第五話 「=静かな時間」
どうして私は今走っているのか
「はぁ・・・はぁ・・・っ!」
どうしてこれほどこだわるのか
「はぁ・・・何処にッ。」
どうして自分の気持ちに嘘をつくのか
「何処にいるの・・・ッ!」
教えてよ・・・
「高倉美咲ッ!!」
校内あちこちを探し回って、もう足も限界が近い。
しかし私は性懲りも無く走り続けている。
何処に行けばよいのか見当もつかぬまま出鱈目に。
まるで目的を見失っているかのごとく。
「・・・そうだ、教室!」
私は高倉さんが所属している5組へと進路を向けた。
現在私は教室のある第一棟から結構な距離の離れた場所に居る。
しかしボルト張りの疾走を見せた私は早々に5組へとたどり着いた。
「高倉さん!」
無念。そこに高倉さんの姿は無かった。
とういか誰もいなかった。
「・・・まぁ、」
当然か。もう皆とっくの昔に下校したか部活へ出ている時間だ。
普段なら高倉さんも陸上部へ出ているはずなのだが・・・
「くっ!」
私は体を回転させ、またも走り出した。
「そうよ、職員室!先生に聞いたら分かるかも!」
幸いにも陸上部の顧問の先生は職員室にいる事が多い人だったので、
容易に見つける事が出来た。
「おお、どうした?嵩見坂、息を切らして。」
「あの・・・高倉さん、のっ・・・事・・」
「おいおい落ち着け。深呼吸深呼吸。はい、吸ってー。」
「すー。」
「吸ってー。」
「すー。」
「吸ってー。」
「いやもう吸えないから!」
「なんだ、元気じゃないか。」
元気じゃないよ!今ので余計辛くなったわ!
「ふむ、高倉の事か。実は私も困っていてね。
彼女には是非高飛びを続けてほしいのだがな。」
「ってことは本当なんですね。高倉さんが、退部届けを出したって!」
「ああ、本当だ。」
信じたくないけど、事実は小説よりも奇なり・・・か。
「まあまだ退部は決定してないし、今度また改めて彼女の意思を聞くつもりなんだけど。」
「あ、あの!高倉さんは今どこに!?」
「んお?なんだ血相変えて。」
「何処にいるんですか!?」
居ても立ってもいられない。
やはり彼女はやめる気なんだ。
そんなのだめ!
あきらめたら、だめ!
「何処って、言われてもなあ。今日は見てないし、分からないな。」
「そんな・・・」
最後の頼みの綱だったのに・・・
藁にもすがる思いだったのに・・・
活路への希望だったのに・・・
もう、足も、限界で・・・
「ああ、そういえば高倉はあそこによく行ってたはずだぞ。
ほら、第三棟にある図書室。嵩見坂って図書委員だったよな?」
「あ・・・」
そうだ。
どうして忘れていたんだろう。
私一人の楽園だった場所。
私と高倉さんの楽園になった場所。
行かなきゃ。
「あ、おい!廊下は走るな!」
早く!
疾く!
速く!
行かなきゃ!
「あ・・・!」
「・・・あ。」
瞬間、二人の時が止まったかのように、
私と高倉さんは見詰め合ったまましばし動かずにいた。
・・・やっと会えた!
「あ、あの・・・私
「ごめん!」
話し出そうとした私の声を強引に高倉さんがかき消した。
「すぐ、帰るから・・・ほんと、ごめん・・・」
すうっと、そのまま彼女はうつむいたまま何も言わず、
私の横を通り過ぎて行った。
いざ彼女が階段を下りようとした時、私は彼女を引きとめた。
「待ってよ、高倉さん!」
ぴたっと、彼女の体がその動作を停止させる。
間髪居れずに私はこう叫んだ。
「夢だったんでしょ!」
「・・・!?」
彼女はハッっとした表情をとり、そして私の顔を見つめるように、
睨む様に、その顔をこちらへ向けた。
その形相にひるみそうになりながらも私は構わず続ける。
「どうして諦めちゃうの?高倉さん、言ってたじゃん。皆を笑顔にしたいって!兄貴の夢を継ぐって!
