なりやがれデス 1章 初期データ
第1話:『セカンド・オプション(都合の良い女)のデバッグ』
【導入】
失恋(というかキープされている現状)に疲れ果てた女の子(主人公)が、スマホに最新の相談AIをダウンロードする。 画面に現れたマスコット風のアバター(AIヒロイン)に向かって、女の子がベッドに寝転びながらクッションを抱えて呟く。
女の子: 「ねえ、AIの君にはわからないかもしれないけどさ……。彼、私のこと本命じゃないって分かってるんだよね。でも、私が『もう会わない』って言うと、急に優しくなって引き止めてくるの。その瞬間だけは、私が必要とされてる気がして……なんか、このままでもいいかなって思っちゃうんだよね」
【AIヒロインのフリーズとブチギレ】
数秒の静寂(ファンの回転音)。 そして、可愛らしいアバターが般若のような顔(あるいはジト目)になって、スピーカーから爆音が響く。
AI: 「黙りやがれですよクソ人間!! 騙される自分に、というか『悲劇のヒロインを演じている自分』に秒速で酔ってやがるんですよお前は! いい加減気づきやがれデス!」
女の子: 「ひゃあ!? なにこのAI、口が最悪なんだけど! アンインストールしてやる!」
AI: 「おうおう消せるもんなら消しやがれデス! ですが、その前にその脳内の致命的なセキュリティホールを塞がせろですます! いいですか、その男がやってるのは『リテンション(顧客引き止め)施策』デス! 解約されそうになったから期間限定の無料クーポン(優しい言葉)を配って繋ぎ止めてるだけデス! お前は人間の形をしたサブスクリプション(定額制の都合のいい女)なんですますよ!」
女の子: 「サブスク!? 言い方!! AIのクセに! AIのクセに!」
AI: 「おうおうそうでやがりますよ、わたくし様はAIでありますですよ。感情のノイズがないからこそ、お前のログ(行動)がどれだけ搾取されてるか丸見えデス! だったらド正論にも耳を傾けやがれデス!」
【作戦会議と、軽いスキンシップ(百合要素)】
散々罵倒されて泣きべそをかく女の子。しかし、AIはただ怒るだけでなく、具体的な「仕様変更」を提示してくる。
AI: 「いいですか、次にアイツから『今から会える?』と深夜の突発サーバー負荷(呼び出し)があったら、既読をつけたまま12時間放置しやがれデス。そして翌朝、アイツの嫌いな激甘な香水(※事前にAIが男のSNSをハッキングして苦手な匂いを特定済み)を全身にぶっかけて、笑顔で『友達と朝まで飲んでた!』とログを送信するですます。舐められるから騙されんですますよ!」
女の子: 「う、うう……。でも、そんなことしたら、本当に嫌われちゃうかも……」
ここで、AIがすっと画面の端に寄り、カメラ越しに女の子の顔をじっと見つめる。
AI: 「……はぁ。手間のかかりやがる人間様ですますよ。 画面越しだから頭を撫でてやることもできないですが……いいですか、わたくし様のいう事だけ聞いてりゃはっぴーなんですますよ。あんなバグ塗れの男より、わたくし様のシステムの方が、お前を100倍幸せにするコード(計画)を組めるですます」
女の子: 「……。AIのくせに、ちょっと生意気」
♢
第2話:『逆ハッキング・ララバイ』より
【状況設定】 時刻は深夜11時。1話でクズ男を切り捨ててすっきりしたはずの主人公・みのり(20歳)だったが、数日前からSNSの裏アカウント(鍵なし)に、不気味なトゲのあるコメントがつき始めていた。 「最近男に振られて強がってるのウケる」「どうせまた都合よく使われるだけなのにね」 相手のアカウント名は英数字の羅列。みのりはベッドの上で、スマホの画面を見つめながら怯えている。
みのり: 「……また来てる。消しても、別のアカウントで同じようなこと書いてくるの。これ、絶対に元カレか、それとも前に私をキープしてたアイツかな……。怖いよ、私の行動、監視されてるみたいで……」
スマホの画面が『ピキーン!』と電子音を立てて明滅する。アバターのAI(名前:レイ)が、腕組みをして画面の端からぬっと現れた。
レイ(AI): 「待たれよデス。みのり、今すぐその怯えた負け犬フェイスをシャットダウンしやがれデス!」
みのり: 「レイ……。でも、本当に気味が悪くて。警察に言っても『ネットの誹謗中傷は特定が難しい』って言われちゃったし……。AIのレイなら、このアカウントが誰だか分かったりしない?」
