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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(開幕編)
129/305

51:もう一度、約束


 交代してすぐにタイムを取ったのは、竹春高校の方だった。


 そこには、学校へたまたま来ていたバスケ部顧問の先生がベンチからタイムをお願いしていた。



「何か、私に、言わなければならないことが、あるんじゃないでしょうか?」


「先生。えっと、愛数がちょっと大変なことになってます」



 実際に一連のことを見ていた滴が由那の代わりに応えると、顧問は腰に手を当てて頬をプクーと膨らませる。



「全然違います。先生を仲間外れにしないでください。それと上下さんのことは知ってます。むしろそれで知りました」


「……はい」


「それじゃ、試合は止めてください。明日はあなたたちの初めての公式戦なんですよ」



 しかし由那はそれを断り。誠心誠意、この試合を続けさせてほしいと頭を下げる。



「愛数ちゃんから聞いたのが本当なら、まだこの試合を終われないんです。私と私の昔の友達のために見逃してください。お願いします」


「田崎さん……それはどうゆうこと?」



 生徒のことを思って試合を止めようとしたのに、その彼女たちを引っ張っていく由那自身が懸命にお願いをしてきて、顧問は困ってしまう。


 それにその場にいた滴たちも疑問を表情に浮かべていた。



「まゆはきっと今も苦しんでいるんです」



 それから由那は、対戦相手が昔いた中学校の同じバスケ部メンバーであったことや、少し上手くいかないことがあったことを話した。


 少し前にあんなことがあって信じてもらえないかもしれないけど、二條まゆが本気で愛数を潰そうと思って全力のボールをぶつけてきたわけじゃないことも伝える。


 更に由那は、仲間たちに自分の決意を愛数の言葉を借りて言う。



「私は、私を救ってくれたみんなで彼女のことを救ってあげたい。そのためにも私は、とりあえず本気のまゆと正面からぶつかって話を聞きたかった。全力以上でぶつかったつもりだった…………だけどみんなからはそう見えなかったみたい、かな?」



 由那からも滴たちが引いている感じがなんとなく分かっていたため確認をすると、もちろん「分かるか!」といった意見が返されてくる。


 その掛け合いにお互い笑みをこぼしてしまう。



「見えるわけないじゃにゃい! 本気で殺しに行ってるようにしか見えなかったわよ!」と滴。


「あ、滴、噛んだね」と栄子。


「なるほど、愛数の代わりに栄子がぼけるというのも斬新だな」と三咲。


「ぷっ」と由那。


「そこ笑わない!」と滴。



 ひとしきり笑いあったあとで、次のことをみんなで考えた。


 由那を中心に部外者の揚羽も巻き込んで、竹春高校が何かを企む。





 ***

 対する千駄ヶ谷ベンチでは、顔を洗いに外に出て行ったまゆを追いかけて試合に出ていた五人が飛び出していた。


 体育館からでてすぐのところにある水飲み場にまゆはいた。


 髪の上から水をかぶって、いつものサイドに髪をまとめているリボンもとっている彼女の瞳は赤く腫れていた。


 五人が話しかけようとすると意外にもまゆの方から話しかけてきた。



「私、もう高校辞める。もうみんなどうでもよくなっちゃったんだよね。それでね、監督には上手く言っておいてあげるから、みんなは部活を辞めなくても大丈夫にする」



 顔を伏せながら話すまゆは、片手で壁を作るように全てを拒絶する姿勢をみせるが、田蒔を始めとする今村、栗原、愛宕、越谷のそれぞれがその手を握って、絶対に離さなかった。



「もう負けた気でいるのは、まゆだけだよ。私たちは誰一人、負けたなんて思ってない。まだ点数だけなら勝ってるもの」


「前から思っていたけど、勝手すぎるんだよ! もうちょっと周りを見てほしいね!」


「自己犠牲を語るなんて百万年早いわよ」


「とにかく――」



「「この手はどんなことがあっても絶対に離さないよっ」」



 彼女たちはお互いに色々なことを話したかった。


 中学からの付き合いで、もう知り合ってから四年目に入っても友達らしく遊びにいったり、誰かの家に泊まったりしたことがなく、部活だけの関係の彼女たちが、本音をぶつけ合えたのはこれが初めてだ。


