21:インターバル「水色」
自分の頬に指をバウンドさせながら、唾の大きな帽子をかぶる女性が女子学生のバスケットボールの試合観戦に来ていた。
始まったばかりの試合はまだまだどう転ぶかわからない。
けれども、面白い展開になりつつある。
それが分かる人は少ないと思うが、この試合を見ているはずの彼女なら分かるはずだ。
帽子から零れる薄水色の髪はうまく隠せているため、日本で見慣れない外国人がいるというだけで騒がしいことにならなかったのはよかったと一安心。
目立つのは好き。
でも騒がれるのは苦手なのだ。
「はてさて、アリス相手にちょっとバスケの上手な人と元気なルーキーだけでシワスは勝てるのかい?」
比べるのは大事だけど、戦っていたステージが違う人と比べたら可哀想に思う。
それ以前に、相手のポイントガードの動きが勇気のない後手を踏んでいるのも凄くバッドポイントだ。
「アリスのスタイルはまだほとんど出していないのに、見ることさえできないなら来た意味がないなぁ」
彼女は遠い場所から来ているため、長い期間滞在することはできない。
長くて数日間。
その間に知り合いと会えればいいと思っている。
試合から視線を外し、彼女は試合会場をぐるりと見渡した。
会場には同じ高校生くらいの男女以外にも親というには若い青年の姿も見て取れる。
もっと試合の見やすい位置が空いているのを見つけ、そこへ移動すると隣に明誠高校の制服を着た女生徒がいることに気付いた。
社交性が人並み以上にある彼女は、その少女に話しかける。
「ハロー、こんにちは。自分の学校の応援かい?」
「いえやえ!」
日本語の上手なお婆ちゃんから習っていても、良く分からない言葉が飛び出して彼女は首を傾げる。
その目の前では、背の高い外国人に話しかけられて変な言葉が漏れた音無小春は、すぐに取り繕った。
「こほん。はい、そんなとこです」
「じゃあ、となり座るよ。どっちかといえば、シワスよりメイセイを応援してるからね」
「もしかしてアリスたちの知り合い?」
「オウ、アリスのことを知ってるの? それは奇跡ね。こっちにきたアリスのこと聞きたかったんだ」
「えっと、外国人がこんな弱小校を応援するなんて、それくらいの理由しか思いつかなかったですよ」
「え?」
「とにかく、そういうことは本人に直接聞いてください。私はアリスたちとそんな仲良くないです」
日本人の文化『ツンデレ』に触れた感慨を受けつつ、薄水色の髪の外国人は席に座る。
お互いに名前を知らないままというのは先程の奇跡に失礼と思い彼女は自己紹介を始めた。
「ワタシ、アンジェリカっていいます。あなたの名前は?」
「……音無小春です」
ムスっとしながらも小春は応じてくれる。
それに心を良くしたのかアンジェリカは小春と試合を楽しもうとする。
「こはるん、メイセイは面白い戦い方をするね。そう思わないかい?」
「知りません。それと『こはるん』でなく『小春』です」
「ちょっと語ってしまうけど、メイセイは相手のPGを潰しに来てる。それくらいシワスにとって大事な選手なのかな? その選手は特定の条件下だと実力が発揮できないみたいだけど」
「どういうことですか?」
「聞きたい? それとそんなに年も離れていないからもっとフランクでいいよ?」
「じゃあ、教えて」
「ワタシの推測だと、シワスの四番は昔大けがでも負っていたのかな? 身体の大きな選手に過剰に反応して、そのせいでプレーを乱されている。そこをメイセイは攻めてる」
「それは十有二月学園の人たちは分からないものなの?」
「癖と同じようなものでしょう? 意識したからってどうにかなるものじゃあない。この試合中に修正するのは難しい」
「でもあのチームはもう一人化け物がいるんです。その彼女が来てからじゃないと試合は分からない」
「うんうん。普通はそうだね」
「うん?」
「ワタシはその前に試合に決着がついちゃいそうな気がする」
明誠高校は攻撃の手を止めずに、相手の攻撃の中心である天野を封じることでその攻撃の芽をことごとく潰している。
これが意味することは一方的に点差が広がり続けるということだ。
十有二月学園がそれに対抗するには二つの手段がある。
一つは不調の四番に代えてフレッシュな選手を入れること。
それは今の十有二月学園には敵わない。
もう一つは、明誠の得点を止めることだ。
しかしこれもアリスがほぼすべての得点を挙げているため止めるのは難しい。
この流れが続くようなら、試合は終了を待たずして決まってしまうだろう。
アンジェリカは、そうなってしまってはアリスが実力の半分も出さないで試合が終わってしまうことを危惧している。
――間もなく前半となる第一・第二クォータが終わる。
既にコートには十有二月学園のポイントガードの姿はなく、期待のルーキーが体格の一回り大きい、小さい外国人の二人を相手に奮闘しつつも、圧倒的に攻められる時間が永遠と続いていた。
その間に手札の揃わない十有二月学園は何もできず、試合は最悪の展開になっていた。