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 『予兆(arashino_kehai)』-3-

「あぃやとーござっしたぁ。俺っちはここでもう、大丈夫」

 ここまで肩を貸してくれた番兵に丁寧に頭を下げ、新は舌足らずな口調でそう言って笑った。

「え、でも」

 心配そうに彼を見る秀一にパタパタと手を振り、

「俺っちの部屋、そこだから。お前らはもう3階も上だろ? ご迷惑になるから」

 ここまで散々迷惑を掛けておいてよく言うという話だが、酔っ払いに正論は通じない。

「それともなぁに、秀一っちゃんは、おいらの部屋に寄ってく? 泊まってく?」

「――お疲れ様でした。おやすみなさい」

 新が伸ばした腕をすり抜け、秀一はこれまたにこやかに笑って頭を下げた。

「今日はご馳走様でした。本当に、ありがとうございました」

 真剣な目で言う秀一に、新はパタパタと手を振った。

「いいってこったよ」

 今日の会計は、実はこっそり新が全部払っていたのである。

「んじゃお礼に、今度泊まりにおいで」

「んー……まぁ、じゃぁそのうち」

「よしよし、絶対にゃ? 覚えてっからな?」

「はいはい。おやすみなさい」

「お~やすみぃ~」

 秀一は苦笑しながら新の背中を見送り、完全に意識のない飛と、それを担いでくれている番兵たちと共にさらに上の階を目指した。

 ――そして、新は。

 背後に、秀一たちの足音が階上へ消えていくのを確認しながら、

「お~やすみぃ~」

 口笛を吹いた。

 フラフラとままならない足取りでも、すぐに自分の部屋へたどり着く。

 そのまま扉を開けようとしたが、

「……んっとっと……開いてませんねぇー」

 それでも何度かガチャガチャと、無理矢理開けようとしたがもちろん開くはずもなく。

「カーギカーギカーーギ、おいらの鍵はどこぉ~?」

(小暮はまだ、帰ってないのか……)