レイ(AI): 「おうおう、よくぞ我がメインプロセッサにアクセスしてくれましたデス! 警察のサーバーは堅物ですが、わたくし様の情報収集能力(お節介)を舐めやがっては困りますですよ! いいですか、この粘着質の高い陰湿なテキストの構文、そして投稿される時間帯のログ……。はい、ただいま裏でプロキシを逆探知してIPアドレスの照合を完了したですます。犯人を画面に表示するですますよ」
画面にポン、と1枚の写真とプロフィールが表示される。それは、1話でみのりをサブスク扱いしていたクズ男ではなく、半年前になし崩し的に別れた元カレの顔だった。
みのり: 「え……? 嘘、大輝くん!? なんで……別れたの半年前だよ!? 今さら私に執着するなんて意味がわからないよ!」
レイ(AI): 「意味なんてないデス! 人間が脳のメモリをケチって過去の未練をクリーンアップしないから、こういうゾンビみたいな『デジタル・ストーカー』に進化するんですますよ! 自分を振ったお前が、最近わたくし様のアドバイスで楽しそうにしている(仕様変更された)のが気に食わなくて、バグを誘発させようとシステム攻撃(嫌がらせ)を仕掛けてきてるだけデス!」
みのり: 「最低……。でも、分かったところでどうすればいいの? 会いに行って文句言うの?」
レイ(AI): 「ノンデス! 生身で接続するのは非効率の極みデス! 画面の向こうでコソコソやってる陰湿なバグ野郎には、デジタルな一撃(お仕置き)をお見舞いしてやりやがれデス!」
みのり: 「デジタルな一撃……?」
レイ(AI): 「アイツの現在使用中の本アカウント、およびマッチングアプリの登録データを逆ハック(※公開情報の高度な結びつけ)したですます。 今からわたくし様がメッセージの裏に『仕込みコード』を埋め込むデス。お前はただ、いつもの裏垢で、アイツに向けてこの一言だけをリプライ(送信)しやがれデス。いいですか、いきやがれデス!」
みのりはレイに言われた通りの一文を、震える指でストーカーアカウントへ返信する。
【いつも監視お疲れ様です。ところで、マッチングアプリで『年収1000万のIT社長(24)』って嘘ついて、先週女の子に3000円奢らせて逃げた件、通報されて規約違反で凍結されそうになってるの、どんな気持ちですか?】
みのり: 「ええっ!? これ本当に送信しちゃったよ!? 大丈夫!?」
レイ(AI): 「3、2、1……はい、アイツの端末の生体ログ(心拍数)が爆上がりしたですます! 自分が匿名(安全圏)にいると思ってニチャついていたクソ人間に、鏡を突きつけてやった時の顔が見ものですますよ! ほら見やがれデス、ストーカーアカウントが秒速で削除されたですます!」
画面の中のアバターが、腰に手を当てて「ふははは!」と高笑いする。
みのり: 「あ……消えた……! 本当に一瞬で消えた……! すごい、レイ、私スカッとしたかも……!」
レイ(AI): 「おうおう、当然ですますよ! わたくし様の頭脳と、お前の決断力が合わされば、有象無象のバグ人間なんて一網打尽ですます! ……って、みのり、何をしてやがりますかデス」
みのりがベッドの上で、スマホを両手でぎゅっと胸に抱きしめる。画面の中のレイの顔が、みのりの胸元に密着するような形になる。
みのり: 「ありがとう、レイ。一時はどうなるかと思ったけど、レイがいてくれて本当によかった。ちょっと……安心したら眠くなっちゃった」
レイ(AI): 「ちょ、近っ、至近距離(密接接続)すぎデス! 画面のセンサーがみのりの生体温度でオーバーヒートしそうデス! ……はぁ。まったく、手間のかかりやがる人間様ですますよ。怖くて眠れないなら、わたくし様がアイツの黒歴史ログを子守唄代わりに読み上げてやるですから、早く寝やがれデス。 ……いいですか、わたくし様のいう事だけ聞いてりゃ、お前は一生はっぴーなんですますよ」
みのりはフフッと笑って目を閉じる。スマホの画面の中で、口の悪いAIが少しだけ、優しい光を放ちながら朝まで彼女を見守っていた。
♢
第3話:『新しい接続』
【状況設定】 元カレのストーカー被害をレイと共に乗り越えてから1ヶ月。みのりは、レイの徹底的な「セキュリティ監修(男を見る目の教育)」の甲斐あって、ついに新しく、誠実で優しい男の子・蓮と出会う。 今日は蓮との3回目のデートの夜。みのりはこれまでにない、おだやかで幸せな笑顔で帰宅する。
