02:ハジメマシテ
私が流星の少女に目を釘付けにしていると隣の彼女が、感心したように唸る。
「へぇ、あんな女の子でも男子に勝てるんだ?」
「違う。普通は無理。少なくとも私やあんたは無理」
「私のことはともかく、……音無さんは鈍臭そうだしね」
「……えっ……」
「それより、それより。今、ちょうどボール持ってる子って金髪だよ! 初めて生の外人だよ!」
バスケのプレイの凄さより、同級生で外人な少女に興奮して目的の先輩のことはすっかり忘れている様子だ。
三分間のミニゲームを終えてすぐにその少女は走ってどこかへ行ってしまう。
その子が気になった私は、体育館に無残に取り残されるイケメン先輩に話しかけた。
「……あぁ、確か、『迎えが来るから、帰る』って言っていた気がするよ」
見ていて可哀相になるくらい意気消沈している。
それもしょうがないことなのかもしれない。
ほんの十分前までは俺様カッコいいアピールをして、新入生にキメ顔までしていたのに、年下の少女にヒイヒイ言わされるようになってはプライドがズタズタだろう。
上手い慰めの言葉が見つからないので、精一杯の感謝をこめて一礼してからその場を去った。
何とかして流星の少女の名前と、あとクラスくらいは知っておきたかった。
「あ、待って。私も付いていく」
「勝手にして」
私の気持ちは高ぶっていた。
財宝を探しに行くインディージョーンズのように、未知の者への探究心が私の行動力を活性化させる。
迎えが来て帰るというとなると、そこそこのお金持ちで、車で送り迎えをするような家庭の子なのかもしれない。
そういえば中学の頃、フィリピンからきていた清水カテリナさんはかなりの金持ちで、私が欲しかった最新ゲーム機をすべて揃えていて羨ましかった。
それに外国人だからというだけで片付けられない、一般人とは違った容姿も大変気になる。
もうそのときから、私は彼女に惚れていたのだ。
「――なんとか、追いついた」
――はぁ、はぁ。
丸二年間走り込みなんてやったことがなく、呼吸が荒くなる。
何かがのどに込み上げてくるような嫌な感じと、足が重くてもう一歩も歩けない感じが次々と襲いかかってきて次の言葉を続けられない。
すると大きな足音を立てたためか、彼女の方から気付いて振り返ってくれる。
「 “What?” 」
「えーと……」
……忘れていた。相手日本人じゃない! 日本語通じない! と私が思っていると。
それが口に出ていたのか、表情に出ていたのか分からないけど、彼女の方から次のアクションを起こしてくれた。
「ナニカようなの、ってききたいんだけど」
いや別に「 “What?” 」の意味が分からなかったんじゃなくて、そのあとに英語で返事しなければならないことに言葉が詰まったのだ。
中学生でもその質問は分かるから、私のことをバカだと思わないで下さい。
「えーと、えーと、えーと……」
「AAA?」
「トリプルエーじゃなくて! えっと、 “How do you do?” 」
「ハジメマシテ」
「って日本語じゃん!」
「にほんごジャン?」
この子、日本語で話せるのね。
とんだ食わせ物ね。
大方、日本に来ているのに日本語を話せないわけないじゃないという人なのね。
そういえばカテリナも初めから日本語で会話してたな。
私は一度、自分を落ち着けるために深呼吸する。
そうして聞きたかったことを聞いた。
「な、名前を教えてください」
「アリス。わたしのネームはアリス・テンペスト」
「ありがとうございます!」
こうして彼女の名前を知ることができた私は、初対面の外国人に名前を聞いて、感謝するという意味不明な行動を取ることになった。
そのあとすぐにアリスは、迎えに来た執事付の車に乗ってそのまま家に帰ってしまった。
その場に取り残される形となってしまった私は、ここまで一緒に来ていたもう一人の子に温かい目で見つめられて顔を赤くする。
そういえば、一緒のクラスのこの子の名前は何さんだっけ?
***
学校の正門付近で赤っ恥を晒すことになった私は、家に帰ると見慣れない靴があることに気付いた。
誰かお客さんが来ているということになるが、社交性ゼロの母に友達がいるとも思えないし頭の中にハテナが浮かぶ。
それに靴のデザインからして、私と同じくらいの子が履くようなものだ。
その靴の持ち主の正体に、本日二度目の赤っ恥を掻くことになる。
流星の少女の名前は『アリス・テンペスト』ということで、
続きます。