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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(開幕編)
131/305

53:エピローグ02「希望の翼2」

 東東京都大会は準決勝戦が、一面に二コートある場所で別れて同時に行われている。


 そのためベンチ越しに他の試合を選手たちはお互いに見ることができる。


 余裕のある高円寺高校は準決勝の相手がポッと出の中堅校のため、試合序盤から倍以上の点差をキープし続けている。


 試合には中村八重と野田佳澄のダブルエースの姿はなかった。


 それどころかここまでの予選でこの二人は謎の欠場を続けている。


 それにも関わらず高円寺高校は去年以上の強さでここまで勝ち進んでいる。


 そんな圧倒的な王者として君臨する高円寺高校の中村八重と野田佳澄はベンチから隣のコートを観戦していた。


 その試合には二人にとって当時一年生だった後輩たちが出ている。


 しかし一緒に試合に出ていた由那ほど二條まゆや他のメンバーのことを、詳しくは知らなかった。



「よく知らないとはいえ、まゆのことは去年のインターミドルで良く見てるんだよなぁ」



 ベンチの背もたれに頬杖をついて八重が呟く。


 同じように自分たちの試合に集中せず、後ろをチラチラ見る佳澄も似たようなものだ。



「タマちゃんとコーミーもだいぶ力を付けたみたい。中学のときとは別人のようね」


「それって佳澄の中で定着してるの? タマちゃんはともかく、コーミーって誰のことか分からないって。呼ばれている方も、元先輩にそんな呼ばれ方しているなんて思ってもみないって」



 タマちゃんは田蒔鳴のこと、コーミーは今村小路のことを言っている。



「タマちゃんはポジション関係なくポイントガードみたいなプレーをするね。チームのペースを変えるのはいつもあの子だ」



 速攻で足並みがばらついたとき、田蒔が落ち着かせることでボール運びの綻びがいくつか解消されることがあった。


 同じように後ろ掛かりになりチームの勢いが消えそうなときは、単身で突っ込んでいくコーミーが勢いを再点火させていた。



「でも、この試合で間違いなく鍵を握るのはまゆだ」


「私はまゆのことを“モスラ”と呼ぼうとして結局まゆといっている、って知ってった?」



 二人の間で大きな誤解が生じているようだ。


 八重は聞かなかったことにする姿勢だ。



「……え、えっと。確かに千駄ヶ谷高校は中等部のスタメンがそのまま上に上がって来て、底上げがされている。一年の面子の成長も十分高校生級まで来ている」


「サイドに髪をまとめているのも、なんとなく『モスラっぽい』と何度も思いかけたけど、黙っていたのよ。ふふっ、感謝して欲しいわ」


「佳澄、ふざけすぎだぞ」


「別にふざけてないわ」


「それじゃ言ってみ。もしも、緊迫した試合と試合とに挟まれて緊張感が半端ないから冗談を言ったとか。殴るよ」


「……それはずるいわ、ふざけてる……」



 先に理由を言われて頬を膨らませる佳澄は割とレアだった。


 冗談はさておき、改めて二人は試合に集中する。



「それでモスラだっけ? モスラがどう試合の鍵を握るのかしら――って、痛ぁあい。げんこつはないでしょぉぉ」


「ふざけるからだ! そんなもん、見ればわかるだろ。野田お得意の誰かを中心に組み立てるチーム作りが高等部でも続いているなら、その中心は二條まゆ。私ならそうする」



 その理由を佳澄は無言で聞く。



「あいつと由那はどこか同じ感じがする。由那の時の私たちのように、まゆには心強い仲間がいる。当時、由那が手の届かないところのパスを取れてそのままドライブに行けたように、まゆにも同じようなことができるんじゃないかって、私なら考える」