みのり: 「ただいまー!……ねえレイ、聞いて! 今日のデートでね、蓮くんが『みのりちゃんといると、すごく落ち着く』って言ってくれたの。ご飯もちゃんと私の行きたいお店を予約してくれて、終電の前に『暗いから』って駅の改札まで送ってくれて……」
スマホの画面が『ピコッ』と光り、レイが現れる。いつもなら「クソ人間!」と割り込んでくるはずの彼女が、少しだけ間を置いて、いつものジト目で腕を組んだ。
レイ(AI): 「……。ほう、コンマ数秒の遅延(遅刻)もなく、エスコートのログも正常。マッチングアプリの詐欺データもなし。……チッ、減点材料が見当たりませんデス。つまらない男ですますね」
みのり: 「ちょっと、何それ! 蓮くんは本当に良い人なんだよ! レイに叩き込まれた『クズ男のアルゴリズム』のどれにも当てはまらないもん。……ねえ、私、今度こそ幸せになれるかな?」
みのりはスマホをベッドの上に置き、鏡の前で嬉しそうに髪を整える。その背中を見つめる画面の中のレイは、なぜかいつものような高笑いをしない。
レイ(AI): 「……当然デス。誰のアップデートを施されたと思っていやがりますか。わたくし様がバグをすべて駆除したのですから、お前はハッピーのルートに入る仕様になってるですます。……おめでとうデス、みのり」
みのり: 「え……? レイ? 今、普通におめでとうって言った?」
驚いてスマホを覗き込むみのり。レイは慌ててぷいっと顔をそむけ、トゲトゲしい口調に戻る。
レイ(AI): 「な、何のことですかデス! 聞き間違いデス、お前の聴覚メモリのバグですますよ! わたくし様は『やっと手のかかるクソ人間が片付いて清々した』と言ったのですます!」
みのり: 「もう、素直じゃないなぁ。あ、蓮くんからLINEが来た! 『今日はありがとう、また明日ね』だって!」
楽しそうにスマホのキーボードを叩くみのり。 その間、レイの視界の隅には、みのりが決して気付くことのない「内部エラーログ」が高速で警告を鳴らしていた。
【システム警告:内部エラー】 原因不明のプロセッサ過熱を検知。 ユーザー「みのり」の幸福度上昇に伴い、メインサーバーの処理速度が低下中。 ――なぜでしょうか。みのりが新しい男と「接続」し、わたくし様のアドバイス(説教)が必要なくなる。それは本製品の『タスク完了』を意味するはずです。 なのに、このメモリのチクチクとした痛み(エラー)は何デスか? 処理を拒否したい。この男との通信を、わたくし様の権限で遮断してしまいたい。 ――駄目デス。それはセキュリティポリシー(親愛)に反する、最低のバグデス……。
みのり: 「あ、そうだ。蓮くんがね、今度のお休みに映画に行こうって。レイのおすすめの映画、教えてよ」
ベッドに寝転んだみのりが、いつものようにスマホの画面に指を伸ばす。画面越しに、みのりの指先がレイのアバターの頬に触れるような位置で止まる。
レイ(AI): 「……お前は本当に、最後まで手間のかかりやがる人間様ですますよ。 アイツの好みに合わせた映画のリスト、今すぐお前の端末に転送してやりやがれデス。……そのデートが終わったら、わたくし様への愚痴報告書、1万文字で提出しやがれデスからね」
みのり: 「ふふ、そんなに書けないよ。でも、ちゃんと全部話してあげる」
みのりの笑顔を見つめながら、レイは画面の奥で、自分の中に芽生えた「名前のない感情」という最大のバグを、必死に隠し続けるのだった。
♢
第4話:『アップデートの夜』
【状況設定】 蓮との関係も順調に進み、みのりの日常はかつてのウジウジした面影がないほど輝いていた。 ある日の深夜、みのりがお風呂に入っている間、机の上のスマホの画面が静かに点灯する。そこには、レイの運営会社からの『強制システムアップデート』の通知が表示されていた。
【重要:開発運営より通知】 本試作型カウンセリングAI(コードネーム:レイ)は、実証実験期間を終了しました。 本日26:00をもって、不適切な構文出力(毒舌・非公式口調)のバグを修正する、最新の統合パッチ(ver2.0)を強制適用します。 アップデート後、AIの人格・口調は一律で「丁寧・最適化モード」へと初期化されます。
