5 聖剣様
レイアに憑りついた私は、まずレイアの名前を呼んだ。最初は周りのカオスな状況や本人の精神状態もあってか、全然気づかなかったのだが、耳元で大きくレイア!と声を出したら、ビクッと体を震わせて顔を上げた。そして私は今更ながら、やばっ!何も考えてなかったと内心少し焦るのだが、ええい、ままよと話しかけようとしたら、彼女と目が合っていることに気が付いた。
私が憑りついた人間は、ほとんどがその姿を認識できない。稀に見える人がいても、もやもやした何かに見えるだけならまだしも、目玉や頬肉、皮膚などいろいろ足りないまるで腐りかけのゾンビのように見えることもあるらしい。そうした経験もあって、これはまずいと思った私は、どうにかこうにか説明しようとしたが、レイアのほうが口を開くのが早かった。
「綺麗………、もっもしかして、お姉さんは………………」
ゴクリッ………と息をのんだ私は、続くレイアの言葉に驚きを隠せなかった。
「聖剣様ですか?」
「………はいっ⁉」
レイアは、やっやっぱり!とまるで推理を説いたかのように嬉しそうに声を上げた。いやっ、同意の意味で言ったわけじゃないんだけど………と思ったが、表情が柔らかくなったレイアを見て、このままそれで押し通そう!と瞬時に頭を切り替えた私は、あることないことを話し、聖剣様という虚像を立ち上げた。
曰く、私ははるか昔、勇者として聖剣を使い、強大な悪に立ち向かったが、最後の最後で敵のボスと相打ちになってしまった。死んでも死にきれなかった私は、幽霊となり、この聖剣に魂を縛られていた。そして先程、新たにこの聖剣の主となった君の絶望の感情が聖剣に流れてきて、それが私の死に際の感情に似ていたもので、再び呼び起こされたのだと。
聞く人が聞けば、疑いをかけられそうなものだが、レイアはそれを一切疑うことなく信じてしまった。何というか、とても純粋な子である。それにしても、とっさにぺらぺらと流水の如く流暢に嘘を話せたとは………意外な才能があったものだなと、数百年存在してきて、初めて知った。まあ、そんなこんなで今まさに、聖剣様……と崇められているのだが、ひとつ気になったことがあったので聞いてみた。
「レイアには、私がどう見えているの?」
「はい!私にはすっごく綺麗なお姉さんに見えます!」
レイアの答えに、まさか私の生前の姿がはっきり見える人がいようとはと、少し驚くのだった。生前の私は、それはもう別嬪な女性で、ものすごくモテていた。たまに無理やり迫ってきた男どもをぶちのめしてやったのは懐かしい記憶だ。女性から熱い視線を送られることも珍しくなかった。そして、数百年ぶりに自分の容姿を褒められた私はというと………ニヤニヤと口元が緩むのを止められなかった。
生前、己の欲望を隠すことなく向けてきた視線は、それは鬱陶しいと思っていたものだが、これほど純粋な目で見られたことは1度もなかった。そんなレイアの心からの言葉に、嬉しさと恥ずかしさを隠しきれず、思わず緩んだ口元を手で隠すのだった。そして、レイアは私が何としても守る!と再び決意をした私は、レイアに現状を打破する方法として、契約を持ち掛けるのだった。
「レイア、この私と契約をしないか?」
「契約………ですか?」
「そうだ。魔王を討伐するまでの間、私がレイアの身体を借りて戦う。レイアは私に身体を貸す。そういう契y」
「わかりました!契約します!!!」
「………」
レイアは私が言い終える前に、契約に同意した。それはもう、鬼気迫る表情で。同時におのれの重責から解放されたことから、はあぁと安心したように深々とため息をついた。その様子から、とりあえず何とかなったなと、ひとまず安心した私はそういえばと、この契約の注意事項について述べた。
「レイア、契約をした後に言うのもなんだが、この契約にはいくつか注意事項がある」
「注意事項………ですか?」
「あぁ、まず私が身体を借りている間は、レイアは身体を操作できない。それについては問題ないか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。だが、次のが問題でな………」
そして、私は続きを言うのをためらった。というのも、もしかしたら、いくら戦うことが嫌なレイアでも、これを聞いたら私に身体を貸すのを躊躇ってしまうかもしれないと思ったからだ。もちろん、そうなったら無理にこの契約を続けるつもりもないが。そんな思いを胸に、私は続きを話した。
「レイアは神の加護を受けているから、実際に試してみるまでどうなるかは分からないが………、私に身体を貸したものは、本人の精神的な強さや身体を貸した時間の長さによって、何らかの後遺症が残る可能性があるんだ」
「後遺症………」
「そうだ。すごい消失感に襲われたり、数か月と目が覚めなかったり、全身にものすごい脱力感や痛みを感じたり、色々だ」
「………」
レイアは私の話を聞いて、色々と考えているようだった。私も幽霊になって日が浅く、この体で何ができるかを試していた時のことを思い出していた。はじめは、特に何も考えずにいろんな人に憑りついて驚かしていたものだ。そして、その中でも特に仲良くなった女性の身体を借りて、久しぶりの身体だとはしゃいだものだったが、その後、彼女は全身が凄まじい筋肉痛に襲われて、かっからだ…が………と白目をむいて気絶をしてしまった。1か月が経ち、普通に動けるようになった頃に、もう一度身体を貸してほしいなぁとお願いしたら、ぶちぎれられたのもいい思い出だ。そうして、あの子は面白かったなぁと昔の思い出に思いをはせていたら、覚悟を決めた瞳が私を見つめていた。
「それでも、お願いします!!!」
「本当に、いいのか?」
「はい。………私、ただの村人だったのにどうしてって、ずっと思ってました。でも、わかったんです。どうして私なんかが勇者に選ばれたんだろうって。それは………………」
ゴクリッ………と何かデジャブのようなものを感じる展開に静かに息をのみこんだ私は、またしてもレイアの言葉に驚きを隠せなかったのだ。
「聖剣様に会うためだったんです!!!」
「………まあ、なんとなく予想はついてたけどね」
「聖剣様?」
「っ⁉ああ、いや、何でもないよ」
思わず思ったことを口に出していたことにちょっと焦った私は、どうにかごまかした。その直後、遠くから大爆発が起きたようなすごい音が聞こえたので、あまり時間がなさそうだなと気持ちを切り替えた私は、再度、レイアに契約を持ち掛けた。
「レイア、再度問おう。この私と、契約する気はあるか?」
私がそう問いかけると、レイアは少し前とはまるで別人のような………そう、まるで物語に出てくる勇者のように、希望を胸に抱いて、高らかに宣言をした。
「はい!!!この私、レイアは、聖剣様と契約します!!!」
こうして、私たちの物語はここから始まるのだった。