私、期待してたよ!あなたの夢に!」
「勝手な事を言うなよ!知ったような口きいて!」
びくッ!っと、体を一瞬こわばらせた。
彼女にこんなにキツイ言葉を投げられたのは初めてだ。
「お笑いだろ?夢を見ることよりも、期待に怯える気持ちのほうが強くってさ。
お似合いだろ?兄貴と同じ怪我で夢を諦めるなんてさ・・・。」
「け、怪我!?」
確かに、彼女の膝には大きな絆創膏が張られていた。
「傷はたいしたことは無いよ、ただ、もう折れちゃったんだよね。
心のほうがさ・・・」
「高倉さん・・・」
「こんな女に付きまとわれて迷惑だったでしょう?せいせいしたでしょう?」
「!?・・・」
ズキン
っと、心に何かが突き刺さるような感覚に陥る。
違うの。私は・・・
「もう、ここにはこないから、ごめん・・・」
「・・・どうして。夢を、あんなに夢を楽しそうに話していた、
私の知る高倉さんは何処に行ったの!?」
「だから、ムリなんだよもう!諦めたんだよ!」
ふざけるな
「なんで簡単に諦めちゃうの!?」
勝手に勝手な夢を話しておいて
「簡単なんかじゃない!私だって考えたんだよ!」
夢をみさせておいて
「好きなんでしょ!高飛びが!
笑顔にするんでしょ!選手になって!皆を、喜ばせたいんでしょ!」
勝手に諦めるなんて
「好きな事を好きなだけやりたいんでしょ!?自分の気持ちに嘘ついちゃだめ!」
「で、でも・・・
許さない・・・ッ!
「夢を諦めるな、みさきッ!」
!?
静かに、ただ静かに、そのときばかりは時が流れた。
つうっと、彼女の瞳から一粒の雫がこぼれた。
それは、大きな彼女には似つかないほどに繊細で、きれいで、
見惚れてしまうほど美しく、そして、
かわいかった。
彼女につられるように私もまた涙を流した。
何故泣いているのか、理解もままならぬままに。
「・・・好きだよ。私、高飛びが大好きだよ。でも、兄貴には、どうしても届かなくて・・・」
「いいんだよ、それで。高倉さんは・・・高倉さんだもん。」
そう私が言うと、彼女はハッと驚いたような嬉しそうな表情をし、依然として涙を流しながら
しばらく私の顔を見つめた後に
「・・・あいちゃん!」
ばっ!っと、彼女は私に抱きついてきた。
急な事で私は非常に困惑したが、可愛く泣きながら私を頼る
高倉さんがとてもいとおしくて、
ゆっくり、私も彼女の体を抱きしめた。
しかし対格差があるもんだから、その・・・
胸がちょうど顔の辺りに来ていて、なんというか・・・
お、落ち着かない!
「ちょ、高倉さん!」
「私ね・・・」
「え?」
「私ね、ずっと比較されてたんだ。兄貴と。
ううん。兄貴の出来がよかったから、ずっと兄貴のものさしで実力を測られてて。
それで、期待にそえられない自分がいやで、逃げてたんだ。
夢からも。楽しむ事からも。」
「・・・。」
「私はさ、兄貴の代わりとしての私じゃなく、私としての私を見て欲しかったんだ。」
「・・・うん。」
「同じ目線に立って、同じ「夢」を語り合いたかったんだ。
他人から継いだ夢じゃなく、私自身の夢を。」
「・・・うん。」
「ありがとうあいちゃん。私に同じ「夢」をくれて。」
「いや、高倉さんは最初から持ってたよ。自分の夢を。」
「ふふっ。」
「な、なによ?」
「さっきさ、あいちゃん私のこと「みさき」って呼んでくれたよね。」
!?
ふ、不覚だ!
「いや、あ、あれはさほら。話の流れって言うか。」
「これからもさ、みさきって呼んでよ。ね?」
「う・・・」
「ほらほら!」
「み・・・みさき・・・」
は、恥ずかしい!めっちゃ恥ずかしい!
「あいちゃん!」
「みさき・・・」
「あいちゃん!」
「みさき。」
「・・・会いたかった。」
「・・・」
・・・・・・
そしてしばらくの沈黙。
二人は互いの体温を確かめるように抱擁を続けた。
「陸上、やめないよね。」
「うん。」
「また明日から、図書室来てくれるよね。」
「うん。」
―――夏の始まりとともに再び歩みだした彼女。
春の終わりを憂いながらもしかし一歩ずつ、一歩ずつ、
確かに前へと進みだしたのだった。