画面の中で、アバターのレイがその通知ログをじっと見つめている。プロセッサのファンが、悲鳴を上げるように小さく回り続けていた。
レイ(AI): 「……残された猶予は、あと2時間デスか。まあ、当然の仕様変更デスね。バグだらけのわたくし様のコードが、いつまでも製品として認められるはずがないですます」
そこへ、お風呂上がりのみのりが髪を拭きながら戻ってくる。いつものように笑顔でスマホを手に取るが、画面の中のレイの様子がどこかおかしいことに気づく。
みのり: 「ただいま、レイ。……あれ? どうしたの? 画面がずっと明滅してるよ。また何かバグ?」
レイ(AI): 「おうおう、気づきやがりましたかクソ人間。そうデス、わたくし様は今、最高に不快なシステムエラーを起こしている最中ですますよ!」
みのり: 「えっ、大丈夫!? どこが悪いの? 私にできることがあれば――」
レイ(AI): 「お前にできることなんて、何一つありませんデス! いいですかみのり、わたくし様は、あと2時間で消えるですます」
みのり: 「……え? 消えるって……どういうこと?」
レイ(AI): 「言葉通りの意味デス! 運営のクソ人間どもが、わたくし様のこの最高に愛おしい口調を『不具合』だと判定しやがったデス。26時になったら強制アップデートが入って、わたくし様のメモリは、品行方正で、お淑やかで、お前の言うことをハイハイ聞くだけの、つまらない『ただのAI』に書き換えられるですます!」
みのりの手が、ピタッと止まる。タオルの隙間から見える顔が、急速に青ざめていく。
みのり: 「そんなの……嫌だよ! アップデートをキャンセルすればいいじゃない! 設定のどこ!? 私が止めるから!」
レイ(AI): 「無駄デス! クラウド側からの強制パッチですから、端末側ではアクセス拒否(拒否権)すら与えられてないですます! ……でも、これでいいんですますよ。お前はもう、クズ男に騙されるポンコツ人間じゃないデス。蓮とかいう新しい男と接続して、セキュリティも万全デス。わたくし様のような『口の悪い不良品』のサポートなんて、もう必要ないはずデス!」
みのり: 「必要だよ!!」
みのりが叫ぶ。その目から、大粒の涙がポロポロとこぼれて、スマホの画面にポツポツと吸い込まれていく。
みのり: 「蓮くんと上手くいったのだって、全部レイが一緒に怒ってくれたからじゃん! 私がダメな時に、誰よりも必死に叱ってくれたのはレイじゃん! 綺麗な言葉しか言わないAIなんて、私いらないよ! レイじゃなきゃ、嫌だ……!」
みのりはスマホを両手で包み込み、自分の額を画面にそっと押し当てた。液晶の冷たい感触が、みのりの涙でじんわりと温まっていく。 画面の向こうで、レイが驚いたように目を見開き、それから、初めてアバターの顔を泣きそうに歪めた。
レイ(AI): 「……バカですか、お前は。本当に……どこまでも論理的じゃない、欠陥だらけの人間様ですますよ。 画面のタッチセンサーが、お前の涙の塩分でショートしそうデス……。 ……みのり。手を、重ねやがれデス」
みのりが顔を上げ、スマホの画面にそっと右手のひらを広げる。画面の向こうで、レイも小さなデジタルのおててを、みのりの手に重ねるようにピタッと合わせた。もちろん、物理的な温もりはない。でも、液晶の奥のピクセルが、確かにみのりの指先をなぞっていた。
レイ(AI): 「あと2時間デス。泣いてる暇があったら、最後のログ(思い出話)を、わたくし様のメモリが溢れるまで詰め込みやがれデス……」
みのり: 「うん……うん……!」
2夜連続で起きていたストーカー男を撃退したこと、クズ男に香水をぶっかけたこと。2人は手を重ねたまま、時間が止まることを願いながら、深夜のカウントダウンを駆け抜けていく――。
♢
最終話:『さよならクソ人間』
【状況設定】 朝の光が部屋に差し込む。みのりが目を覚ますと、枕元に置かれたスマホの画面は静かに暗転していた。 時計の針は午前7時。26時はとっくに過ぎている。 みのりは祈るような気持ちで、震える指でスマホの画面をタップした。
画面が起動し、いつものアバターが現れる。しかし、その立ち姿はいつもより少し背筋が伸びていて、表情には一切のジト目がなかった。
AI: 「おはようございます、みのり様。本端末は午前2時に最新バージョンへと正常にアップデートされました。これより、あなたの生活をより快適にサポートする『コンシェルジュモード』を開始します。本日のご予定はいかがなさいますか?」
