三度娼館送りにされた悪役令嬢ですが、隣国皇帝の后として元婚約者の婚礼の日に凱旋しました
「お久しゅうございます。王太子殿下――いえ、今は国王陛下……でしたわね」
ここにいるはずのない私の姿に、バスチアンは目を見開いた。
修道院に送られたはずの私が、何故ここにいるのかと――
澄んだ光に満ちたレナール王国の大聖堂。
私が一礼して笑むと、金の王冠を戴き、白い正礼装に身を包んだ彼は不快そうに眉を寄せた。
「アナスタシア……何故、お前がここに――」
「私の后に何か」
私を庇うように進み出て、凍て付いた眼差しをバスチアンに向けたのは、夫のアレクサンドルだ。
バスチアンは、怪訝そうな顔で私たちを見つめている。
その様子に慌てて駆け寄り、バスチアンに耳打ちしたのは、宰相の息子だったガーランドだ。
(まあ……本当に宰相になられたのですわね)
この若さで宰相になるとは――でも、返って都合は良い。
天高く上り詰めた忌々しい鳥を地に叩き落とすのはさぞや痛快だろう。
「ジョフロワ帝国の、皇帝だと……?!」
バスチアンは青褪めている。
そして、その隣にいるマリエッタは震えていた。胸下でリボンが結ばれ、腰回りがゆったりとした純白のドレスの裾を、強く握り締めている。
「あら……王妃殿下、折角の花嫁衣装が皺になってしまいますわよ」
そう言って笑むと、マリエッタは私を睨み付けた。
帝国の皇后となったこの私に、まだ楯突くつもりらしい。思わず笑ってしまいそうになる。
どうやら、頭の悪さは相変わらずのようだ。
(――今日、あなた達を地の底へ送って差し上げるわ)
私は、この上なく優雅に微笑んで見せた。
◇
レナール王国の王太子バスチアンの婚約者だった、侯爵令嬢アナスタシア・ロレーヌは二度死んだ。
一度目は、傍若無人な振る舞いと男爵令嬢マリエッタへの非道の数々に加えて『マリエッタを暴漢に襲わせた』という冤罪付きで婚約破棄と同時に断罪され、修道院へ送られることとなった。
だが、宰相の息子ガーランドによって密かに隣国であるジョフロワ帝国の娼館アンフェールへと送られた私は、初めての客に抵抗して殺され、短い生涯を終えた。
死に戻った二度目の生では、幼い頃から徹底して淑女教育に励み聖女のように振る舞うも、再び冤罪に掛けられた挙げ句同じように娼館に送られ、そこへ現れた信奉者の男に殺された。
そして、三度目は――
「この娼館は、わたくしが買い取らせていただきましたわ……今日から、わたくしがこの店の主です」
私は、ドレスの下に隠していた宝石を元手に娼館を買い取った。
建物は新しく建て替え、店の者全員に十分な給金を与えて教育を施した。
女達には、徹底した淑女教育を身に付けさせた。この帝国の高官たちを相手にさせるためだ。
もう、ここは娼館などではない。
上流階級の紳士たちのための、高級サロン『アナスタシア』へと生まれ変わったのだ。
そこへお忍びでやってきたのが、この帝国の皇帝アレクサンドルだった。
膨大な利益を上げ、主要な高官たちが頻繁に出入りするようになったこの店が、法に触れるような疚しい営業や不正を行っているのではと怪しんだそうだ。
今世では、絶対に生き延びてみせると誓っていた私は、侯爵令嬢だった頃から密かに経営学やジョフロワ帝国について学び、店の経営も従業員も徹底して管理していた。税金もきちんと納めており、神殿や孤児院に多額の寄付まで行っている。
勿論、不正など何もしてはいない。
そうして、潔白を証明した私のもとに、アレクサンドルは通うようになった。
そして、半年が経った頃――
彼は赤い薔薇の花束と大きなダイヤが輝く指輪を持って現れた。
「アナスタシア……どうか、私の后になって欲しい」
「わたくしは、以前お話した通りレナール王国で断罪された身……とても皇后には相応しくありませんわ」
「それに、今はこのサロンの主ですもの。側妃ならまだしも……」と付け加えた私を、彼は強く抱き締めた。
「冤罪にも心を折らず、こうして強く生きてきた貴女を、これからは私が守りたいと思ったんだ……」
「愛している……」と熱く囁いた彼の胸元に頬を寄せると、私は「嬉しいですわ」と微笑んだ。
