45:先の先を
試合のことを知らされていない由那はともかく、他校が練習試合をするのには相応の準備が必要だった。
竹春高校は顧問の先生と姉の応援のために佐須来夏がベンチに座っている。観客も他の運動部が興味津々と見に来るくらいでそれほど大勢ではない。
千駄ヶ谷は前回来たマネージャーと監督の二人に控えの選手が三人と全国区の高校としては少人数だが、その理由は一・二軍の二・三年生を帯同させて来ていないからだ。
予選の前日に何の余興かと普通の監督なら一蹴してしまうところを、あえて試合に行かせるのは中等部を全国十連覇へ導いた名監督だからこそだろう。
マネージャーの強い推薦で実現したこの試合に完全に納得していない野田が、マネージャーに不満を漏らす。
「田崎がいないな。代わりにサーカス団みたいなチームはいるが」
「えっと、陸上部と柔道部、帰宅部にバスケ部二名ですね」
「これは流石に意味のない試合になりそうなんじゃないの?」
「はい。これならこちらが圧勝するだけですね。でもきっと彼女は来るでしょう」
「それでこっちの一年が目覚めてくれるんなら、苦労はないんだけどね。とりあえず去年の地区予選で力を見せた佐須っていう二年生だけ見ていようか。暇つぶしにはなるんじゃない?」
「最悪その二年生がまゆたちを打ち負かすくらい本気で来てくれれば、彼女は必要ありませんよ」
「それは助かるな。昼過ぎには帰れそうだ」
「ふふっ。ご冗談を」
因縁深い田崎と二條の激突。
それが現状の二條まゆが縛られている鎖を解き放つきっかけになれば、今年エースを欠いた予選で大きな戦力になる、と野田は思っている。
それに一度は突き放した田崎がどれほど成長しているのか気になってもいる。
「あいつは全国でも数少ない魔物の一人だからな」
***
ジャンプボールは身長で栗原に大きくアドバンテージのある三咲が勝ち取った。
ボールを受け取った愛数は、ボールを突きながら周りをみて滴へパスを出す。
「ナイスボール!」
ボールを受け取って前を見ることができた滴に応えるようにフリーの栄子がボールを出してほしい方向へ手で合図を送る。
既に攻撃パターンで使い古されたものだが、試合開始早々で浮足立っている状況に、俊足のフォワードが駆け抜けたことで生まれた相手の隙を突かずにはいられない。
「お願い、栄子!」
ゴールへつながる決定的なパスが通る。
このパスは練習で、もう数十回と繰り返しているものだ。
いかに相手チームが個人で上を言っていたとしても、同じ人間なら必ず隙は生まれるしチームの勝利は個の力に依らない。
この積み重ねが勝利につながるはずだ。
「――――っ」
「また、レイアップ?」
栄子と競りに来たのはジャンプボールを担当した栗原。
まるで初めからこれを予定してジャンプを控えていたように素早い戻りだ。
シュートに行こうと踏み切った栄子に合わせてジャンプをして、シュートコースを片手でシャットアウトする。
しかたなくゴール下に上がってくる三咲にボールを落とそうとするが、そんな思いつきのプレーは栗原のもう片方の手に弾かれて相手ボールになってしまう。
勝利への方程式を考えていた滴にとって誤算といえるくらい相手は本気だ。
本気で竹春高校を打倒しようとしてきている。
センター一人を見ても先の先まで読んだプレー。
守備の面ではほとんど対策のない竹春は、揚羽がワンツーパスで躱された時点で失点が決定的になる。
何とも先行き不安な試合展開だ。