49:堕天使の翼
相手のパスコースを遮る良い動きをしていた愛数に、運悪く二條の砲撃のようなパスが重なりあってしまった。
愛数が負傷退場してしまい乱闘が起こるかと思ったところに、千駄ヶ谷の野田監督の提案が出された。
『この試合に我が校が負けるようなら、ここにいる一年は全員退部にしよう』
その条件で一時的に試合は再開された。
そうはいっても、そんなギスギスするだけの試合が行われることに選手たちが納得しているわけがない。
そう思うのが普通だろう。
それなのに試合が続いているのは、竹春高校の最後の一人がそこに現れたからだ。
体育館の隅で静かにしていた愛数を保健室へ運んでいってもらった、すぐ後のことだった。
「滴、私も入れて。お願い」
そこには二條が一番会いたくなかった人がいた。
竹春高校側からしても、どうしてここへ来ているのか疑問に感じたが、それは傍に隠れている佐前燕を見ればだいたい想像がつく。
「愛数ちゃんにはここへ来るときに会ったよ。どうしてこんなことになっているのか、だいたい分かっているから、試合に出して」
滴は言葉に詰まる。
由那に黙って試合をしている後ろめたさ以上に、威圧的に接してくる由那に怖さを覚えたからだ。
「大丈夫だから、信じて。滴たちより彼女たちのことは知ってる」
そういえば、どうして由那に先週の試合のことを言わなかったのか。
ただ由那を悲しませたくなかったからなのか。
「試合に出して」
違う。きっと今のようなことになってしまうのが嫌だったのだ。
自分たちに希望を与えてくれた天使のような彼女が、他の人の希望を奪う悪魔のようになってしまうことを恐れたのだ。
「分かった。でもちゃんとアップはしてよ。由那にも怪我をされちゃ困るから」
「うんっ。ありがと」
終始、滴は由那の顔を見ることができなかった。
竹春高校ボールで試合が再開される。
コート中央でさっそく由那がボールを受け取った。
マークはそのままのため、由那には田蒔がマークについていた。
田蒔といえば、由那と同じステップができるため、由那が得意とするパスを受けると同時に抜き去るのは難しい。
「久しぶりとはいわない。もうこうして敵同士なんだから当然でしょう」
「悪いけど、今の鳴たちは相手じゃないよ」
今のチームメイトにも分からない由那の気持ちを昔の仲間である田蒔が分かるわけもないが、これは願ってもないことだと田蒔は思っていた。
より集中力を高める田蒔を相手に、その彼女が自分と同種のステップを使えると知らないのか、由那が逆のフェイントを入れるいつものドライブを使ってくる。
中学時代と何一つ変わらないそれに反応した田蒔は、ボールを奪取しようと手を伸ばした。
「もう、あなたは私たちの目標じゃない!」
「それが、なに?」
由那は淡々とかつ冷静に田蒔に言い返す
田蒔の手が出てくるのを待っていたかのように、いつもよりワンテンポ早く踏み出した足でさらに逆に体を傾け風見鶏ばりの強引なフェイントをする。
相手が動いてくれなければ衝突してしまうタイミングで、由那はまず田蒔をあっさり抜き去る。
そのすぐ後にフォローに来るのは二條まゆ。
既にスイッチが入っている二條は素早い寄せで由那の進路を塞ぐ。
「ねぇ、まゆはバスケが好きで続けているの?」
由那の問いかけに二條は返事をしない。
由那も気持ちを切り替えて、小さく息を吐き田蒔にやったのと同じドライブでいく。
「もし、そうじゃないなら――」
右と左への一瞬の揺さぶりで相手のタイミングを完全に外して、ゴール方向への一歩を踏み出すと簡単に抜くことができて、由那はやりきれない顔を微かにしてしまう。
それに気づいたのは野田監督くらいだった。
「終わらせてあげる。この試合で全て」
背中からくる田蒔やゴール下の栗原の腕を掻い潜り由那はゴールを奪って、すぐに滴の横を通って自陣深くまで戻っていく。
この試合で、中学時代の復讐をしてやろうといつも以上の全力でいっている由那のことが滴には漆黒の翼をもつ、何か別の人のような感覚になった。