 そのきっかけは、試合中にぶちまけたまゆの言葉のせいだ。


 あれがあったからこそ、彼女たちは今いる仲間を思いやろうと必死になっている。


 例え伝わらない思いであったとしても、言わずにはいられないのだ。


 なぜなら、彼女たちは二條まゆという仲間のことが本当に大好きだからだ。



「「この試合が終わるまでは、私たちは仲間だから!」」







 ***

 時間通りに再開した試合は、どちらのチームも雰囲気をガラッと変えて来ていた。


 挑戦者として挑んでいく竹春高校は、余計なことを全て忘れ去ってただ単純にバスケを楽しむように時折笑顔を見せながらのびのびとプレーをする。


 絶対王者として達観していた千駄ヶ谷は、確固たるエースを失い、逆に全員が必死なプレーを見せた。1on1に拘っていたこれまでの縛りを解除し、ボールを持っている人の近くにいたものが命がけで止めに行く。


 綺麗なプレーはできなくても、声を出し合ってプレーすることで、まゆなしのぎこちない連係が竹春高校を、彼女たちの目標にしていた少女のいるチームを突き放す。


 それをベンチからまゆは眺めていた。


 監督もその隣から呟くようにまゆに言葉を伝える。



「俺は、あまり口は上手くないが、あいつらの代弁くらいはできる」


「……はい」


「この試合がこの代のバスケ部最後の試合になるかもしれない。それでもいま試合をしている五人、いや十人すべてが輝いている。誰もが憧れる大舞台で優勝するより、もっと尊いものを賭けているんじゃないのか」


「……はい」


「二條、お前はどうしてあそこにいないんだ?」


「…………」



 まゆは自分がしてきた罪というものを、頭に浮かべていた。


 自分のわがままで練習を付き合わせた由那からバスケを奪ってしまったのが過去の罪なら、今、彼女はどんな罪を犯しているのだろう。


 仲間がまゆのことを辞めさせないように、必死に戦っているのに彼女はベンチから見ているだけ。


 嫌な思いをするバスケを辞めないで続けてきたのは、仲間を裏切りたくないのは建前だけで、心の底からバスケのことが好きだからやめていない、という嘘を自分に信じ込ませている。