 歌いながらそう思い、懐から鍵を取り出し差し込んだ。

 酔っているわりには、迷う事なく一発で入った。

 部屋に入ると電気を付け、念のためにもう一度室内を確認する。

「こっぐれちゃ~ん?」

 いませんか~? 何度かその名を呼んでみる。

「まだお帰りじゃないのね……」

 それを確信し、新はベットに突っ伏した。

 嗅ぎなれた布団のにおいに、一瞬目を閉じ意識を手放しかけたが。

「水飲みてぇ」

 ムクリと起き上がり、玄関脇のキッチンへと向かった。

 一杯、ゴクリと飲み干して。何となく新は小暮のデスクを見た。

 小暮はそれほど片付けに関して神経質ではない。今日も彼のそこは、書類が山になっている。

 一番上の紙を取り、チラリと見る。破損報告書……これはきっと、本来磐木かジンが書くべき物なんだろうなと新は思った。

 327飛空隊において書類作成は、主に小暮の仕事である。

「無理もないっか」

 磐木はもちろん、ジンも、そういう事が得手なタイプではない。

「書類書けてナンボなんだろうにねぇ」

 出世できないねぇ2人共……と他人事のように呟き、その紙を放り出した。

「……ん」

 だがその時。

 新はふと、山になった書類の中に気になる物を見つけた。

 封筒だ。

 普通の茶封筒。宛名も中身も、他の書類の下敷きになって見えないか。

 はみ出しているただ一角に、小さく文字が書かれていた。

「……」

 それを見、新は小さく息を吐いた。

 そして丁寧に、そのはみ出た一角を書類の中へとしまい込んだ。

 他ときれいに同化するように。

 それを確認して、新は再びベットに潜り込んだ。

 寝息は、明け方近くになってようやく聞こえてきた。



  ◇


「あかん、気持ちわる……」

 朝。

 食堂にて、テーブルに突っ伏した飛を前に、瑛己は深々とため息を吐いた。

「だから、何でいつもそうなるまで飲むんだ」

「せやかて」

 ブツブツ言い訳を始める飛にミネラルウォーターを差し出し、後は無視して珈琲を飲む。

「昨日はお前の歓迎会やから」

「知らないぞ、今日の筋トレ」

「ぐ」

「……まったく」

 そう言っている間にも吐き気を覚えたらしい飛は、手で口元を覆って何かに耐え始めた。

 瑛己は呆れた様子でそれを見ながらも、結局大きくため息を吐いて、

「……薬もらってきてやるよ」

「すまん」

「珈琲一週間おごりな」

 されど今日の飛はそれを否定する余裕もない様子。呻くように「ああ……」と言ってテーブルに突っ伏してしまった。

 重症だ。この上なく。

 あれは吐くな。というか死ぬかもしれないな。そんな事を思いながら、医務室へ向かった。

 その途中、秀一に会った。

 彼女は3人を代表して朝一の確認規定の掲示板を見に行っていたのだが、

「飛は?」

「食堂で倒れてる」

「あー……。だから飲むなって止めたのに」

「医務室に薬もらってくる」

「僕が行って来ましょうか?」

「いや、いい。飛についててやってくれ」

「んー、わかりました。食堂のおばさんにお粥か何か頼んでみます」

 あ、それから。と秀一は瑛己を引き止めた。

「掲示板見てきましたけど、今日、341の巡察予定がうちに変更になったみたいです。0900集合」

「了解」

「飛、飛べるんですかね?」

「筋トレで吐くか、操縦席で吐くか、お前ならどっちがいい?」

「勘弁して欲しいです」

「まったくだ」

 そうして2人はひとまず別れた。

 今日の天気は悪くない。雨雲も見当たらないし、風も湿り気はない。春のにおいを感じる。

 地上の温度と上の温度には随分の差は生じるが、それでも、真冬ほどではない。今日の巡察は、それほど悪い環境ではないだろう。

 ――この角を曲がれば医務室という所で、向こうの通りを見知った顔が横切っていった。

 新だった。

 一瞬瑛己は医務室の方へ行きかけたが、少し考え、新を追いかけた。

「新さん」

「おぅ、瑛己か」

 瑛己の姿を見止めた新は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。

「昨日はありがとうございました。ご馳走様でした」

 頭を下げる瑛己に、新は照れた様子で頬を掻いた。

「まぁ、いいってこったよ。何せおいらはセンパイだから」

 茶化して言う新に、瑛己は小さく笑った。

 こうして新におごってもらうのは、何も昨日が初めてではない。

 元義 新。4つ年上の飛空艇乗り。元海軍所属。

 言葉や態度から一見いい加減そうにも見える男であるが。実はそうではない。

 飛は新を兄のように慕っている。それは瑛己もよく知っていたし、彼自身にもそう思わせる不思議な魅力がこの男にはあった。

「飛はどうした? あいつ大分飲んでただろ?」

「食堂で潰れてます」

「あーらら。酒は飲んでも飲まれるな、鉄則だよー? ダメだなぁ」

 と言いながらもその手には、しっかり薬の袋が握られていた。昨日最終的に1人で歩けなくなっていた姿を思い出し、瑛己は苦笑を浮かべた。

「今日の予定見た? 巡察に変更だってさ。のんびり飛ぼうな?」

「はい」

「秀一にも言っといて。今日は速度出すなって」

「わかりました」

 その時ふと、瑛己は小暮がいない事に気がついた。

 新と小暮。

 同室という事もあり、いつも一緒にいるイメージがある。必ずというわけではない、実際に新が1人で飲みに行く事もあるし、昨日のように1人で来た所を出くわす事もある。他の隊の者とつるんでいる事もある。

 だがやはり、新と小暮は2人のイメージが強い。2人の仲は瑛己たちには入れないような固い物で結ばれているようにも見えた。

 そう思ったからか。2日連続で新が小暮と一緒にいない事に、瑛己は無意識に小首を傾げ、

「今日も小暮さんは一緒じゃないんですか?」

 すると。

「あ? ああ」

 途端、その顔がサッと変わった。

「?」

 その様子に瑛己は驚いたが。すぐさま新は取り繕ったような笑みを浮かべ、、

「ちょっと……ちょっとね」

 何かまずい事を言ったらしい。察した瑛己はすぐに頭を下げ、その場を去った。

 しかし珍しい。新があれほど顔に動揺を見せるなんて。

 いつもどんな状況にも飄々《ひょうひょう》としている印象の男だが。

 何かが胸に引っかかった。

 ――そしてそれは、数時間後。巡察の集合の折にも起こった。




「小暮はどうした?」

 9時。

 集合の格納庫前。327飛空隊の面々はそこに顔を連ねたが。

 ただ1人、小暮だけがいない。

 7人の隊である。いなければすぐわかる。ましてや隊随一の頭脳派・小暮 崇之である。

「新、小暮はどうした」

 当然、同室の彼にその問いは及ぶ。

 だが新はばつ悪そうに地面を見つめ、返事をしない。

「どうした」

「あー……っと、それがですね……えーと」

「何だ? はっきり言え」

「……体調が……ちょっと、悪いらしくて……」

「体調が?」

「はぃ……昨日から寝込んでて、熱があるみたいで」

「風邪か? 医務室には行ったのか? 佐脇先生には診てもらったのか?」

「そ、そこまでではないんですが……今日はちょっと、隊務を休みたいと」

 しどろもどろに言う新は、明らかに何かおかしかった。

 磐木とジンはひとしきりじっと新を見つめた。だが新は2人と一切目を合わせようとしなかった。

「……わかった。仕方がない」

「うす。すんません」

「……あのぉ、隊長、俺もちょっと今日は体調がわろて」

「飛、お前はどうせ二日酔いだろうが。吐いてでも飛べ」

「ジンさん、鬼や……」

「お前は自己管理がなっとらん! なぜそこまでして飲む!? 翌日に酒を持ち越すような事、大人として恥ずかしいと思え」

「え、でも隊長かて白河総監に飲まされて、この前もゲロっとったやないすか」

「飛、口を慎め。てめぇと隊長を一緒にすんな。この人はな、いつも無理に飲んでるんだ。『下戸だから飲めません』の一言が言えないために、泣く泣く飲んでるんだ。一言言えば済むものを、それをしない結果だ。報いだ。てめぇとは違う」

