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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第二章 美人の仲間
9/21

第9話 庭のバーベキューと、バレてしまった秘密

 

 婆さんの家を相続してから、早数ヶ月。

 俺の懸命な土木作業と草刈りの甲斐あって、荒れ放題だった屋敷の周りは、なんとか人様をお招きできるレベルまでには整っていた。


 そうなると、だ。

 日頃、何かとお世話になっている(あるいは、監視されている)あの二人に、感謝の気持ちを示すべきだろう。

 そう、これは感謝の気持ちだ。断じて、下心などない。たぶん。


 そして、運命の休日。

 俺は、ピカピカに磨いた愛車のジムニーを走らせ、待ち合わせ場所の駅前ロータリーへと向かった。

 先に着いていたのは、白いワンピース姿の茜さんだった。普段の作業着やラフな格好とは違う、大人の女性の魅力が全開だ。


「おっまたせ、嶺くん! 今日はありがとうね!」


「い、いえ、こちらこそ!」


 俺がドギマギしていると、そこに、もう一人の人物が、ゆっくりと姿を現した。

 黒を基調とした、少しゴシックな雰囲気の私服。バイトの制服姿しか知らなかった俺には、新鮮に映る。澄田さんだ。


「……どうも」


 茜さんがにこやかに「初めまして、大峰です」と挨拶するのに対し、澄田さんは、ぺこり、と小さく頭を下げるだけ。

 初対面となる二人の女性の間には、明らかに、見えない火花が散っている。

 なんだ、この空気……。胃が、キリキリする……!


「さあ、二人とも乗って! すぐに着くから!」


 俺は、この気まずい空気から逃げるように、二人を車に促した。

 後部座席に並んで座る二人。バックミラー越しに見えるその光景は、なんとも言えない緊張感に満ちていた。


 幸い、駅と俺の家は、車ならそれほど時間もかからない。

 俺は、無言のプレッシャーを感じながら、安全運転で山道を進んだ。


「わー、すごい! 綺麗になったじゃない!」


 家の庭に到着するなり、茜さんが感嘆の声を上げた。

 俺は、この日のために用意したテーブルと椅子に二人を案内し、早速バーベキューの準備を始める。


「茜さんは、ビールでいいですよね? プレミアムなやつ、冷えてますよ」


「きゃー、嬉しい! 嶺くん、気が利く!」


 俺が送迎役なので、茜さんには心置きなく飲んでもらう算段だ。

 一方、澄田さんは、まだ高校生のはず。もちろん、アルコールは厳禁だ。


「澄田さんは、ジュースでいいかな?」


「……はい」


 俺は、自分用のノンアルコールビールと一緒に、オレンジジュースを彼女の前に置いた。

 すると、澄田さんは、ジュースには目もくれず、俺のノンアルの缶をじっと見つめている。


「……それ、なんですか」


「え? ああ、ノンアルだよ。アルコール分ゼロのビールテイスト飲料」


「……それ、ください」


「え、いいけど……」


 なんだろう、この子。

 俺は戸惑いながらも、新しいノンアルの缶を渡す。

 彼女は、それをプシュリと開け、こく、こくと飲み始めた。その姿は、なんだか、少しだけ大人びて見えた。


 俺は、この日のために奮発した、少し良い肉を網の上に乗せていく。

 ジュージューという音と、香ばしい匂いが立ち上り、さっきまでの緊張感が、少しだけ和らいだような気がした。


 ……気がしただけだった。


「ところで、嶺くんって、澄田さんとはどういう関係なの?」


 ビールで少し頬を赤らめた茜さんが、にこやかに、しかし、目の奥が笑っていない表情で、核心を突いてきた。


「えっ!? いや、関係って……麓のコンビニの店員さんと、常連客っていうか……」


「ふーん。よく、あのコンビニに行くのね?」


「は、はい。一番近いですし……」


「……別に、ただのバイトです」


 澄田さんが、ボソリと呟く。

 やめてくれ! 俺を挟んで牽制し合うのは!

 俺は、この流れを断ち切るべく、とっておきの食材を取り出した。


 先日、永禄尾張で収穫した、あの最高級の松茸だ。


「ささ、これも焼きましょう!」


 俺が、威勢よく松茸を網の上に乗せた、その瞬間。

 二人の女性の動きが、ピタリ、と止まった。


「……嶺くん」


 茜さんの、にこやかな声のトーンが、一段低くなる。


「それ、何……。どう見ても、松茸にしか見えないんだけど」


「ええ、そのつもりで、裏山から採ってきましたけど」


「え?」


 今度は、澄田さんが、鋭い視線を俺に向けてくる。


「時期が、おかしくないですか。まだ、九月ですよ。こんな、夏みたいな陽気が続いてるのに」


 ……しまった!

 完全に、墓穴を掘った!