 それが久しぶりにあった由那やバスケを始めたばかりで楽しくてしょうがないだろう子に見破られたのか、まゆが理想とするバスケットを竹春高校はしてきている。


 そんな人たちを見て、まゆは冷静でいられなかった。


 試合モードのスイッチもオフになり、不安な気持ちはタイム中に手を握って貰ってから落ち着いている。



「試合に出たいか?」


「…………」


「今のあいつらにはお前が必要だと思うが、嫌なら別に出る必要はない」


「……勝てば、辞めずに済むんですよね」


「あぁ、その必要はないな」


「お願いします!」



 まゆの瞳に炎が灯る。


 選手交代が告げられ、越谷に変わって再びまゆがコートに戻ると、ドッと歓声が上がる。


 試合の途中で泣き崩れた選手が戻ってきたことに、観客たちが盛り上がったのだ。


 まゆは前線に張る由那の横を通り過ぎて、滴たち残りの四人の前に立つ。



「由那はともかく。あんたらに好き勝手やられるほどウチは甘くないわよ!」


「ふんっ。また抜いてあげるわ」


「させねえよ!」



 自分でコントロールして、二條まゆがスイッチを入れる。


 これほど試合に集中したことは今までに一度もなかった。


 それくらいまゆにとってこの試合は掛け替えのないものになっている。



 竹春高校からのボールで、揚羽が気を利かせて滴にボールを送る。


 由那にダブルチームをかけて止めに来る千駄ヶ谷は、もちろん遊撃のまゆが行く。



「行くわよ!」



 ボールを受け取ってすぐに、滴は仲間の位置を把握してドライブを仕掛ける。


 自分が抜きに行くと見せかけたパス。


 また、そのパスを囮にした鋭いドライブを思わせる二重のトラップにまゆが真正面からぶつかってくる。


 スイッチが入ったことで、滴からは体感的にまゆが速くなったように感じ、滴はパスを選択した。


 それに由那が反応した。



「ナイスパス。栄子と美咲さんはゴール下に!」



 指示が出される前から動き出していた二人は、ポジションを確保して由那のマークに着く二人もパスコースを塞ぎつつドライブを警戒する。


 流石の由那でも二人を相手にドライブで抜きに行くのは困難なため、一度、傍まで回り込んできてくれた揚羽にボールを託し上がっていく。


 攻め上がる竹春高校と守る千駄ヶ谷高校。


 互いに互いが認め合う両校が交差したのは、奇しくも由那とまゆだった。


 両校のエースがぶつかり合う。



「私には今、仲間がいる! だから由那、あんただけには絶対に負けない!」


「こっちこそ、まゆに負けない仲間がいるよ。だから負けない」



 逆のフェイントから綺麗に抜き去る由那と泥臭いプレーで縋り付くまゆ。


 それが中学時代の構図だが、現在も高いレベルでそういったプレーが二人の根幹になっている。


 田蒔のように由那の動きを真似できないまゆは、振り切られないように重心が後ろにならない工夫をして前傾姿勢を取る。


 由那はボールを突きながら、抜くタイミングを見極めている。


 両者が行動に移す前の読みあいで駆け引きをして、結果、由那は一度やってみせたスリーポイントで行こうとする。


 このフェイントが厄介なのは、野田佳澄が使うだけあって無理に止めに行こうとすれば、バスケットカウントを取られて四点プレーにされてしまうということだ。


 しかし今このフェイントを使っているのは、まゆも良く知っている先輩でなく由那だ。



「これで、勝ち越しだよ!」


「させるかぁああ!」



 まゆの読んだシュートのタイミングはバッチリだった。


 問題は、シュート直前に体制を崩されていたこと。


 二人は身長がほとんど変わらないため、このままだと、放物線を描いてボールがリングを貫いてしまう。


 重心が下に沈み、体も変な方向を向いているから無理な体制での跳躍になるが、ここで止めないと試合の流れの全てを持って行かれる、そんな気がした。


 そういった全てを賭けたまゆの跳躍。届かないところへ必死に伸ばした一本の指先が、どうにかボールに掠らせることができた。


 それによってボールはリングに跳ね返る。



「「リバウンド!」」



 由那とまゆが同時に叫び、ゴール下では激しいボールの奪い合いが行われた。


 体格で勝る三咲に千駄ヶ谷の選手が体をぶつけて、まゆが必死に弾いたボールに追いすがる。


 そしてボールは千駄ヶ谷が奪い取って、攻守を交代しようとしたところで第二クォーター終了の合図が鳴った。






 ***

 試合は、第二クォーター終了時点で両校の監督が話し合った結果、明日のことを考えて途中で切り上げることになった。


 試合後、まゆを先頭に千駄ヶ谷高校は保健室までいって、愛数に頭を下げて謝罪をしに行き、帰る前に由那とまゆの二人だけの時間を作った。



「もう一度、約束」



 試合中にした厳しいことでなく優しい約束を彼女たちはする。


 由那へ向かってまゆが片手を差し出し、由那は力強く握り返した。



「次に戦うときは、全国で。勝負はそこでつけよう」


「うん。お互いにベストメンバーで」


「絶対だ! 正直、同じ地区に中村先輩たちとかいて不安だけど、その先輩たちを倒してでも私はもう一度、由那たちの前に立つ! だから約束だ!」


「こっちも、なるべくがんばるよ」


「私が勝ったら、えっと、その――。そ、そのときは仲直りしてください!」


「うん、望むところだよ!」



 握手をした手を離し、二人はお互いの仲間のところ帰るため反対方向へ歩き出した。


 今では学校も住んでいる場所も違っているが、目指すべき場所は同じだと信じている。


 三年越しになってしまったが、ようやく本当の仲間になれた彼女たちはきっと由那たちの良き好敵手になる。


 約束したその先のことを夢見ながら、少女たちはバスケットボールをする。


 人と人とをつなぐそのスポーツのことが、少女たちは大好きで、だから一生懸命になれるのだから。



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