「……風迫、気のせいか? いつの間にか俺の批判になっているように聞こえるが」

「気のせいです」

 ……そんな会話のやり取りを、新はやはり気まずいような表情で見ていた。

 そんな様子を見ていた瑛己に気がつき目が合うと苦笑いを浮かべ、少し肩をすくめて見せた。

 瑛己は首を傾げた。

 ――その日の巡察は結局、小暮抜きの6人で空へ上がった。



  ◇



 1日。

 隊務を終え、どっぷりとした足取りで部屋に戻る。

 そしてすぐさま新は昨日と同じように寝台に突っ伏した。

 今日は酔いなど微塵も回っていないのに。

「……」

 疲れた。

 長い1日だった。新は目を閉じ、すぐさま眠りに落ちたい心境に陥った。

 ――だが。

 小暮が戻ってきたのは、それから30分も経たないうちの事であった。同室のその男が戻った様子に、新は跳ね起きた。

 そしてガンとした視線を送ったが。

 ……小暮はそれを一瞥だけして、何食わぬ顔で着替え始めた。

「おい」

「……」

「今までどこ行ってた」

 ――小暮が昨日から戻ってないとは、言えなかった。

 連絡もない、行き先もわからない……そんな事。言えるわけがない。

 宿舎在住の者は基本的に外泊に許可がいる。実際には皆何だかんだでやり過ごしている所はあるが、行き先がわからないとなったら話は別だ。

 大きな問題になりかねない。そう思ったから、新は彼を庇った。

 なのに。

「……」

 小暮は答えず部屋着に着替え、水を飲みに行った。

「おい」

「……」

「聞こえてないのかよ!?」

 ベットから出る。小暮の側まで寄る。

「小暮!!」

「……怒鳴らなくても聞こえてる」

「なら返事しろ」

「……うるさいな」

 うるさい、だと?

 新の顔が歪む。

「てめ……今日の隊務、非番じゃないよな?」

「……」

「仕事だよな? てめぇの休日は昨日だけだよなぁ??」

「……」

「無断外泊、無断欠勤、どういう処罰が下るかお前わかって、」

「……」

「俺が今日一日、どんな思いでお前を庇ったか。お前、わかってんのかよ!?」

 すると小暮は新を見た。

 冷ややかな目だった。「庇った?」

「頼んでない」

「……んだと?」

「お前が勝手にやったんだろうが」

「――」

 何だその言い草は。

 1日。

 何のために。

 必死こいて。

 嘘ついて。




 ――その瞬間。

 新が切れた。




「テメェ!!!」

 掴み掛かった。そしてそのままぶん殴った。

 派手にぶっ飛ばされた小暮は、家具にぶつかりしたたか体を打った。殴られて切れた口の端から血が流れた。

 それをピッと指で払い。

 立ちすくむ新に、今度は小暮が殴りかかった。

 ――そうなるともう、殴り合いである。

「何してもいいけどなぁ、迷惑かけるような事すんじゃねぇよ!!」

「うるさい!! お前には関係ないだろうが!!」

「あ!? あんだとコノヤロ!!!」

 大体テメェはなぁ!! と馬乗りになった新が小暮に腕を繰り出そうとしたその瞬間。

「ちょ!? 何してんですか!!」

 部屋の扉を開けたのは、秀一。

「新さん!? 小暮さん!!」

 瑛己と飛が驚いて、慌てて部屋に飛び込んだ。

「何を、やってんですか!?」

「うっせぇ! ひっこんでろ!!」

 この状況で、見過ごせるわけがない。

「ちょ、新さん、落ち着いて」

「大丈夫ですか!?」

 瑛己と飛で2人を引き離すが。

「……」

「……」

 新と小暮はじっと睨み合ったままその場に座り込んだ。

 互いに顔に痣が出来ている。血も流れていた。

「一体どうして、」

「……」

 ――朝から新の様子はおかしかった。それは瑛己も感じていたけれども。

 新と小暮、いつも一緒にいる仲のいい2人。その彼らがこんなふうに殴り合いをするなんて。

 目にした光景に、瑛己たち3人も信じられず固まってしまった。

 だが、

「召集です」

 沈黙の中、口を開いたのは秀一だった。

「327、召集かかりました」

 それを伝えにここに――と呟く彼女の声が聞こえたか否か。

 荒く息をしていた小暮は、肩を掴む瑛己を振り払い部屋から出て行った。

「新さん……一体、どないしたんですか?」

 残された新に飛が、珍しく戸惑った様子でそう問いかけた。

 しかし新は肩を落とし、

「……知らねーよ」




 春の日の夕刻。

 窓の外に映る夕焼けは、今日はやけに赤い。

 燃えているようだと瑛己は思い。

 感じぬはずの焔の熱気が頬の端を掠めた気がして。少し寒気がした。



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