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10分間のエース  作者: 橘西名
地区予選(開幕編)
126/305

48:監督の真意


 二條まゆは、この試合に二つ返事で来たわけじゃない。


 監督とマネージャー、それに中学からのチームメイトからの誘いで仕方なく来ている。


 そんな彼女はチームの副キャプテン。


 高校へ入ってから無個性ながら力を付けて、念願のレギュラーを一年生で勝ち取っている。


 たまに試合中で性格が急変するのは彼女のチャームポイントの一つだ。



 部活では運よく同じ中学出身のメンバーでレギュラーに選ばれ、他の五人は中学生には出せないパワー・スピード・テクニックを着実に身に着けつつあって、中学までの立場が逆転するのも時間の問題とまゆは思うことがあった。



 しかしいつも中心になって、仲間を支えているのは最も下手な彼女だったのだ。



 その理由は本人もよく分かっていない。


 そんな四月から五月にかけて駆け足で青春を送る彼女の前に現れたのは、自信家で実力もほとんど変わらない相手だった。


 仲間の動きを把握できる広い視野を持ち、思い切りのよいドライブは清々しささえ感じてくる。


 噂にしか聞いていないが、昨年の全国大会で千駄ヶ谷と同じベスト4に進出した赤坂といい線行ったということ。


 先週、今はベンチにいる越谷こしがやまどかを入れた五人に勝ったということ。


 そのことが微かに現実味を帯び始めている。


 一度の駆け引きで勝ったからといって、上から目線で話しかけてくれる同学年の選手ということでまゆからすれば珍しいことだ。


 同学年であれば、彼女が所属していた中学の名前を聞いただけで足が竦むのが普通。


 そういった意味で面白い。


 でもこの試合を含めたバスケ自体が、もうどうしようもないくらいつまらないものだった。


 そして視線の先には、ここにいないはずで、一番会いたくない子の幻覚さえ見え始めていた。





 ***

 試合が開始されて、千駄ヶ谷高校リードのまま第一クォータが終わろうとしている。


 偶然集まった観客たちは、バスケのことがそれほど詳しいわけじゃなかった。


 だからいざ試合が始まってしまうと、バスケ部に去年もいた佐須揚羽が一年ぶりに試合に出ていることや、他の運動部で活躍して有名な山田三咲、大塚栄子の二人の関係者が話をしているくらいだった。


 そんな初心者中心の観客が一瞬で静まり返り、どっと歓声を上げたのは、試合開始十分足らずで二條まゆのスイッチが入ってプレイスタイルを静から動に変えたから。



 ではなく、また違う理由から悲鳴にも近いどよめきが起こっていた。



 レフェリーの笛で試合が静止するなか、全員の視線の先にいる少女のもとへすぐに栄子が駆け寄る。


 そこには一際小柄な少女が自分の肩を抱いて倒れこんでいた。


 少女は苦しげな表情をして呼吸も荒く、その場にいた保健委員の生徒も来てくれた。


 ユニフォームをずらして肩を見ると赤くなっいて、触れただけで激しい痛みを感じるらしく、来てくれた子も迷うが保健室まで運ぶことになった。


 そのことに関係ないような顔をする相手に滴が厳しい視線を送る。



「誰のせいでこうなったと思って――」



 滴の怒りはこの惨状を引き起こした張本人に向けられている。



 何が起こったのかといえば、ほんの十数秒前のことだ。


 相手のパスコースに飛び出した愛数に向かって、その少女は躊躇なく全力のボールを投げ込んできたのだ。


 コート外から見ると偶然起きてしまった事故のように見えたが、同じコートに立っていた滴や他の竹春高校側からは明らかに分かっていて故意にぶつけてきたようにしか見えなかった。


 それもこの試合で始めてみせる唸るような豪球が、体の小さな愛数の肩にあたって、そのまま文字通り人一人を吹き飛ばしたのだ。



「待って、別にわざとやったわけじゃない……」


「そうそう。落ち着けよ」



 一触即発な状況になる前に、千駄ヶ谷の田蒔と今村が二人の間に入るが、揚羽も前に出てくる。



「でも、今のはタイミングがおかしすぎる。一度試合を止めろ」


「それは別にいいけど。ホントに事故なんだってば。ちょっとウチのエースは切り替えが斬新というか、なんというか」


「あいつがそんな馬鹿なことするわけないし、こんな試合なんかで」



 この一言が火に油を注ぐ形になり、さらなる反感を買うことになる。



「こんな試合ってなんなのよ! もとはといえばそっちが――」



 これはもうだめかと思ったタイミングで、低い声が口を挟んだ。



「まだ、試合は終わってない。続けてくれ」



 千駄ヶ谷監督からの声に千駄ヶ谷陣営は身体を強張らせるが、黙る気のない竹春陣営は仲裁に入った田蒔の胸倉をつかみに行こうとする。


 しかしそんな感情的な行動は次の一言で、一気に吹き飛んで行った。



「この試合に我が校が負けるようなら、ここにいる一年は全員退部にしよう。そうすればこの試合を続ける意味があるはずだろう?」



 その嘘偽りない言葉が、千駄ヶ谷側の反応を見て分かった。





 ***


 千駄ヶ谷監督の野田が、マネージャーの口車に乗せられてここへ連れてきたのは一年生だけ。


 それは彼女たちにより強くなってもらいたいという野田監督の気持ちの表れだった。


 しかし他の誰にも言っていない彼だけの考えとして、“偽りのエース”に対する期待というのは大きいようで、実はそれほど大きくない。むしろゼロに近い。


 現在チームを離れている“新のエース”である中村や野田、東、久世と一緒に最強を誇っていたチームの一人が帰ってくるまでの余興のように思っていた。


 一か八かのその賭けで、上手くいけばそれでよし。


 逆にこんな地方の無名校との対戦で万が一にも不祥事を起こすようであれば、この代の選手を全部切ったところで問題はない。


 それが中学の全国大会十連覇を達成した監督の考え方だ。


 彼は冷徹に先にある結果とそれに付いてくる勝利にしか興味がない。


残り二話の予定です。

エピローグを入れれば三話くらい。

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