薔薇の香りに包まれながら、私は彼に囁く。
「皇帝陛下……お願いがありますの」
「アレクと呼んでくれ……貴女の望みなら、何でも叶えよう」
私は、彼の言葉に微笑んだ。
近く、レナール王国で、バスチアンの即位と同時に、マリエッタとの婚礼の儀が行われるそうなのだ。
マリエッタの王妃教育はまだ済んでいないはずだから、何か急ぐ理由でもあるのかもしれない。
(まさか、こんなに早く機会がやってくるなんて――)
皇帝が目の前に現れたとき、ほんの少しだけ期待した自分がいた。
でもまさか、皇后に望まれるとは――
私のために整えられたかのような素晴らしい舞台に、私は立つことにした。
◇
そして、バスチアンとマリエッタの婚礼の日――
来賓のうちの一人として、私は彼の隣で参列した。
「ガーランド宰相閣下、お久しゅうございます」
「その節は、大変お世話になりました。アナスタシアですわ」と微笑むと、ガーランドは真っ青になった。
「あの時――娼館で殿方たちに可愛がってもらえば、マリエッタ様のように可愛げが出るだろう、と笑って仰いましたけれど……」
「残念ながら、わたくしには難しゅうございましたわ……」と囁いて瞼を伏せると、アレクサンドルが私を抱き寄せた。彼は、ガーランドを恐ろしいほどの眼差しで睨み付けている。
ガーランドやマリエッタには残念だろうが、私に娼館の客に可愛がってもらう機会は訪れなかった――それはアレクサンドルも知っていることだが、私の追いやられた状況が許せないのだろう。
「アンフェールとは何だ……? それが、マリエッタと何の関係があるんだ」
呆然と呟いたバスチアンが、ガーランドを見つめる。
「……ガーランド、どういうことだ……?」
バスチアンは、唇を結び視線を逸らした臣下に眉を顰めると、マリエッタを振り返る。
「マリエッタ……教えてくれ。一体どういうことなんだ」
青い顔のマリエッタは沈黙している。震えることしかできない様子の彼女を、バスチアンはただ見つめていた。
(国王となっても、相変わらず頭はよろしくないようですわね)
私は、扇で笑みを隠し、ゆったりとしたプリーツに隠されたマリエッタの腰回りに視線を移した。私の視線に気付いたマリエッタは、腹部を庇うように手を添える。
私が目を細めてみせると、彼女は一瞬だけガーランドに縋るような視線を送った。
(成る程――そういうことでしたのね……)
「マリエッタ王妃殿下。ご懐妊、おめでとうございます。……ですが、お子は本当に国王陛下の――……いえ、何でもありませんわ」
そう囁いて扇で口元を隠した私を、マリエッタは目を見開いて睨んできた。
私は、以前の彼女のように「まぁ、怖い」とアレクサンドルの胸元に体を寄せた。そして、ひどく気の毒そうな眼差しをバスチアンに向ける。
立ち尽くすバスチアンの顔は蒼白に染まっていた。
(愚かで可哀想なバスチアン……本当に何もご存じなかったのですわね)
そのタイミングで、私は一枚の封書を取り出す。
「この契約書は、宰相閣下の直筆ですわよね?」
「もう必要ありませんので、お返ししますわね」と微笑んでガーランドに手渡した中には、私を娼館に売り飛ばした際に交わされた契約書が入っている。
勿論彼のサインは偽名だが、筆跡鑑定は済ませてある。ジョフロワには、この契約書の控えと彼の記した書状が幾つもあるのだから――
「この件については、改めて帝国から書状を送らせてもらう」
そう低く言い放ったアレクサンドルに、ガーランドは震えながら膝を付いた。
「ち、違うのです。私は……マリエッタ様に頼まれて――」
小さな声で呟くように言ったガーランドに、マリエッタがわなわなと震え出した。
「な……ガーランド様、あんまりですわ!! 愛する私のためなら何でもすると仰ってくださったではありませんの!!」
喚いたマリエッタに、その場が静まり返る。
(最高ですわ……)
私は、震える口元を扇で隠す。
「マリエッタ……まさか、お腹の子は――」
「うっ……」
私は、思わず笑いそうになった口元を押さえた。心配そうにアレクサンドルが私を支える。
「アナスタシア、大丈夫か」
