乙女座のあなた、今日の運勢は最悪です
『ごめんなさあい、今日の最下位は乙女座のあなた! 外出の際には気をつけて!』
ある朝。コーヒーを片手にテレビを眺めていた男は、鼻でふんと笑った。
男は乙女座。だが、占いなどというものをこれっぽっちも信じていなかった。むしろ、信じるやつは馬鹿だと心の底から思っていた。ましてや、朝のニュース番組のワンコーナーでやっているような軽薄な星占いなど、子供だましにすら思えなかった。
「……ま、気分は良くないがな」
男は苦笑まじりに独りごちり、リモコンを手にチャンネルを変えた。しかし――。
『そして今日最悪の運勢は……乙女座です! とくに男性は運気が急降下! 気をつけてくださいね~』
そこでもまた、乙女座が最下位だった。
「……まあ、被ることもあるか。いや、むしろ一致しないほうが不自然じゃないか。まあ、どうせ適当に決めてるんだろうがな」
男は呆れたように鼻を鳴らし、またチャンネルを変えた。
『残念! 乙女座の男性のみなさーん! 特に四十三歳の方はご注意ください! 死んじゃうかもしれませーん』
『こらこらー! はははは!』
男は絶句した。アナウンサーが口にした年齢は、まさしく自分のものだったのだ。
「あれか……? 大殺界とかいうやつか? いや、よく知らないし、インチキだろうが……」
くだらない。占いなんかに動揺してどうする――そう自分に言い聞かせて笑い、男はまたチャンネルを変えた。
『O型のあなた、今日は運が悪いみたい!』
またしても占いコーナーだった。今度は血液型占いらしい。
「また最下位か……まあ、O型は一番多い血液型だしな。確率的に仕方ない」
『さらに! 乙女座で寅年の方はもう最悪です!』
「だああ!」
男は思わず声を上げ、勢いよくチャンネルを変えた。
『男性。茶髪、身長はおよそ一六七センチ』
「指名手配か……」
次に映し出された番組では、アナウンサーが硬い表情で原稿を読み上げていた。
『乙女座。血液型はO型。年齢は四十三歳』
「ん?」
『干支は寅。そして顔相占いの結果、この似顔絵に近い方は本日、最悪の運勢です』
「おれじゃねーか!」
『ちなみに、ラッキカラーは――』
「紫来い……! 頼む……!」
『ありません。ただ、紫を好む方は最悪だそうです』
「……はは、はははははは!」
男は吹き出し、むせながら笑った。
「はー……なに、何年も毎日やっていれば、こんな偶然があったっておかしくはない」
くだらない。そう吐き捨てて、男は椅子から立ち上がった。
ちょうどそのとき、ノックの音がした。
「はいはい、どうぞー」
ドアが開き、若い女が入ってきた。男は頭を掻きながら鏡台の前に座ると、ため息をついた。
「ふふっ、今日は元気ないみたいですね」
女が微笑み、メイクボックスを机に置いた。
「ああ、まあ、ちょっと占いがねー。ははは、元気にしてくれる?」
「あはは、運勢が悪かったんですか?」
「そうなんだよ。どの局でもさあ、示し合わせたみたいにボロクソでさーあ」
「ふふふ……本当にそうなのかもしれませんよ?」
「え?」
「人気タレントだからって、スタッフにきつく当たったり、今みたいにセクハラしたり、それから……」
女はそう言いながら、メイクボックスの中からナイフを取り出した。
その冷たい輝きに男の目がゆっくりと見開かれていく。女は男の首筋に刃を刃を突き立てて、囁いた。
「あなたの運もここまでです」




