11:インターバル2
夷守中から偵察に来ていた一年生マネージャーは、東東京代表の決勝戦に何とか遅刻せずに到着することが出来た。
朝早い新幹線に乗って九州の夷守からやってきた小柄な少女は、昨年の決勝戦の相手だった千駄ヶ谷中を今年こそは、という思いで単身偵察に来ていた。
女子中学バスケ界なら知らない人がいないほど、千駄ヶ谷と夷守の二校は頭一つ飛びぬけた実力を持っている。
絶対的なエースのいる千駄ヶ谷中と、地元の小学生チームがそのまま中学に上がって圧倒的なチームワークを持つ夷守中。
昨年の夷守中は日高、長岡の二枚看板で、個の力なら日高は千駄ヶ谷中のエース以上、長岡も国際大会でリバウンド奪取率が非常に高い選手だった。
世代別代表のキャプテンも務める日高が千駄ヶ谷のダブルエースを完璧に押さえ、チーム力でも上を行く夷守が初優勝をするかと思われた昨年の決勝戦は、思わぬ伏兵でそうならなかった。
そういった経緯もあり、夷守中の一員として今年こそは悲願の初優勝を遂げたいと思っている。
ここまで走ってきたせいで、のどが渇いていた少女は、近くにあった自販機でピーチジュースを買ってきて観戦席から試合を見つめた。
少女がジュースで一息つくと、ちょうど試合開始のジャンプボールが空中高くに放られた。
そのボールを取ったのは、やや高さに不安のある千駄ヶ谷中を制して相手校の方だ。
今年の千駄ヶ谷中は、ここまでの予選の結果を見る限り、それほど脅威とは思っていなかった。
毎年三年生主体のチーム作りをしているせいか、その年によって実力がだいぶ違うからだ。
主力がほとんど残る夷守中は、キャプテンの日高こそ卒業してしまったが世代別代表にも選ばれる強力なセンターの長岡がいるから戦力ダウンはほとんどないといっていい。
それに対して千駄ヶ谷中は昨年の主力で残っているのは、新エースになった上園だけ。
まあ、一応警戒するべきなのは、昨年に一年生エースとして日高先輩を苦しめた選手がもちろん今年もいるということだろう。
しかし予選のここまでの試合で一度も試合に出ていないあたり、故障か何かで試合に出られないのではないかと考えられる。
東東京代表を決める決勝戦は、第一クォーターの中盤まで試合が進んでいた。
千駄ヶ谷中と対戦している相手校は、どちらかといえば私たちの学校、夷守中に似ていて、昨年のメンバーが半分ほど残っていて、エースの人は全国で見ても十本の指に入る実力者の一人だ。
その相手校はエースを中心に組織的な攻めをするが、千駄ヶ谷中がうまく対応して得点がほとんど奪えずにいる。
千駄ヶ谷中も守備重視の慎重な立ち上がりでほとんど得点の入らない試合となっていた。
しかしすぐに試合は思ってもいない展開を見せ始めた。
いまだ速攻の二点しか取れていない相手校は外からのシュートを放ってくるが、それを千駄ヶ谷中エースの上園が上手くタイミングを合わせた小ジャンプで叩き落した。
そしてそのボールが千駄ヶ谷の選手の下へ弾かれてしまうと、カウンターでこの試合最速の得点が決まる。
上手く中継をはさみゴール下まで深く入り込めた相手校は、余裕を持ってレイアップを決めようとするが、それも上園が上手く合わせた跳躍で阻止をする。
その弾かれたボールは運悪く千駄ヶ谷中の選手に渡ってしまいまた速攻を許してしまう。
警戒していた上園に、これ以上好き勝手やらせないために、ボールを持っていない状態でもマークをつけ、動きを制限させようとするが、守備的な位置からほとんど動かない上園にその効果は薄かった。
パス回しの途中で奪取されたボールは、本来のポジションに戻った上園が的確なパスを送り、速攻で得点を許してしまう。
残り少ない第一クォーターで一矢報いたい相手校は、上園の位置を警戒しつつ人数をかけて最後の攻撃をする。
外から打てる選手を上手く使い敵陣に切り込んだところに上園が来たのをみて、すぐに他の選手にパスをだしたエースの機転により、ほぼフリーの状態でシュートを打つ。
その直後のプレイが今年の千駄ヶ谷中の強さだと夷守中の一年生マネージャーは思った。
ゴールへ放たれたボールは、内へ引き付けられていたはずの上園の手によって無情にもコートの外へ弾き飛ばされていた。
上園がしたのは、味方へのパスを意識した加減をした跳躍でなく、上園本来の高さを出した跳躍で多少の前後左右の距離を無視してゴールへの軌道をぶった切ったのだ。
これまでも幾度とあった運良く弾いたボールが味方の方へ流れて行ったのは、全て上園の狙い通りのことだった。
人よりも滞空時間のある跳躍が可能な『エアウォーク』を冠する上園のオンリーワンの才能は、ある程度身長が伸びてきた中学三年生になって開花していた。