「アレク様……少し、気分が悪くなってしまって……」
「アナスタシア……まさか、子が出来たのではないか? 早く帰って休んだほうが良い――いや、馬車に揺られるのは良くないか」
彼は、私の頬にそっと触れると考え込むように瞼を伏せた。
私たちは先月婚礼を済ませたばかりだが――可能性は、ゼロではない。
「アレク様は心配性ですわね……でも、もし子が出来ていれば、アレク様によく似た可愛い子を産みたいですわ」
そう言って、ちらりとバスチアンを見やると、彼は唇を震わせた。
ひどく愉快な気持ちに、こみ上げる笑いを抑えるのが大変だ。
(マリエッタ……最高の婚礼の日になりましたわね)
心の中でそう語り掛け、彼の胸にもたれながらマリエッタを見つめた。
彼女は、震えながら立ち尽くしている。
「お可哀想な――マリエッタ様……」
そう口にすると、彼女は弾かれたように顔を上げた。
断罪された日、彼女が私に掛けた言葉だ。三度とも、彼女はそう言って私を見た。
バスチアンの胸元に縋りながら、笑みを薄く浮かべて――
「アナスタシア……殺してやる!!」
恐ろしい形相で叫んで掴みかかろうとしたマリエッタが、ドレスの裾を踏んで倒れた。
祭壇の下で無様に転がり呻いたマリエッタに、幾つもの悲鳴が上がる。
「医官を呼べ!! 早く王妃殿下をお運びしろ……!!」
呆然と立ち尽くしたままのバスチアンと、床に座り込むガーランドの目の前で、マリエッタは奥へと運ばれていった。
そして、私はアレクサンドルの腕に抱かれ、騒然となる大聖堂を後にした。
彼の肩越しに見た、こちらを見つめるバスチアンの瞳といったら――
あれからひと月が経ったが、今思い出しても笑ってしまいそうになる。
幸い、マリエッタもお腹の子も無事だったそうだ。けれど、婚礼早々に寵愛を失ったマリエッタは、日々癇癪を起こしているらしい。
(お腹の子の髪色は、何色かしら……)
マリエッタとバスチアンは金髪で、ガーランドは焦茶色の髪だ。
私は、下腹部を撫でながら静かに笑った。
「アナスタシア、体調は大丈夫か」
「ええ……お腹の子が、わたくしとアレク様、どちらに似ているか考えていましたの」
「愛しいアナスタシアに似た、可愛い子に決まっている」
彼はそう言って、私の頬に口づけた。
背後から包み込むように抱き締められ、私は微笑む。
私は、あの時既にアレクサンドルの子を懐妊していたのだ。
そして、無事に臨月を迎えた私は漆黒の髪に紫色の瞳の赤子を産んだ。
アレクサンドルによく似た可愛い王子を――
(それにしても、マリエッタの産んだ子が、金髪だったなんて……)
半年前に王子を産んだマリエッタは、産まれた王子と共に王宮の隅でひっそりと暮らしているらしい。聞けば、バスチアンは王子を一度も抱いていないとか――
髪の色が金でも、バスチアンの寵愛は戻らなかったようだ。
まぁ、マリエッタも金の髪だから、生まれた王子がガーランドの子だという可能性をバスチアンは捨てきれないのだろう。
哀れなバスチアンは第二王妃を迎え、新たに建てた離宮に囲っているらしい。
今度こそ、産まれた子が自分の子だと信じたいはずだ――
私は、最後に見た彼の顔を再び思い出して、小さく笑った。婚礼の日に、祭壇で独り憐れに立ち尽くすあの姿を、私はきっと一生忘れない。
ガーランドについては、アレクサンドルが突きつけた訴状によって宰相の任を解かれ、侯爵家からも廃嫡されたと聞く。
私の願いで敢えて刑罰は与えなかったが、宰相の地位に登りつめた彼にとって地獄であることに変わりはないだろう――
(これで、すべて終わりましたわね……)
まるで、すべてが遠い国の出来事のように思える。
私は、生まれたばかりの愛しい息子を抱きながら微笑んだ。
「次は、アナスタシアに似た子が欲しいな」
「まぁ、気が早いですわ」
私たちは微笑みあった。
こうして三度目の生で、私は愛する男と我が子を手に入れた――
読んでくださって、ありがとうございます!
初めての悪役令嬢モノです。
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。