 確かに、今年の九月は、異常なほどの残暑が続いていた。世間では、キノコの不作がニュースになっているくらいだ。


 そんな中で、こんな見事な天然物の松茸が出てくるなんて、不自然極まりない。


「い、いやー、たまたまじゃないかな! 日当たりの悪い、涼しい場所に生えてたとか……あはは」


 俺が苦し紛れの言い訳を並べると、茜さんは、じーっと俺の顔を見つめ、そして、にっこりと微笑んだ。

 アルコールが入っているせいか、その追及は、いつもより、遥かに鋭利だった。


「ねぇ、嶺くん。正直に、教えて? この松茸、本当に、この山のもの? 農協職員として、この時期の、この品質の松茸は、どうしても看過できないのよ。万が一、不正なルートで……なんてことになったら、嶺くんのためにならないわ」


 その優しい口調は、もはや、逃げ場のない尋問だった。

 澄田さんも、無言で俺にプレッシャーをかけてくる。


 ……だめだ。これは、もう、ごまかせない。

 俺は、観念して、天を仰いだ。


「……分かりました。話します。でも、その前に、見てもらいたい場所があるんです」


 俺は、神妙な面持ちで二人を促し、家の奥、あの仏間へと連れて行った。

 突然の展開に、二人は戸惑いながらも、俺の後をついてくる。

 薄暗い仏間の、荘厳な仏像の前に立ち、俺は深呼吸を一つした。


「信じてもらえないかもしれないですけど……俺、この場所から、別の世界に行けるんです」


「……は?」


「別の、世界……?」


 俺の言葉に、二人はポカンとしている。

 そりゃそうだ。俺だって、自分が何を言っているのか、分からなくなる時がある。

 だが、俺の次の言葉に、二人の表情は一変した。


「ひょっとして……それって、異世界転移、ってことですか!?」


 声を上げたのは、意外にも、澄田さんだった。

 彼女の目は、今までに見たことがないくらい、キラキラと輝いている。


「え、澄田さん、なんで……」


「私、ラノベ、大好きなんです! 異世界転移モノとか、もう、ほとんど全部読んでます!」

 ……なんだって!?


 あの、絶対零度の毒舌バイト嬢が、ラノベ好きのオタク女子だったとは!


「え、そうなの!? 私も、その手の話、好きよ! 漫画版だけど、色々読んでるわ!」


 今度は、茜さんまでが、目を輝かせて会話に加わってきた。

 俺の予想では、ドン引きされるか、頭がおかしくなったと心配されるかの二択だったんだが……。

 なんだ、この展開。

 俺は、唖然としながらも、スマホを取り出し、これまでに撮影した永禄尾張の写真を見せた。満天の星空、廃集落、そして、俺の『時空ジャーニー研究ノート』まで。


「すごい……! 本当に、ファンタジーの世界じゃないですか!」


「この星空、AIの解析結果が『永禄三年』って……ガチのタイムスリップでもあるのね!」


 さっきまでの気まずい空気が嘘のように、二人は俺の転移話に、すごい勢いで食いついてきた。

 特に、澄田さんの食いつきは、尋常じゃなかった。


「あの! あの! ひょっとして、私も行けますか!?」


 澄田さんが、身を乗り出して聞いてくる。


「えっ、私も行きたい! 連れてってよ、嶺くん!」


 茜さんまでが、懇願するように言ってくる。

 やれやれ、どうしてこうなった。


「い、いや、行けるとは思うけど……俺の検証だと、今のところ、新月の夜しか、安定して転移はできないみたいで……」


「新月の夜……」


「次だと、十月になってからかな」


 俺がそう答えると、二人は、同時に声を上げた。


「「それなら、次に連れて行ってください(ちょうだい)!」」


「い、いや、でも、夜しか行けないんだよ!?」


 俺は、慌てて付け加える。

 茜さんは、大人の女性だから、自己責任でまだいいかもしれない。

 だが、澄田さんは、まだ未成年だ。そんな彼女を、夜中にこんな山奥まで連れてくるのは、色々とまずいだろう。倫理的にも、法律的にも。


「大丈夫です! 親には、友達の家に泊まるって言いますから!」


「そうよ、嶺くん! 私が、ちゃんと保護者として監督するから、問題ないわ!」


 ……だめだ、この二人、聞く耳を持たない。

 さっきまで、初対面でバチバチやっていたのが嘘のように、二人は「チーム永禄、結成ね!」「はい、茜さん!」などと、勝手に盛り上がり、連絡先まで交換している。


 俺は、完全に置いてけぼりだった。

 結局、その日のバーベキューの後半は、俺が撮った写真を見ながら、転移先のことで、三人で大いに盛り上がった。


 夕方になり、名残惜しそうにする二人を、俺はジムニーで駅まで送る。

 秘密を共有したことで、俺たちの関係は、なんだか、奇妙な共犯関係へと変化してしまったようだ。


 やれやれ、俺の戦国サバイバル生活は、これから、一体どうなってしまうのだろうか。

 ただ一つ確かなのは、次の新月が、とんでもなく波乱に満ちたものになる、ということだけだった。


 俺は、二人の女神(という名の厄介事)を乗せたジムニーを走らせながら、大きく、そして、深いため息をつくのだった。





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