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第12章 《挑発》

砕け散った天蓋の裂け目から、星が降る。

それは祈りではなく、記録の雨。

冷たい光は祝福を与えず、ただ存在を写し取るだけだった。


黒衣の男はもういない。

母に縛られた影は、サースの盾に視線を奪われ、ついに「忘れられる」安らぎを得て消滅した。


「……終わったのか」

オルトが荒い息を吐き、雷を纏った腕を垂らす。


「いや」

サースは血を拭い、盾を支えながら首を振った。

「まだ始まったばかりだ」


その瞬間、大地が鳴動する。

塔の壁面に刻まれた星図が脈打ち、砕けた天蓋から収束した光が一点に凝集する。


やがて――それは顕現した。


天を覆い尽くす「眼」。

数千、数万の瞳がひとつに溶け合い、光と闇を抱き込んだ巨躯が姿を成す。


『始まりにして終わり。存在を証するもの』


声ではない。

定義そのものが、世界の奥底に響き渡る。

それは愛さず、憎まず、ただ「見る」ことだけを続けてきた絶対の存在だった。


次の瞬間。


「……あ」

セレナの声が途切れる。


彼女の輪郭が強烈に世界に固定され、世界から崩れ落ちそうになる。

駆け出したリーネの脚は、標本にされたように空に打たれていた。

オルトの腕は雷とともに軋み、カインの影は墨のように淡く薄れていった。


観測の一撃――

証殺アサーション

見つめることで存在を「強く確定」させ、その強度に肉体も魂も耐え切れず崩壊する。


「やめろォォォッ!」

サースが盾を構える。

《《Éclipse Inverséeエクリプス・アンヴェルセ》》――反射する光がひとつの眼を砕き、暗黒に穴を開ける。


だがすぐに観測はまぶたを閉じる。


『ならば――忘れよう』


その一言で、塔を包む光が反転する。

今度は「視線を外す」だけで、存在が剥ぎ取られてゆく。


忘滅ネゲイション

それは名を呼ばれぬままに消える、絶対の否定。


セレナの声が失せ、オルトの影が透き通り、カインの剣が霧に溶けた。

彼らは瀕死を超えて――記録から外れ、無へと落ちかけていた。


サースは叫ぶ。

「やめろ! 俺の仲間に触るなッ!」


しかし観測は揺るがない。

『見られぬものは、消える』


絶望の淵で、サースは気づく。

存在とは、見られることだ。

ならば――


「だったら、俺を見ろ」


掠れた声が、静かに、しかし確かに世界へ突き刺さった。

「仲間じゃない。俺を記録しろ。俺を証明しろ。

 この身を、この魂を、観測の焦点にすり替えてやる!

 だから――すべての視線を俺に寄越せ!」


盾が胸の前で爆ぜ、星々を揺るがす光が広がる。


創世挑発プロヴォカシオン・クレアトゥール》――

存在そのものを賭けた究極の挑発。


塔を覆っていた無数の眼が、一斉にサースを見据える。

その瞬間、透きとおりかけていた仲間たちの輪郭に、色と息が戻っていった。

まだ傷は深く、声も途切れがちだ。

だが彼らは確かに「在る」ことを取り戻した。


「サース……!」

セレナの瞳に光が戻り、オルトが呻きながら立ち上がる。

カインは剣を握り直し、血に濡れた笑みを浮かべた。


サースは振り返らない。

仲間を守る唯一の道は、視線をすべて自分が背負うこと。


「俺を見ろ。俺だけを」


観測の声が揺らいだ。

『……挑発……一存在が我に中心を名乗るか……』


「そうだ」

サースは笑う。

砕けそうな身体で、なお盾を掲げる。

「お前の視界は、もう俺が奪った。

 この宇宙が記録する中心は、サースだ。

 ――俺を無視できるものなら、してみろ!」


光と闇が激突する。

視線の奔流が盾を砕き、骨を裂き、血を吐かせる。

だがサースは立つ。


観測は証殺を繰り返し、忘滅を重ねる。

「見る」と「見ない」の往復で、彼を消し去ろうとする。

そのたびにサースは叫び、挑発で視線を奪い返す。


『……何故だ……一存在が……中心を……』


「理由なんかいらねえ!」

サースの喉は裂け、声は血に濡れてもなお続く。

「俺が俺であるために! 仲間を守るために!

 お前を挑発し続ける、それが俺の存在証明だッ!」


星々が震え、観測の瞳に罅が走る。

やがてひとつ、またひとつと砕け散り、無数の眼が暗い欠片となって夜空に降り注ぐ。


仲間たちは再び完全な形を取り戻し、サースの背に立った。

瀕死の痛みは残る。

だが、彼らの存在はもはや観測に消されることはなかった。


サースは血に濡れた笑みを浮かべ、盾を地に突き立てる。

「な。言っただろ。俺を無視なんてできねえって」


観測の声は、かすかに揺らいだ。

『……中心……不可避の焦点……』


そして――絶対であった「観測」という(ことわり)は、ただ一人の人間に眼を奪われ、終焉を刻まれた。

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