最終話 「Q.E.D.」
「・・・え?」
鼓動が五月蝿いほど高鳴っている。
「な、なんて・・・?」
これが夢なのか現実なのかもわからないほどに。
「なんていったんだ?今。」
いや、違う。現実だよ。私は今確かに言った。
本当に、言った。
「・・・あ・・・。」
ダメッ!恥ずかしくて、言葉が続いて出てこない。
あれほど悩んだこの言葉。何日も想い続けた末の言葉。
あふれる気持ちはしかし、儚い一言で終わってしまった。
なんて短くて、なんて素敵な言葉だろう。
もう一度。せめてもう一度だけ君に・・・
「私は、高倉美咲が好き!」
しかしそんな想いは通じるはずもなく、ただみさきは驚いた表情のままこちらを見つめていた。
・・・ああ、言ってしまったんだな。これで終わりか。
楽しかった日々も終わり。女の子が好きな女の子なんて、気持ち悪くて、
もう一緒にいてなんかくれないだろうな。
でもいいの。想いを伝えられたから。そう、元に戻るだけさ。
また一人に戻るだけ・・・。
「・・・ごめん、迷惑だったよね。変な冗談言って、本当ごめん。」
私は精一杯おどけて見せた。明るく振舞った。でもだめだ。
声が震えてるよ。
「どうしたんだろうね、今日の私は。どうかしてるよね。急に怒ったり、怒鳴ったり。
嫌だよね。こんなこという女は。今日はもう、帰るね・・・。」
今にも崩壊しそうな涙腺をこらえながらも私は鞄にに本や携帯電話をしまい始めた。
その最中も彼女は顔色一つ変えず、ただ呆然と窓を眺めていた。
私とは反対の方向を向いているため、その表情は伺えないが、きっと幻滅しているに違いない。
そう思うとまた涙が出そうになる。必死にこらえながら、私は部屋を出ようとドアのほうへ向かった。
そのとき、
ガシッ!
「!?」
みさきの横を通り過ぎようとした時、誰かが私の腕をつかみ進行を阻害した。
誰かって、そりゃあこの教室には私以外に一人しかいない。
「・・・みさき?」
「あいちゃん、いつかこんな風に私を引き止めて言ったじゃないか。忘れたのかよ、ばか。」
「・・・え?み、みさき?」
声が、震えてる?
「勝手に夢見させといて、諦めるなよ。夢を諦めるな!」
ぽろっと。今まで溜め込んでいたものが一気に流れ出すように涙は流れた。
私のではない、みさきの涙が。
みさきは私の顔をじぃっとみつめながら、恥ずかしそうに言う。
「わたしも、す・・・好き。あいちゃんが好きだよ!」
・・・不思議とその瞬間、私は涙を流さなかった。
これは夢?
それとも現実?
狂っていたのは・・・私?
