35:エピローグ03「バスケなら怖いもの知らずの少女」
まるで決勝戦のような試合はもう間もなく終わってしまう。
両チームが実力を出し切って最高の試合をすればするだけ、残念なことを観客が勘付き始めていた。
それがこの日の日程に関係している。
この日は昼食を挟み、この試合に勝った方が続く四回戦に挑むことになる。
誰がどう見ても完全燃焼しようとしている両チームは、次の試合なんて考えていないだろう。
両チームでまだ次の試合にも先発できそうなのは、明誠がセイム、十有二月学園が風見鶏。
だがその風見鶏も終盤に来て足に負担がかかるフェイントを連発したことで、先程のタイムアウトで足を引きずるところが見えた。
そうなるとどちらのチームも次の試合をまともに戦えるとは思えなかった。
勝っても負けても非情な結末になる気するが、より一層観客たちの応援は大きくなった。
それだけ彼女たちの試合は、見る人たちに何かを訴えかけていた。
***
試合は、明誠が十有二月学園の猛攻を防ぎ、前線に張るアリスにボールを運べるかどうかだった。
自分で点を決めてくる風見鶏と秋葉はセイがなんとかゴール付近に近付させないようにして、シューターにはオールコートで千里がついた。
天野が持ち直せば非常に厄介なので必ず一人がついて、残りはセイのフォローに回る。
どちらが勝ってもおかしくない試合は、ついに残り二十秒を切ったところで亜佐美が逆転のスリーを放とうとしていた。
間違ってもファールにならないようにセイはブロックに行ったが、亜佐美のクイックにタイミングが合わずボールはゴールの方向へ一直線に飛んでいく。
見るからに低い軌道は、ゴール方向へのパスだ。
「おらぁああ!」
風見鶏の片手ワンハンドダンクが決まり、試合を引っ繰り返す得点になった。
セイはボールの下に素早く回り込み、すぐに強いパスをアリスに投げつけた。
前線で立っていることしかしていなかったアリスは身体を傾けて、ボールの軌道上まで身体を動かそうとするが、あと一歩が届かない。
「とどケ。とどいテ」
必死な思いが奇跡を呼び込み身体がボールのある方へ浮いた。
それは亜佐美のマークに付いていて、前線にいちばん近かった土井餡蜜がアリスのもとまで行って、その身体を押して一歩分の距離を動かした。
これだけロスがあればマークに付かれていてもおかしくないが、シュートを打つ人がアリスなら話は別だ。
相手がブロックに来るより先にシュートモーションに移る。
傾く身体は餡蜜が背中で支えて、アリスは自然なモーションでシュートに行けた。
残り時間は五秒。
これを決めれば明誠高校が初の準決勝進出をし、その先にある全国大会出場も見えてくる。
しっかりと踏み込んだアリスのシュートが――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――試合時間が終わるまでに打たれることはなかった。
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試合結果
十有二月学園:109点
明誠高校 :108点
アリスが決めたシュートは50本以上。
うちスリーが4本あり、その得点は98点を記録した。
あと一本がでればちょうど100点。
そのあと一本が出るか出ないかが勝負の分かれ目だった。
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試合終了の笛が吹かれ、コート上で一歩も動けない少女がいた。
アリスは下を向いて静かに涙を流して悔しがっていた。
初めての公式戦は一試合だけで敗退。
流星のドライブを使ったせいで一試合フル出場するだけの体力がなくなってしまった。
一度も練習に参加していない自分がヘマをしたせいで。
もっとやりようはあったはずだ。
全員とは言わなくてもセイムをもっと使えば効果的に攻守ができた。
床にぽたぽたと落ちる汗以外の何かがなんなのかすぐには分からなかった。
こんなよく分からないものすぐに止まって欲しいのに、全然止まらない。
昔、チームの中でいいように使われて捨てられたときになかった気持ちだ。
悲しいんじゃない。
悔しいんだ。
自分本位で唯我独尊した結果がこれじゃ、このまま一生、顔を上げられない。
背中を押してくれていた餡蜜が離れ、代わりに先輩が近くまで来ていた。
アリスは不意にポンッと肩を叩かれると、自分のグズった声にかき消されないくらい大きな声で話しかけられる。
「あなたたちはまだ先があるから。引退するウチらの分まで頑張ってよ!」
