43:六人目の部員 下
高校生のそれも女子相手に必死になるほどみっともないことはない――。
そう思っている時点で敗者であることが決まってしまっている大学生たちは、風見鶏一姫一人のプレッシャーで攻め手をことごとく潰されていた。
走力だけなら引けを取らない栄子と一姫が大学生たちの足を止めて、パスコースに一姫が飛び込むことで非常にシンプルなスティールを繰り返している。
そこまで相手が単調になってしまうのはいくつか考えられるが、残りの三人がマークをしっかりしているのが大きい。
そのせいでパスまでの時間が長くなり一姫が追いつける。
試合は一姫が奪取したボールをちょうど滴が受け取ったところ。
「由那、いくよ!」
滴もずいぶんとらしいプレーが増えてきている。
相手が格上でも自分にあって相手にない部分を見つけるのが上手いのだろう。
中学時代によほど周りにすごい人がいたのか、勝つことができずに独自に身に着けたのか分からないが、並々ならぬ適応力を感じる。
そして滴が必死につないだパスをもう一人のエースは絶対に外さない。
「ナイスパスッ」
由那のドライブはパスを受けつつ体を流す。
その一歩目で相手を抜き去る。
それが印象付けられている相手は距離を取って由那のマークにつくが、それが分かっているかのように由那はクイックモーションでシュートを放つ。
ラインに足がかかっているためスリーポイントにはならないが、ミドルレンジからのシュートが決まってついに得点がイーブンになる。
時間も残りあとわずかとなり最後は、一姫がターンオーバーしたボールを愛数が敵陣まで持っていき、そこでファールをもらってそのまま一点差で勝利した。
ようやく訪れた話し合いの場で試合で力を見せつけた一姫が開口一番にいう。
「この子はもらっていく。文句があるなら十有二月学園まで来てくだされば、セイトカイチョーが相手をしてくれます」
確かにあの人なら、と亜佐美は思ってしまうが、気を取り直してすぐにフォローを入れる。
「あなたがたのいう佐須揚羽とこの佐須来夏は別人よ。その証拠にほら、学生証」
来夏から拝借した学生証を見せつけて早々に誤解を解く。
それで納得がいかないならあとで本物を連れてくるのもいいが、女子高校生を拉致する輩にそんな優しさはいらない。
せいぜい優しく一姫がぶちのめすくらいがちょうどいい薬になるだろう。
「分かってくれて助かるわ」
***
亜佐美たちと解散した後。
由那たちと自宅に帰った来夏はそこで思わぬ人と出会うことになる。
由那たちが大学へ向かう理由になった写真に写っていた大学生がそこにいた。
「おい、佐須」
「しつこいわね!」
すぐに滴が前に出て大学生と距離を取る。
身長が三咲と同じかそれ以上あるが、つい先ほど試合をして約束したばかりなのに連れ戻しに来たと思ったら自然と体が動いていた。
「いや、ちょっと待てよ」
「待ても何も。自宅を知ってるならわざわざ拉致しなくても直接来ればよかったじゃない」
「そうだよねー」
「ほら愛数は下がってて。あんたみたいなチビはどうせ人質にされるのがオチよ」
「ひどっ! これでも武術の心得があるのに!」
「はい、冗談はさておき。そこの大学生」
「……まぁ、冗談だけど」
「佐須揚羽さんはここにはいないわよ!」
「……いや、来夏だろ」
「そうね、ここにいるのは揚羽先輩の妹のら――――って知ってるの?」
「そりゃあ小中高一緒だからな」
「大学生、じゃない?」
「同じ学校だろ。そっちは知らなくても女バスは有名だぜ」
「そ、それは、どうもありがとうございます」
唐突にお礼を言われても困り顔をする男は、竹春高校一年の斉藤剛志という。
来夏には最初からわかっていたことだけど、彼女の幼馴染で滴たちが試合をしているときに姉の揚羽が殴りこんできたのが、この斉藤の家だった。
そして家まで呼び出しを食らったところに来夏が帰ってきたのだ。
佐須来夏と斉藤が固まってこそこそ話をする。
「そんで、どうするんだよ。相当怒られるらしいぞ」
「お姉ちゃんがどうにかしてくれるはず。そうでなくても、そのときは斉藤がどうにかしてくれる」
「何を調子のいいことを……」
「だってお姉ちゃんも剛志も私のことが大好きでしょ?」
「おま、真面目な顔して冗談いうなよ!」
「これが冗談を言っている顔に見える」
斉藤の顔を覗き込む来夏と、赤面する男子。
これほど見ていて分かりやすい青春もない。
ことの展開についていけていない脱青春の由那、栄子、愛数に滴が声をかける。
それは呆れた声にも聞こえた。
「これはもう解決かしら? ここから離れた方が二人のためにもなりそう。帰りましょうか」
「「はーい」」
四人は物音を立てずひっそりとその場を後にするが、その様子を家の中から一人の少女が見ていた。
それから一日が経過した。
由那に隠れて特訓をしたい滴と愛数は昼休みの体育館に向かうと、そこには既に先客がいた。
そこにいたのは体操着姿が眩しい、元バスケ部のエースの姿。
妹のことを助けてくれたことを恩に思って、練習の手伝いをしようとここで待っていたのだ。
「少しだけなら、バスケを教えてあげてもいいわ」
この提案に対して滴も断る理由はなかった。
初めから来夏をネタに脅迫してでも週末まで付き合ってもらうはずだったからだ。
「上等! よろしくお願いします!」
「よろしくっ」「よろしく」
***
週末の竹春高校の体育館には二種類のユニフォームに身を包む選手たちがいた。
青地に黄色のラインが肩から腰の方へ抜けていく竹春高校と中等部、高等部で同じ白地に袖が緑色のシンプルなデザインの千駄ヶ谷高校。
その場にいるのは竹春高校が、滝浪滴、上下愛数、大塚栄子、山田三咲、佐須揚羽。
千駄ヶ谷高校が、二條まゆを筆頭にレギュラーを含めた一年生チームで来ていた。
もちろんこの試合のことを知らされていない由那はここにはいない。
それにほっとしている少女は、この場へ来させられた不満を口に出すことをせずに済むのだった。
お互いに翌日が地区予選一回戦の両校の熾烈な戦いが始まる。