いや違う、現実だ。
「も、もう一回言って。」
確認をするように私はうつむきながら尋ねる。
「えええ?な、なんでよ恥ずかしい!」
「私も二回言ったわ。だから、もう一回。」
「・・・・ッ!」
恥ずかしそうに赤面しながら彼女はもう一度はっきりと言って見せた。
「・・・好きだよ、あいちゃん。」
その瞬間、ようやく私の目から涙があふれてきた。
「う・・・ふ・・・」
「わわ、あいちゃん、泣かないで!」
「ムリよ、そんなの・・・だって・・・だって・・・」
わんわんと私は泣き始めてしまった。
ほっとして。嬉しくて。どうしようもなくて。
「あいちゃん・・・かわいいね。」
そういうとみさきはそっと私を抱きしめてくれた。
しかし当の本人もなかなか恥ずかしそうにしていて、たまらなく可愛かった。
しばらくふたりで喜びを分かち合うように抱き合っていた。
みさきのぬくもりが私に伝わってくる。
ふと、彼女がしゃべりかけてきた。
「ねぇ、あいちゃん。」
「何?」
「私ね、ひとめぼれだったんだよ。」
「え?」
「この学校に入って初めてあいちゃんを見たときから、ずっと友達になりたいと思ってたんだ。
でも、それはどうやら友情じゃなかったらしい。ひとめぼれだったんだ。」
そうやって改めて聞くとこちらもこっぱずかしくて仕方ないのだが、
しかし私も負けじと話し出す。
「ねぇみさき。」
「なんだい?」
「ダーウィンはね、やっぱり牧師ではなく生物学者になりたかったのよ。
だから、ビーグル号で過ごした日々は無駄なんかじゃなかったの。
私がダーウィンなら、あなたはロバート艦長。私を、新しい世界に導いてくれるの。」
すこしの間を置いた後、みさきは申し訳なさそうに聞いてくる。
「あー、えっと。ダーウィンって誰でしたっけ?」
「覚えてないんかい!」
「ははは、ごめんごめん。」
彼女が明るく笑って見せるので私もついつい笑ってしまった。
笑顔のみさきがかわいくって。もっと一緒にいたくって。だから、
「・・・みさき?」
「ん?なんだ?」
すーはー、と深呼吸をし、言葉を詰まらせないように細心の注意を払いながら言う。
「私と、付き合ってください!」
「うん!いいよ!」
即答、ってところがすごくみさきっぽいわ。
でも、だから嬉しい。
「みさき。」
「あいちゃん。」
・・・・・・・・
か、顔が近いんだけど。
っていうか、
「きゃあ!」
パンっと、わたしはみさきの顔をはたいてしまった。
「いったーい!」
「あ、ごめん。じゃなくって、今、ききき、キスしようとした!?」
「え?うん。」
いや「うん」じゃなくって!
「いや、今のはキスする場面かと思って。」
「場面って!?えっと、そういうのはまだ、はやいっていうか、ここ、心の準備・・・が。」
「あいちゃん、私の事嫌い?」
「そ、そんなこと・・・好きよ!大好き!」
「だったらさ。」
と、みさきは私に迫ってくる。
「いいいや、いやいやいや、私は、プラトニック派だから・・・。」
「そうか奇遇だな、私は過激派だ。」
「なにそれすごそう!」
じゃなくって、今キスなんてしたら、頭が爆発しそう!
「あ・・・ん・・・。」
みさきのやわらかな唇が私の唇にふれてくる。
恥ずかしくて顔を背けたいが、そんな状況ではない。
でも、嫌な気はしない。私の、ファーストキス。
「・・・ふふ、あいちゃんのファーストキスとーっぴ。」
「な!なんでしっている!」
「なんとなーく、ね。」
彼女はいつもどおり笑っている。それに合わせて私も笑う。
いつもの何気ない日常だが、しかしいつもの違う非日常。
私の彼女は有名スポーツ選手。素敵な事である。
「私、決めたよ。」
「何を?」
「第一の夢はかなっちゃったから、第二の夢!」
「え?生物学者になる夢は?」
「じゃあ第三の夢!」
「しまりがないなぁ。」
「うるさい!わたしね、みさきと同じ大学に行く!」
「へぇ、そりゃあ難儀だねぇ、がんばんな。」
「いや一緒に頑張ろうくらいいいってよ!」
やっぱり私たちはいつもどおりだが
「へへ、うそうそ。嬉しいよあいちゃん。頑張ろう!」
この時間が何よりも大切で
「・・・うん、みさき。」
私たち二人の楽園
そう、その日から私の中の何かが壊れた。
狂った歯車はついには二つ重なりまわりだした。
それは良いことだったのかもしれないし、悪いことだったのかもしれない。
でも、少なくとも今の私にはそれはたまらなく良いことに思えた。
幸せが、いっぱいだ・・・
おしまい。
もうちょっとだけ続くんじゃ。(本当にあと少しだけど。)