状況に追い込んでいた。


「あなたのバスケは前例がないくらい特殊すぎて読むのは難しい。でも分かりやすいくらいあなたは単純。バスケはそういうプレイも大事。それに」


 セイラはフルドライブで尾上をコートの右奥へ引っ張っていく。


 その間に涼香は反対側へ琴音が中へ入る。


「何度も何度も、一人で来いって言ってんだよ!」


「もう、この空はあなたのものじゃない!」


 一つ前に琴音にパスを送ったことが頭をよぎる。


 わざとらしく外へ掃けた涼香が切り込んでくるのも予想できる。


 コートの中央でパスを待つ初も要注意。


 そんな考えが頭の中を支配する尾上に、セイラは外からのレイアップ――不ローターシュートを放つ。


 ここまで温存していた切り札に尾上は再び飛び立つことも出来ず眺めているだけだった。


 そのシュートで松林中が試合をひっくり返した。


「へぇ、へぇ、へぇ」


 畳み掛けるようにセイラは、身長が低いなりに出来るプレーを連続で決めていく。


 ドライブは低い身長を更に低くして股下を抜いていく。


 フローターシュートを警戒しているところに、ゴール下へもぐりこんでからのダブルクラッチで空中を支配した。


 それを見せ付けてからは、疲れを見せない切れのある動きをする涼香に試合を預けると点差は広がっていき、最終的に点差は10点差以上開いて完勝した。


 試合のあと、セイラは尾上と一衣の和解を勧めていつのまにかその場を去っていた。



 ***

 試合の週末からしばらくたち、琴音たちは一緒に校舎内を歩いていた。


 そこで彼女達は自分が試合に乗せていたそれぞれの思いを話した。


 琴音は言うまでもなく幼馴染で親友でもある一衣のこと。


 涼香は、言い方は悪いが仲間を利用したこと。


 純はなんとなくバスケをしていたこと。


 初は自分が転校しそうなこと。


 そして、最後の一人の仲間のこと。


 突然あらわれて、突然消えた。


 名前は知っているけど、どこの誰ともわからない小さな仲間のことを。


 みんなには黙っていたが、琴音はその少女のことを実は知っていた。


「セイラはさ、私達の先にいってきっと私達の事を待っていてくれてるよ」


 それに純がいつものようにかぶせてくる。


「へ、先にって……セイラは死後の世界のなんたらとかいう」


「いやいや、そうじゃなくて。セイラも言っていたけど、セイラは私達より二つ上の高校生だから、来年私達五人が一緒の高校へ入ればまた一緒にバスケをする機会があるってこと」


「?????」


 琴音以外の三人にクエスチョンマークが浮かんだ。


「上園青空――セイラは、千駄ヶ谷高校の二年生エース。


 今年のインターハイ前の記録だと全国ランキング三位で、去年はその高校が初の県予選を突破して準々決勝まで進んでいる。


 入学直前にちょっとした事故に巻き込まれそうになったりならなかったり、と言う話は聞いたことがある」


 それほど今のセイラはバスケにかじっている人からすれば有名な選手だった。


 そんな彼女がいまはいないといわれているのには、また色々な理由があった。


 巻風中では、高校生コーチが自分のチームに合流する直前、ライバル視している選手の話をしていた。


 プレイスタイルは尾上がこの間敗れた小学生選手とほとんど同じで、試合終盤では実力の底を見せないのまでそっくりだった。


「そいつと私をぶつけようとしてコーチに来ていた?」


 尾上の特性で、上園の特性は相殺できるとコーチの少女は思っていた。


 しかし技術が伴わないプレーが通用しない事はこの間の試合で思い知らされたから、無理に自分のいる高校へひっぱて行くことはあきらめていた。


「上園は今、千駄ヶ谷高校にはいない。今彼女は――」



エピローグも約一時間あけて連続投稿しています。

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