少し見覚えのある才能の片鱗に身体がブルッと震えた夷守中のマネージャーは、この第一クウォーターを見ただけでも今年の千駄ヶ谷中への評価を変えた。
その後の試合は全国区の学校同士の試合とは思えないほどの一方的なものとなる。
第一・第二クウォーターでは千駄ヶ谷が順調に得点を重ね、相手校は上園一人の前にほぼ無得点のまま進み、最終的に三十点差以上つけられて試合を折り返した。
第三クウォーターに入ってからは、相手校もエースの個人技をフルに発揮し上園がいないタイミングで得点を奪えるようになり、点差を縮めていくが、最終の第四クウォーターでこの大会初めて千駄ヶ谷中のベンチが動いた。
千駄ヶ谷中はCとPFの攻撃的なポジションの三年生の二選手を下げ、二年生を二人投入した。
試合はまだ十点差以上開いているが、安全圏とはいえない。
このタイミングで控え選手を投入する思惑は普通なら分からないが、この交代に限っては、両校、観客の誰もがその意味を理解していた。
千駄ヶ谷中はその交代で陣形を大きく変えてきた。
今までは上園を守備的位置に配置し、残りの選手が前の方へ集中していたのが、逆に交代で入った一選手だけを前に置き、残りが全員守備に回るという陣形に変わった。
それはたった一人でも得点できる自信の表れ、もしくはこの選手ならこのくらいのハンデがないと調整にもならないということを意味する。
ボールをキープする上園は、一人がプレスをかけてくる状態でも冷静に状況判断し前線へのパスコースを探す。
言うまでもなく前線には一人しかいないため、まともなパスコースはない。
次の瞬間、上園は信じられないパスを出した。
それは敵も味方もいないあさっての方向へ出されたパスだった。
しかし飛びついて取らない限り捕球できないほどのキラーパスに、前線にいる一選手が反応して、何とかボールに手が届く。
四人に囲まれ状態だったため、パスを受けることすら困難に思われたところへ、曲がりなりにもパスを通せた事はすごいが、捕球体制が悪くその後の動作でいくらでもボールが奪取されてしまいそうだ。
だが、そうならないのがその選手が一人で前線にいた理由に他ならない。
上園からのキラーパスを受け取ったその選手は、敵に背を向けた体制のままドリブルを開始した。
飛びついてきた一人を振り向きざまにかわし、スピード感があり、かつ丁寧なドライブでもう一人を華麗にかわす。
時間をかければ最初に抜いた二人が追いついてきてしまう場面で、ミドルシュートを打つモーションのフェイクを使い、そこから強烈なスピンムーブの切り返しでいっきにゴール下まで侵入する。
残り一人を抜けばフリーになるが、ここまで一切落とさなかったスピードのままゴールへ突撃するように飛んだ。
フェイクもいれずに真っ直ぐきた相手に対し相手校の最後の一人も飛ぶが、それを待っていたかのように空中で姿勢を低くしたことに対応できずに教科書通りのダブルクラッチで四人全員を手玉にとるような得点が一瞬のうちに決められていた。
一気に気落ちするメンバーに一喝して、自らボールを拾い試合を再開したエースのもとへたったいま得点したその千駄ヶ谷の選手がマークについた。
エースの少女は、守備はさほどでもない四人抜きの二年生をかわしてパスを出そうとすると、かわしたはずのその選手が目の前にいてボールをカットされてしまう。
自陣のゴール付近でカットされたボールは、そのままカットした四人抜きの二年生が取り、レイアップで連続得点をする。
その後は言うまでもなく、この試合の序盤で見たような一方的なワンサイドゲームが展開された。
選手交代後のたった数分で、相手校は十得点あまりを奪われた。
そしてその得点の全てを交代したばかりの二年生に全て取られたのだ。
最後にゴール付近で混戦状態から五人全てを抜き去った二年生こそ、昨年の大会最優秀選手を日高と分け合った一年生エースの姿に他ならなかった。
このとき夷守中の一年生マネージャーは、上園の進化に身内の長岡に似た脅威を感じたが、それと同じくらい好敵手の切り札的存在に脅威を感じていた。
もしもあの選手が頭から出ていれば、五十点差以上の試合になっていてもおかしくないと思った。
それは全国大会でも同じだ。
まず千駄ヶ谷は間違いなく決勝まで来て、夷守中が優勝するのに絶対に倒さなければならない強敵だと確信した。
唯一この試合でマネージャーの彼女が気に入らないことがあるとしたら、中学生の大会で相手を屈服させるような展開にもっていき、試合後に負けた中学の生徒が絶望を浮かべた表情させられていること。
まさに今年の千駄ヶ谷は支配するバスケと言う恐ろしいテーマを持っている気がした。
夷守中の目指すバスケとは対極のバスケだと思った。