23:マドリッドの少女
23:マドリッドの少女
竹春高校の体育館に二階があることに気付いてこっそり忍び込んだ女生徒がいた。
彼女は他校の制服を着てその上からジャージを羽織っている。
視線の先には勝手に人様の敷地に入り込んで、あまつさえボール遊びを始めたガキどもがいるのだが、それは些細なことなので放置することにしていた。
三年生で唯一のマネージャーとして後輩の五人を連れ戻すために来たのに、報告もせず、こっそり試合観察をし始めたのは『見知らぬ選手』と『見知った選手』がいたからだ。
眉間に指を当てて考える仕草をしながら、データベース化された自身の記憶を手繰っていく。
「一年連中には秘密にしている田崎の進学先。そこに大阪城南中の佐須揚羽がいるのは知っていたけど、ゴール下をチョロチョロしている選手にも見覚えがあるような、ないような」
竹春の最前線には小柄だが非常にアグレッシブに動き回るフォワードがいた。
試合の途中からしか見ていなくても分かるくらいその選手は前しか見ていないのが分かる。
ボールを受け取りに下がることはあっても、守備に下がることはほとんどなく、ドリブルの進路を塞がれてもすいすいと隙間を見つけて前に上がっていく。
その選手は、ゴールから角度0の状況やマークが振り切れない状況からでも、必ずシュートで終わらせてくる。
そしてそのシュートのほとんどが決まってしまうのだから、相手をしている方はたまったものでないだろう。
実際、見ていて鳥肌が立つシーンが何度かあったくらいだ。
「極論、どんな状況からでもゴールを決めてくる人なんていれば、必ず頭に入っているはずなのに。うーん?」
指で写真のフレームの形を作り、その選手をフレームに収めてみるがやっぱりわからない。
彼女の独特な感性の一つなのだが、人を覚えるときに選手名鑑や雑誌に載るような写真で記憶している。
だからこうしてフレームに入れてみると思い出す、ということが今までにもあった。
今回もどうやらそれが思い出すきっかけになったようだ。
「ぁ――――そうゆうこと」
彼女の記憶の中で周りの景色が一致していなかったから分からなかったのだ。
その選手の周りには少女と比べて身体的にも年齢的にも大人な選手がいる姿しか見たことがなかった。
日本人の名前を持つ外国育ちの選手は、よく選手同士の会話の中で話題になったり雑誌で特集を組まれたりすることがある。
そのとき書いてあったのが確か、
「マドリッドのバスケットプレイヤー、ツバメ・ササキ」
スペインにあるマドリッドという街で有名な少女だが、なにもバスケットだけで有名なわけじゃない。
いわゆるスポーツの天才少女でサッカーやマラソンなど全身を使って楽しめる競技に強く、小さい頃の病弱だった面影を全く見せない当時、十五歳。
その中でもバスケはその後も奇跡的な出会いの連続でスペイン代表として日本人初の国際大会準優勝へ導いたのが去年のことだ。
それがこんなポジションも満足に決まっていないチームにいるのだから、不思議なものだ。
「思ったより大物。極論、あのバカどもが負けてもしょうがないと言えなくもない」
しかし激しく首を横に振り、彼女は考え直して顔を上げる。
「でも負けたら……それなりの罰則は覚悟してもらわなきゃ。それに加えて、勝手にチームを抜けてここへ来た罰則も」
ふふふ、と彼女は小さく笑って試合の観戦に戻った。