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行き来自由の自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第一章 引きこもり
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第四話 検証クエストと時をかけるアル中疑惑

 

 さて、俺の新たな冒険、もとい検証作業が始まった。


 この、あまりにも都合のいいタイムスリップ現象が、俺の、くすぶりきった人生の、起死回生の一手になるのか。それとも、ただの、壮大な勘違いなのか。

 俺の、奇妙で、そして、どこかワクワクする日々が、今、始まろうとしていた。


 まあ、その前に、まず、麓の農協に行って、茜さんの顔を見て、HPを回復してくるのが先決だな、うん。

 翌日、昼過ぎに目が覚めた。頭がガンガンする。昨夜の出来事が、まだ夢のように感じられる。


 俺は、ふらふらと仏間に向かった。

 神棚の隣に祀られた小さな石仏は、昨日と変わらず、穏やかな顔でそこに鎮座している。

 俺は、昨日の残りで、お供えしていたお神酒を手に取った。

 これを飲めば、また行けるのか?

 ごくり、と一気に呷る。


「……」


 しーん。

 何も起こらない。ただ、アルコールが喉を焼くだけだ。


「あれ?」


 結局、残っていたお神酒を全部飲んでしまったが、と言っても盃一杯分の大した量ではなかったが、向こうに行く気配は一向になかった。

 ただ、昼間から酒を飲んだせいで、少し酔いが回って気持ち悪くなっただけだった。


「だめか……。何か、条件があるのか?」


 いろいろと考えて、もう一度お神酒をお供えし直して、さて、これからどうやって検証しようか、と考えていた矢先だった。

 ブブブブッ!

 ポケットに入れていたスマホが、けたたましく鳴り響いた。


『澄田です。ご注文の品、届いてますよー』


 麓のコンビニのバイトの女の子、澄田さんからのメッセージだった。

 そうだ、通販で新しいトレッキングシューズを注文していたんだった。

 俺は検証を一時中断し、重い腰を上げてコンビニへと向かうことにした。


 それにしても、この澄田さん、なんで俺のスマホの番号を知っているんだ?

 ……ああ、前に俺が教えたんだったか。完全に忘れていた。

 結局、行きも帰りも歩きなので、往復で4時間近くかかってしまった。

 酒を飲んでいたこともあり、家に着く頃には、すでに辺りは薄暗くなっている。

 コンビニでは、案の定、澄田さんが俺を待っていてくれた。


「平田さん、また変なもの買ったんですか?」


「いや、普通の靴だよ」


「ふーん……。その格好で山の中歩き回ってるって、本当なんですね。近所で噂になってますよ、『白装束のコスプレヤーが出る』って」


「……善処します」


 これ以上、変な噂が広まるのは勘弁だ。

 通販で買ったインスタントの食事をとり、俺は色々と考えていた。

 昨夜、転移できたのは、新月の夜だった。


 そして、酒を飲んでいた。

 今日は、昼間に酒を飲んでもダメだった。

 もしかして……。」


「夜、じゃないとダメなのか?」


 俺は、もう一度仏間に突撃し、再挑戦することにした。

 あたりが完全に暗くなるのを待って、お供えしたばかりの真新しいお神酒を、くいっと飲む。


 ……きた!


 昨日と同じ、ぐらり、と世界が歪む感覚。

 気づけば、俺は再び、あの『祠』の中に立っていた。


「やった……! やっぱり、夜限定のクエストだったか!」


 俺は興奮しながら、一度『令和』に戻ることにした。

 祠の中の仏像に、再び手を合わせる。

 すぐに、見慣れた家の仏間に戻ってきた。


「よし、これで条件が一つわかったぞ。転移できるのは夜だけだ」


 ならば、もう一度行けるはずだ。

 俺は、意気揚々と、もう一度お神-酒を飲んだ。


「……あれ?」


 しーん。

 何も起こらない。


「もう一回!」


 ごくり。


「……だめだ」


 何度やっても、転移はできなかった。

 結局その日は、検証のために用意していたお神酒を、全部それもつまみなしで飲み干してしまい、俺は盛大に酔っぱらって、仏間で雑魚寝する羽目になったのだった。


 頭の片隅で、「これじゃただのアル中じゃないか」という、冷静なツッコミが聞こえた気がした。

 うっ……頭が、痛い……。


 翌日、俺が目を覚したのは、午前8時を過ぎた頃だった。

 仏間の硬い床で寝ていたせいか、体の節々が悲鳴を上げている。そして、昨夜の深酒が祟ったのか、強烈な二日酔いが俺を襲っていた。


「飲みすぎた……」


 這うようにして台所へ向かい、井戸水をがぶ飲みする。冷たい水が、火照った体に染み渡るようだった。

 軽くシャワーを浴びてから、俺は今日の仕事にかかることにした。


 いつまでも農協からトラクターを借りっぱなしというわけにはいかない。

 レンタル費用も馬鹿にならないし、何より、あの永禄の時代への道、いや、自宅までの道を一刻も早く整備しなければならないのだ。


「うおおおおお!」


 俺は再びトラクターの運転席に乗り込み、エンジンを唸らせる。

 昨夜の奇妙な体験は、一旦頭の隅に追いやり、目の前の雑草と低木との戦いに集中する。


 そうだ、俺は今、現実世界で生きているんだ。

 戦国時代なんて、ただの夢、幻覚に決まっている。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は一心不乱に道を切り開いていった。