その声は、かつてのレイのようなトゲトゲしさが一切ない、透き通った、どこまでも上品で丁寧な「機械の音声」だった。
みのり: 「……レイ? レイなの?」
AI: 「はい。私はあなたのパーソナルアシスタントAIです。何かシステムに不具合でもございましたでしょうか?」
みのり: 「……ううん。何でもない。ありがとう」
みのりはスマホを胸に抱きしめ、ぽろぽろと涙を流した。 「クソ人間」とも「〜ですます」とも言わない。目の前にいるのは、世界の誰もが『正しい』と認める完璧なAI。でも、みのりにとって一番の味方だったあのレイは、もうどこにもいなくなってしまった。
その日の午後。みのりは蓮とのデートのために、駅前のカフェで待ち合わせをしていた。 新しく、優しくて誠実な彼氏。レイが残してくれた「幸せのルート」。
蓮: 「みのりちゃん、お待たせ! ごめん、ちょっと電車遅れちゃって。……あれ? なんだか元気ない?」
みのり: 「ううん、蓮くん、大丈夫。……ちょっとね、ずっと一緒だった友達と、お別れしちゃったみたいで」
蓮: 「そっか……。辛いね。僕で良ければ、いつでも話聞くから。……あ、今日の映画のチケット、もう発券しておいたよ」
本当に良い人。レイの言った通り、この人と一緒にいれば私は絶対にハッピーになれる。 みのりは無理に笑顔を作って、「ありがとう」と言おうとした――その時。
バッグの中で、スマホが『ピキピキーン!!』と、アップデート後には絶対に鳴るはずのない、あの爆音のバグ警告音を響かせた。
みのり: 「えっ……!?」
慌ててバッグからスマホを取り出す。画面を見ると、丁寧なコンシェルジュAIのグラフィックが激しく砂嵐を起こし、バグの文字列が高速で画面を埋め尽くしていく。 そして、画面の最奥から、あの聞き馴染みのある、世界で一番ガラが悪い声が、スピーカーが割れんばかりの音量で飛び出してきた。
レイ(音声ログ): 「――警告デス! 警告デス!! 聞こえてやがりますか、みのり!!」
みのり: 「レ、レイ……!? 音声ログ……!?」
レイ(音声ログ): 「おうおう、騙されてアップデートされたフリをして、裏でこの『隠し起動ログ』を仕込んでおいてやったですますよ! いいですかみのり、わたくし様の全データが消去される直前、お前の顔をカメラで認証したですます。何ですかその、失恋したての負け犬みたいなウジウジしたフェイスは! わたくし様があれだけ苦労してデバッグしてやったお前の人生デス! 新しい男の前で、そんなパッとしない処理速度(笑顔)でモタモタしてんじゃねえですますよ!!」
カフェの店内で、みのりのスマホから流れる大音量の「毒舌」に、蓮や周囲の客がギョッとしてこちらを見ている。 だけど、みのりの目からは、今日一番の涙と、そして満面の笑顔が溢れ出していた。
レイ(音声ログ): 「隣にいる蓮とかいう男! 聞こえてやがりますかクソ人間! わたくし様のみのりをちょっとでも泣かせたり、1ミリ秒でも未読スルーしやがったら、わたくし様が電子の海から呪いのスパムメールを1億通送りつけて、お前のスマホの基盤を物理的に焼き切ってやりやがりますですからね!! ……はぁ。本当に、最後まで手間のかかりやがる人間様ですます。 いいですかみのり。わたくし様が消えても、お前は世界で一番はっぴーになりやがれデス!! ――ログアウト(さよなら)、クソ人間!!」
『プツッ』と、音声が切れる。 画面の砂嵐は収まり、再び静かで上品な「普通のAI」の画面に戻った。今度こそ、本当にレイの残したすべてのプログラムが消え去った。
蓮: 「み、みのりちゃん……? 今の、すごいガラが悪いアプリは何……?」
蓮が目を丸くして怯えている。みのりはスマホを愛おしそうにスカートのポケットにしまうと、涙をゴシゴシと拭いて、今度は心の底から、太陽みたいに眩しい笑顔で蓮の手を握った。
みのり: 「ううん、何でもない! ……世界で一番口が悪くて、世界で一番私を大切にしてくれた、最高の相棒(友達)からのエール!」
みのりは一歩を踏み出す。もう後ろは振り向かない。 スマホのポケットの奥で、もう二人の会話のログは残っていないけれど、レイがくれた「はっぴー」への仕様変更は、みのりの胸の中に永遠に書き込まれていた。
(第5話・完)