「希望的観測。言い過ぎじゃない?」


「まあ、見てろって。見透かされた野田監督の背中が私の推測の裏付けをしてる」



「……そうね。見てなきゃわからないわね」



 二人は後ろから声を掛けられ振り返る。


 そこにはインターバルに入ってベンチに戻ってきた部長がいた。



「もう試合は折り返しだっていうのに、うちのベンチは自分たちの試合に興味がないの? 流石に悲しくなっちゃうっての!」


「めんご、めんご」


「ごめんなさい」


「気持ちの入っていない感が半端ないなぁ!」



 部長の叫びが無情にも試合会場にこだました。






 ***

 まゆは久しぶりの試合に気持ちが高ぶっていた。


 次の試合を考えて体力の消費が激しいスイッチはほとんど入れずに試合は戦えている。


 しかし、両チームともいまいち乗り切れない展開だった。



「後半も同じメンバー?」



 思わず田蒔が監督に聞き返してしまうが、野田監督はこのままいくようだ。


 勝っているとはいえほとんど点差がない状況。


 万が一にも負けるわけにはいかないため、温存を考えることはできなかった。



「だが、二條は序盤で見せたように切り替えていけ。点差が安全圏にいくまでは決勝戦のつもりで行く」


「はい!」


「まゆ、がんばろうね」


「油断すんなよ」


「分かってる。チャンスがあったら“アレ”いくからね」



 試合に向かう姿勢は誠実に、プレーの幅を広げるために二條は戦闘モードへスイッチを切り替えた。



「死ぬ気でこいよ、おらぁあ!」



 少し前に仲間に弱音を吐いて、ぐずぐずの泣き顔を晒していた人と同一人物とは思えないほど、チームの中心に立つまゆの姿は眩い光に包まれて輝きを放っている。


 それはプレーにも顕著に表れた。



「お前は何が何でも止める!」



 左サイドに誘い込まれたまゆはボールをキープした状態で二人のマークにあう。


 周りにいる選手にもマークがつき、一番離れた逆サイドの選手だけノーマークの状態だ。


 しかし他のスポーツと比べコートが小さく人の密集するバスケットボールで、中継なしに逆サイドへのサイドチェンジは不可能だ。


 無理に行こうとすれば、パスが通るまで時間のかかる浮かせたパスを出すしかなくなる。



「甘いわ!」


「血迷ったのかよ!」



 まゆはドリブルを止め、クルリと回転させた身体は逆サイドの味方を捉えていた。


 彼女の大砲のようなパスが、コートを縦横無尽に横断した。


 こういった状況で生きるのが、彼女のパスだとこの試合から彼女たちは知らしめていく。



「ふんっ。このくらい止めて見せろよ」


「生意気な奴め」


「試合は、これからよ」



 マークの綻びから最少人数で得点できた千駄ヶ谷は、いち早く残りが守備に戻った。


 この守備への切り替えの速さに、一歩間違えれば失点につながる横パスの危うさに相手が勘付く。


 すぐにまゆのマークは元々の一人へと戻り、彼女からのパスを止めるシフトへと切り替えられた。



「ありがとう。やっと舞台は整ったようだわ。感謝感激、雨あられってね」


「急にうるさくなったな、二條まゆ!」



 まゆにボールが入っただけで、大和郷の全選手の集中力が上がった。


 相手を抜きにいかない二條まゆに、パスを出させないもしくはカットすることに特化したフォーメーション。


 これは千駄ヶ谷が誘導した思惑通りなのだが、まゆがパスしか出す気がないということは間違っていない。


 この矛盾を伴った罠に相手は足を踏み入れている。



「止めてみろよ!」


「そのつもりだ!」



 マークを外すためにボールを数回突くが、すぐにまゆはパスに切り替える。


 パスコースを限定させるためだけのマーク相手を掻い潜り大砲のようなパスは、出されるがそのパスは軌道の途中ではたかれて軌道をぐにゃりと地面に沈みこませる。



「よし、ボールをもらって速攻よ!」


「…………まだだ!」



 相手チームの一人が、ボールの行方の先に何かを見つけた。


 中央に点々と転がるボールに誰かが、同じ高さまでしゃがみ込んで滑りこんでいた。



「まゆ!」



 前線に抜け出た田蒔の声にまゆの瞳が見開かれる。


 大きく踏み出した一歩で全体重を乗せたボールが彼女の大砲のようなパスの種だ。


 しかしこれは身体を捻り遠心力を使っても同じことができる。



「いっけぇええ!」



 ボール目がけて全身をバネのように解放させたまゆの地を這うようなパスが、フリーの田蒔まで一瞬のうちに通った。


 唖然とそれを見つめる相手のゴールに、余裕をもって田蒔は決めた。



「あ、あんなのはマグレだ。このままいくわよ!」



 このとき、試合に出ていない人間だと千駄ヶ谷監督の野田と高円寺高校のエース二人が同じように鳥肌を立てた。


 それくらいまゆのプレーには、これまでとは違う何かがあった。



 ボールへの寄せをオールコートで早くした千駄ヶ谷の動きに、相手のミスが生まれた。


 ボールは人のいないサイドラインに零れようとしていた。


 それに反応したのはまたしても彼女だった。


 身体を投げ出して、飛び込むようにボールに向かっていく。


 それと同時に全身の力を片手に集約させ、ラインを割る前のボールは地を這うように前線に届けられる。


 受け身も取れずにコートの外で転がる一人をよそに、信じて走っていたチームメイトは確実に点を決めた。


 決まってからチームメイトが駆け寄っていき、試合もレフェリーにより一時中断されたがすぐにまゆは試合に復帰した。


 それを見て、大和郷の一人が疑問をまゆに投げかけた。



「……なんでだよ、なんなんだよ……必死すぎるだろ……勝ってるのはそっちなのに……」



 俯いてあきらめた顔をする相手にまゆは真正面から向き合う。



「そんなの。バスケが大好きだからに決まっているじゃない」



 そういった二條まゆの顔には、試合中だというのに満点の笑顔があった。



 この笑顔は、予選全ての試合が終わった後にチームメイトたちと顔を寄せ合って喜び合う彼女たちが見せたものと全く同じで、どこへ出しても恥ずかしくないものだった。




 ――続く。


 ここまで読んでいただきありがとうございます。



 さらっと終わるつもりが、東京都の某高校を絡ませたら予選が始まっていないのにだいぶ長いこと書いてしまいました。


 いちおう、書き始める前までに考えていた内容で最後まで書き続けるつもりですが、なるべく読者様を退屈させない内容で書いていけたらと思っています。



 章の終わりなので、あとがきらしいことを書くと、


 この章は新しいキャラクターを交えて、主人公の一人である田崎由那の過去を掘り下げた形になります。仲良しとはいかないまでも、過去に置いてきた思いを二人は回収できたんじゃないかと思います。


 他にもいろいろやってましたが、主軸はそんなところです。


 先の話も考えて全国の強豪校の名前にも触れましたが、それはだいぶ先の話になります。



 次の章では、ようやく地区予選編が始まりますが、トーナメントを組む上で重要なのがチーム数。


 現在出ているものだと竹春と十有二月、霜月の三校だけですが、ボリュームが足りないので四校目を出して、三回戦と準決勝、決勝を描写していけたらという、ちょい予告です。


 予定は未定ということで。


 それでは、また。よろしくお願いします。


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