31:決意と決別 上
31:決意と決別 上
二軍から一軍に変わって気を張ることが多くなった二條まゆは、髪を結ぶリボンを好みの赤から黒に変えて気持ちを引き締めている。
普段の学校生活では年頃の女の子らしくワンポイントとして赤いリボンを結んでいるのだけど、この頃は気持ちを緩めてボーッとしてることが多くなっていた。
授業中こそノートをしっかり取っているが、廊下に出て歩いているとよく人にぶつかって頭を下げている。
「あっ……ごめんなさい」
このときぶつかった子は同じバスケ部の後輩で、まゆの顔を見るなり深く頭を下げて走り去っていってしまう。
悪いのは自分の方だと自覚しているまゆは何を言うでもなかったが、周りにいる仲間からはその異変がどうにも気になっていた。
まゆは一年生の頃、昼休みになると一人になれる場所を探していた。
公立の中学校でなく私立の中学校に進学したため、誰も知らない場所にいるのがとても怖かった。
教室で談笑する同級生の声が真夏のセミの鳴き声のように煩く感じ、一人になれる時間に一人になれる場所を探すのはごく自然な流れだったといえる。
初めに見つけたのは階段。
しかしここは意外と人が良く通るので却下。
次に見つけたのは部活棟と呼ばれる放課後にしか人がいない場所。
ここは誰も来なかったが、しんと静まり返って静かすぎることに耐えられず却下。
最終的には自分の教室のすぐ横にある空き教室に勝手に入り込んでその壁に背中を預ける。
戸を少し開けた状態で自分の教室がある方に耳を傾けると、微かに同級生たちの声が聞こえてきて静まり返った場所よりだいぶ安心する。
ここが一番落ち着く場所。
そう一年生だった二條まゆは思った。
今でも嫌なことがあれば一人でここに来ることがある。
ここへ来ると不思議なことに気持ちの整理がついて、ネガティブな考えは吹き飛ぶからだ。
友達と言わずとも仲間と呼べる人たちができてからは、ここへ来る回数は激減したが今もこうしてその仲間を巻いてここへ来てしまっている。
だけどおかしい。
昼休み目一杯を使って気持ちの整理をつける聖域に来ているのに答えが出せなかった。
目標に限りなく近いところにまゆは来ている。
それを追いかけるように仲間も後を追ってきてくれている。
それなのにどうしても気持ちがすっきりしないのは何故なのか。
その答えをいまだに出すことができない。
空き教室から出たところでまた人にぶつかってしまう。
長い時間そこにいたせいで授業が始まる一分前になっていてクラスメートが探しに来てくれたところをぶつかってしまったらしい。
お互いに尻餅をついたところで始業を告げるチャイムが鳴る。
「ごめん。時間を気にしていなかったから」
「行こう。まだ先生も来ていないから」
まゆの前には最近までは手の届かないところにいる目標そのものだった少女がいた。
その少女は前と変わらず優しい言葉で手を差し伸べてくれる。
『いや、ここでぶつかってこなければ時間に間に合って教室に行くことができた』
直接頭に流れ込んでくるようにその言葉が浮かぶ。
他にも思ってもいない罵倒や汚い言葉をいくつも思い浮かべてしまうが口に出すことはない。
「どうしたの? 早くしないと――」
「――触らないで!」
自分がヒステリックなどとまゆは考えたこともないが、この状況はそれ以外の何物でもない。
言い訳をさせてもらうなら、ひんやりした手で触られて驚いた拍子に口が少し開いてしまったのだ。
『そうだ。この子が全部悪い。どうして私が苦しまなくちゃいけないの』
まゆの中に潜む心の声は、その少女の前で収まることがなかった。