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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(激闘編)
165/305

32:流星のドライブ


 再開早々に放たれた亜佐美のシュートは、スピードを高さに変換させたブロックに防がれた。


 このボールを明誠はパスを回して、アリスのもとへ運ぶ。



「こんなモノ、しらなカッタ」



 アリスは試合の後半になってからは、守備に走り、攻撃の先陣を切っている。


 そんな燃費の悪いバスケはアメリカでは知らなかった素敵なバスケットだと思う。


 相手のチームに敬意を表して、アリスは全力で点を取りに行く。



「ここは通さない!」



 ほんの少しだけでも足止めできればいいと思って亜佐美が寄せてくる。



 ――アリスは急旋回してゴールのある方向とは全く違うところへ飛びのいた。



「もらった!」



 アリスの予想外の行動で追いつくことが出来た一姫が、片足フェイントで天野が戻る時間を稼ごうとした。ボールを取れれば尚よいが、体勢が厳しい。



 ――再び急旋回から、スピンムーブ二発で二人分を躱すことができるほどの大きな弧を描き、進路はゴール方向へ再装填される。



「あと少し、――――――――追いついた!」



 二人の時間稼ぎで天野が追いつく。


 アリスとしては、追いつかれる前にゴールまでいけたらよかったが、最後に天野が前に、カザミーと亜佐美がすぐ後ろに迫っていた。


 その原因はスピードに乗ったアリスが足の踏ん張りを利かせず、無駄の大きくなった動きだ。


 三方向を囲まれてアリスが選択したのは、超低空のドライブ。


 敢えて自ら体勢を崩し、不安定なところから身体を起こすことでハンドリングの上手さが際立つ道筋が立てられる。


 ここまで、稲妻を連想させるようなドライブで仕掛けてきたアリスは、最後にセオリーを著しく逸脱したモーションからボールをゴールへ沈めた。


 普通ならパスやその他の連係でいけるところを、一人で行くという異なる選択をしたのは、チーム状況が難しい状態だからだろう。


 攻撃に傾倒すれば守備が崩壊することは目に見えている。


 明誠は必要最小限の人数しか攻撃に掛けられない。


 それに全開のアリスと連携をさせるには、施設のトップ選手に限りなく近い実力を持った選手が必要だ。それはセイでさえ負担が大きく、アリスは自分で行くしかなかったのだ。


 色々な人との経験がアリスを実際より大きくしている。


 アリスは複数のスタイルを使いこなすことで、不可能だと思われた全員突破を実現した。


 点差が縮まらないように、アリスは全部を出し切ってくるようだ。



「まだまだ、イクヨ」





 ***

 攻めも守りも入り乱れることで、どちらかが流れを掴むところまではいかない。


 流星の少女の活躍で広がったままの点差は一向に縮まる様子がなかった。


 亜佐美のスリーで十三点差まで縮まっても、次の瞬間には絶好調の少女がボールを持っていた。ベンチの西條が見つめる先で先輩三人が再びアリスを止めに行く。


 これまでのアリスなら天野で二分の一の確率、三人でならほぼ確実に止められるはずが、ギアを一段上げたアリスはこれまでとは別人だ。


 開始早々に見せたように、今までのプレイスタイルを混在させながらセオリーを逸脱したバスケをすると、パターンに頼る天野と亜佐美はピクリとも動けず、感覚に頼っていた一姫も抜かれてしまう。


 ゴールまでいくのに時間はかかるが、十分な点差のある明誠からすれば、できるだけ時間を使って得点できることにデメリットは一つもない。


 しょうがなく十有二月学園は、少し早くから西條を投入するしかなかった。



「遅れました。必ず、セイムって人は止めるんで先輩たちはあの子をお願いします」



 前半以降ベンチに下がって、その間の気持ちが満ち足りている西條は小さな野望があった。


 西條自身にアリスという子はきっと止められない。前半以上のスピードを見せてくる少女は、手が付けられそうにないが、十有二月学園のセンターとして向こうのセイムに好き勝手やらせたくない。