それは三回戦敗退で自動的に引退が決まったキャプテンで三年生の千里。
女子高校バスケの大きな大会は夏と冬に開かれ、夏は条件なしに全ての学校が参加できるが、冬の大会は夏の予選上位四校までしか出場権利を得られない。
そのため千里を含めた三年生はこの日で部活を引退する。
その彼女も声が震えているのに、前向きなことを言えるのがアリスは凄いと思った。
いや本当のところ、何が凄いのかアリスは良く分かっていない。
結局のところ、この試合を含めてアリスのことを悪く思う人はこのチームには一人としていないんじゃないだろうか。
試合であれだけ頑張ってくれた一年生に勇気づけられた人がいたとして、練習に出ないで、学校にも来ない、試合だけ出ていいところを持っていく留学生に対する不満は少しくらいあるのはわかる。
当たり前の感情だ。
しかしそれは些細なもので、試合は少女一人の力に頼るところが大きかった。
アシストを含めれば一人で百点近くを取ってきたアリスが、中盤からは積極的に守備にも参加したひたむきさは心打たれるものだ。
そこへ、少しでも手を貸すことが出来れば、間違いなく自分たちは勝つことが出来たし、アリスにあれだけの負担を強いる必要がなかった。
今の自分たちの実力だとアリスの欲しいパスも出せないし、アリスからのパスも満足に受け取ることが出来ない。
本当に自分たちの無力さが実感できる。
涙を流す権利は自分たちにはない。
あの子が涙を流す必要もない。
「本当に、アリスもウチらも頑張ったよ。ほんの少しだけ力が足りなかった。ただそれだけ」
「……デモッ」
少女が試合に負けたことに大粒の涙を流しているのかと思っていたが、そんな考えを持った自分は大馬鹿だと思い知らされる。
もう一人の功労者であるコーチのように捻くれてなく、純粋で真っ直ぐな気持ち。
「ワタシが……もっと、もっと……ばれたらカテタヨ。このチームで試合できるのも、もっとナガクなった!」
アリスが考えてくれたことは、こういったら自分勝手かもしれないけど。
『もっと一緒にバスケをしていたかった』
そう聞こえて、千里が我慢していた涙が溢れてくる。
それと同時に抑えきれない怒りや悔しさが嗚咽になって出てくる。
さっきまでの悲しさはまだ抑えられたが、今度のはしばらくダメそうだ。
「ほんと、たった一試合だけで終わりなんてあんまりだよね……」
「終わりじゃない。お前たちの気持ちは必ず叶えられる。そうだろう、アリス?」
ベンチからの虚空に投げられた言葉は、小さいけど強い光を持つ流れ星が掴み取る。
「ウン!」
たった一つの小さな願いが少女をさらに大きく強い存在に成長させる。
これで終わりじゃない。
少女の物語がこんなところで終焉を迎えるなんて、少女を知る誰一人として望んでいない。
チームのために一人が頑張ることは結束を生み、確かな絆を作った。
ならばチームが一人のために頑張ると何が生まれるのか。
それはきっと流れ星に思いを寄せ、その子に願いを叶えてほしいと思うことなのだろう。
この日を境にアリスは正真正銘明誠高校の生徒になったような気がする。
たった半年の契約でチームを去る助っ人としてではなく、先輩たちの思いを背負う頼りがいのあるエースとして少女のチームがここにある。
来年になって彼女たちにリベンチをするために、少女はその瞳に炎を灯らせた。
試合が終わって間もなく、明誠高校はコート中央に整列した。
身体を支えてもらわないと歩けないほど疲労している子。
最後に涙が決壊して抑えきれなくなった先輩。
試合に少ししか出ていないけど気持ちが伝染してきて全身が締め付けられたように苦しい子。
空気を読んで時間をくれた審判の人に感謝をしながら、最後はしっかり大きな声で「ありがとうございました」と言うことが出来た。
向かい合う相手を見ても全員が満身創痍で傍から見れば、どちらが勝ってどちらが負けたのか分からないかもしれない。
しかし勝ったのは向こうで、負けたのはこちらなのだ。
「……負けないで!」
チームを代表して千里がそれを言うことが出来た。
試合が始まる前や試合中には思わなかったことだ。
他のチームの人が良く言うセリフなだけに自分がそれを言うとは思わなかった千里である。
「もちろん、全国優勝するつもりだから」
思い切ったことを言ってくれると言われた方は安心する。
それが分かっているのか天野がそう言ってくれて千里はよい気持ちがして、本当に自分たちの高校女子バスケットボール人生は終わるのだと、思うこともできた。
明誠高校編 END




