12:悪夢
それは私が思い出したくない二年ほど前の記憶。
県予選決勝、点差はワンチャンスでひっくり返るところまで盛り返していて、仲間のテンションは最高潮に達していた。
九大会連続で全国大会を制覇している最強の中学相手にこれほどの戦いができるチームがいままであっただろうか。
最終クォータに入ってすぐに、今大会でほとんど選手交代を行わない千駄ヶ谷中が、選手交代をした。
一人は千駄ヶ谷の二軍でチームキャプテンを勤める次期エース候補の子で、レギュラーでないこと以外は去年の上園と同じような立場の子。
コートを引き裂く力強いパスと思い切りのよい踏み込みでドンドン前に出てくるスコアラー。
もう一人は、髪型が少し変わって別人のようにも見えたが、間違いなく去年の一年生エース。プレイスタイルは、一人で得点を決めることができ、攻撃一辺倒な状況なら上園青空を上回る実力を持っている。
そしてその選手一人を前線に残した陣形で試合は再開された。
上園のマークを厳しくしてパスコースを制限させたが、それでも彼女は四人のマークさえも振り切って得点した。
それを見て、追い上げムードだったのが一気に覚めていきそうだ。
気を取り直すように私は自分でボールを拾い上げ、守備が決して得意じゃない四人抜きのエースを相手に1on1で挑んだ。
パスを出すタイミング、コースのどちらを見ても完璧だった。
しかし彼女は一瞬で私の目の前まできてボールを奪取し、一瞬で私の横を通り過ぎる。
まるでこのプレイを誘導されたかのように感じた。
この試合で上園という同い年の人への思いが一新された。
たった一年で別人のように成長を遂げた同級生は化け物だ。
――勝てない。――つらい。――苦しい。――もうどうにでもなれ。
そういった負の感情が頭の中を侵食していき、私の人生最悪の試合はいつの間にか終わっていた。
その日のことはよく悪夢となって私の記憶を呼び起こす。
練習に疲れてふとまぶたを閉じたときなどに一瞬のフラッシュバックとして見るほどに。
この日も知り合いの中学生の練習を見ている間に少し寝ていたようで、不満げな表情の“尾上”という中学生の子が私のことを覗き込むように見ていた。
「せんぱーい。寝るんなら家で寝ればいいんじゃね? 練習中に寝るとかマジでありえないから。燃えたぎる熱意も急激に冷めるから」
「ごめん。ちょっと現実逃避したいセンチメンタルな気分だから適当に練習してて」
「はぁ? コーチが適当とか最悪なんだけど」
あれを思い出した後に心底むかつく中学生のコーチは酷だと思う。
特に二つも年上の高校生相手に、敬意も憧れも抱かない生意気な中学生は問題外だ。
「もういいよ。また他校のエース狩りでもしてくるから。どうせチーム内で私についてこれるのはいないし。コーチはやってくれないし」
やさぐれぎみの女子中学生。
巻風中女子バスケットボール部に突如現れた選手で、練習試合で今年の県代表を倒している。
「どうしてせんぱいは私と勝負してくれないの?」
夏の大会直後というタイミングだが、今年の優勝校の千駄ヶ谷中も倒したらしい。
信じられないが、尾上は嘘を吐いて喜ぶような性格じゃないから限りなく真実に近いことなのだろう。
「負けるのが怖いんだ。そうなんでしょ」
私が期間限定のコーチに来た初日に「年上には敬語を使いなさい」という話は見事にスルーされている。
『高校生と、中学生が勝負しても意味がないからしないだけよ。これでもインターハイ出場校のレギュラーなのよ?』
といってもよかったが、そんな安い台詞を吐くのはバスケット選手らしくない。
まだコーチを始めて三日目だけど、尾上という選手がどういうものか分かってきた気がする。
この選手を成長させるには、どんな形でもいい――真っ向勝負で尾上を追い詰めることができ、本物のバスケを尾上にやらせる必要がある。
たぶんそれが、千駄ヶ谷中が負けてくれた原因の一端なのだろう。
生憎、私のチームは今もここ北九州から遠い大阪の高校で練習をしているだろうからここにいないけど、真っ向勝負で負かすぐらいならできる。
この日の練習の総まとめに私と、おそらく彼女たちの世代のエース候補がやりあうのは無駄じゃないはずだ。
それに千駄ヶ谷中を倒した相手を倒すというのも悪くない響きなのではないだろうか。