 先輩の空中戦の負担を減らして、あの子との勝負に専念してもらう。



「亜佐美先輩、リバウンドは絶対死守するんで。どんどんシュート打っちゃって下さい!」


「ごめん。でもここで出さないと、本当にヤバイから。でも無理はダメよ。もう――」


「分かっています。無理せず、あいつは止めるんで」


「なら、別に何も言わないわ」



 両チームがベストメンバーで試合は最終局面へ移行する。





 ***

 コートの外では、自分の気持ちが抑えきれずに立ち上がって応援している子がいた。


 それは自分自身でも意外だと思っている小春だった。


 試合は明誠が勝利するのは決まったようなものなのに、アリスが点を奪ってくるたびに不安な気持ちが増していた。


 アンジェリカが小春に興味をもつ理由になる、直感とでもいうのだろうか。


 こういった試合に対する勘が小春は普通より優れている。



「あと少し。頑張れ、アリス」


「終わってみないと分からないけど。決めつけるのは大きな過ちを生むよ」


「何を訳の分からないことを。アメリカ人のくせに」


「人種差別? そうじゃないのは分かっているけど、一応ね」


「確かにそれはほっとくと大きな過ちを生むけど……試合に関係ない! 全くない!」


「……あっ、あの元気なルーキーがリバウンドを取ったね。絶対に負けないって気持ちはセイムを超えたのかな? これで再び十三点差」


「これ以上点差が縮まらないのが、もう五分近く続いてる。やっぱりそれは、アリスが守備に戻っているから、なのかな」


「そうね。アリスはディフェンスが好きじゃないだろうけど、このレベルの相手なら十分止められる。身体が小さい分、身体にかかる負担は小さいから、体力的にも最後まで持つ、はず」


「ならやっぱり、明誠が勝つ……そう思いたいけど、そうでない気持ちが私の中にあるのはなぜなの。分かるなら教えてよ」


「ぅぅん、それは私にもわからないけど。きっとこの試合はこのままじゃ終わらない。私の感覚がそう言ってる。小春とはまた違った感覚だけど」


「ん? なにそれ」


「分かっていないの? 小春は処理能力が高いから、試合を見るだけで何をしているのかわかるんじゃない、気付いてない?」


「気のせいでしょ。そんなのあるわけないし、いまいち分からないし」


「そう? 分かりやすくいうと、ひいきのチームが勝つ方法を一目でわかっちゃうんだよ、小春や明誠のコーチみたいな人は」


「はぁ?」


「ま、のちのちそれは分かればいいよ。まだまだ長い付き合いになるだろうし」



 二人が話し込んでいるうちに反撃に移った明誠が、味方でさえ信じられないものを見た表情で立ち尽くしている。


 それはパスミスから生まれた十有二月学園のチャンスだった。


 インサイドが固くなった十有二月学園が、外からのシュートをしてくるのは分かっていた。


 だが明誠は十有二月学園のマネージャーの射程を見誤っていた。



「これは、実際、入るとは思わなかったわね。大きな声では言えないけど」



 コートの中央でアリスや他の選手がマークに来る前に放った亜佐美のシュートは、正確にゴールリングを捉えてようやく停滞した均衡を打ち破るものだった。


 超ロングレンジから放たれたシュートは、観客たちを黙らせて味方に付けるほどの強烈な印象を与えた。



「……っ、取り返す!」



 千里の声が力なく叫ばれるが、このボールを受けたのは突撃するように突っ込んできた一姫だった。


 一姫は片足に力を溜めて、爆発させることで明誠の選手を一瞬で振り切る。


 例えゴールから離れることになっても完全に距離をとってから、一姫はどんどん前に進む。


 アリスは逆サイドにいてそれを見ていることしかできないが、この動きは見覚え――いや、そんなことじゃない既視感があった。


 なぜならそれはさっきアリスがやったドライブそのものだ。


 やり方は全く違うが、結果としてやっていることは同じ。


 片足を爆発させるのと、強烈なドライブやテクニックで相手を置き去りにすることの違いだ。



「お返しはさせてもらうよ!」



 おまけに最後にセイを越して叩き込んだ強烈なダンクがここへきて十有二月学園に逆転の希望を見せる八点差まで点差を詰めた。





 ……………………。





 何もできなかった少女は、自分の中でプツリと糸のようなものが切れる音がした。


 残りたった数分。


 相手を打倒できる自分をイメージしたアリスは、初めてバスケをした頃を思い出す。


 施設にいた頃に失われた遠い昔の記憶だ。


 アリスの本質を思い出させ、無駄な雑念の一切を消し去る。


 それがアリス・テンペストにしかできない、少女だけのドライブを授ける。




『 “流星のドライブ” 』




 縮まる点差を吹き飛ばすように、ゴールまでの最短距離を走り抜けた少女は、その間に相手の選手五人全てを抜き去っていた。


 ジグザグに動く稲妻から、果てしないエネルギーを内包する直線的な軌道の流れ星。


 それが後のアリスの代名詞となる流星のドライブだ。


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