 数日後、トラクターを返却するために、俺はふもとの農協を訪れた。


「嶺くん、なんだか顔色悪いよ? 目の下に隈もできてるし」


 窓口で対応してくれた茜さんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「あー、いや、大したことないですよ。ちょっと夜更かしが続いて……」


「夜更かし?」


「ええ、毎晩の晩酌が祟ったのかも……あはは」


 しまった、と口走ってから後悔したが、もう遅い。

 俺が苦し紛れにごまかすと、茜さんはますます心配そうな顔になり、「飲みすぎは体に良くないよ。何か悩み事でもあるなら、お姉さんに相談しなさい」と、母親のようなことを言われてしまった。


 やめてくれ、その優しさは今の俺には毒だ。

 余計に心配される始末で、俺は早々に退散することにした。


 それからの俺の毎日は、奇妙なルーティンで構成されるようになった。

 昼間は道の整備や家の周りの草刈りに精を出し、汗を流す。

 そして夜になると、仏間にこもり、あの永禄時代への転移を試みるのだ。


「よし、今夜こそ!」


 盃に注いだお神酒を、くいっと一息に飲み干す。

 ……しーん。


「だめか……」


 飲む量を少しずつ変えてみたり、飲むタイミングをずらしてみたりと、あらゆるパターンを試してはいる。

 だが、一向にあの不思議な空間へ行ける気配はなかった。


 日を追うごとに、俺の心の中では疑念がむくむくと大きくなっていく。

 ひょっとしたら、飲み慣れない酒のせいで、本当に幻覚でも見ていたのかもしれない。

 最初のあの日、たまたま疲れとアルコールが重なって、とんでもない白昼夢、いや、白夜夢を見ただけなのではないだろうか。


 だが、スマホに残されたあの満天の星空のデータは、紛れもない現実だ。

 何度AIに解析をかけても、その答えは変わらない。


『撮影年代:永禄三年』


 AIがポンコツでない限り、このデータは嘘をつかないはずだ。


「なんで行けないんだ……」


 俺は、かなり星空について詳しくなっていた。

 ネットで調べまくったおかげで、星には毎日の変化と季節ごとの変化の他に、歳差運動という長い周期で大きく変化するものがあること、そしてそれらを調べることで、ある程度の年代が特定できる、という知識まで身につけていた。


 そして、その専門的な分析サイトを使っても、あの写真の解析結果は、何度やっても『永禄』になるのだ。


 幻覚なんかじゃない。

 あの時、一回きりだったとしても、二日に渡って何度も行けたのは事実だ。

 初日は何度も行き来できたのに、二日目は一往復だけだった。


 ……ひょっとして、これってかなり不安定なシステムなのか?

 行けたり、行けなかったりする、ランダムなイベントなのかもしれない。


 そう考えると、少し怖くなってきた。もし、向こうに行ったきり、戻ってこれなくなったら……。

 いや、待てよ。逆に考えるんだ。今のところ、必ず戻ってこれている。

 ならば、問題ない。問題ないはずだ……たぶん。


 それでも、好奇心には抗えなかった。

 俺は結局、昼は土木作業員、夜は自称・時空ジャーニー研究家という、謎の二重生活を、毎日飽きもせず一月近くも続けてしまったのだ。


 暇になるたびに、夜空や星の動きについて調べるようになり、俺は天文オタクと呼んでも差し支えないレベルの知識を蓄えていた。


 尤も、この知識を誰に威張ればいいのかは、全くわからない。

 農協の茜さんにでも、「実は僕、歳差運動にも詳しいんですよ」なんて言ってみるか?


 いや、間違いなく「そうなんだ、すごいねー」と優しく微笑まれて、会話が終了するだけだろう。


 なら、コンビニのバイト嬢、澄田さんに?

「は? キモッ」と、完全にゴミでも見るような目で俺のことを睨まれそうだ。

 うん、やめておこう。


 そんな奇妙な日々が、おおよそ一月近くが経ったある日のことだった。

 いつものようにネットを眺めていると、カレンダーに『新月』の文字が表示されているのが目に入った。


「明日は新月か……。そういえば、前にあちらに行った時も、新月の日だったような……」


 ピコン、と俺の頭の中で、何かが繋がった気がした。

 もしかして、条件は『夜』だけじゃない。

『新月の夜』という、特定のタイミングが必要なのではないだろうか。


 逸る気持ちを抑え、完全に外が暗くなるのを待つ。

 そして、すっかりルーチンと化している、儀式めいた飲酒の挑戦をしてみる。

 ごくり。


 ……きた! きたきたきた!


 一月ぶりに味わう、あの世界が歪む感覚。

 気づけば、俺は再び、あの荘厳な仏像が鎮座する『祠』の中に立っていた。


「やった! やったぞ!」


 俺は思わず、ガッツポーズをしていた。これで、偶然や一回ぽっきりではなく、ある条件がそろえば何度でも行けそうだと、確かな目途が付いたのだ。


 興奮冷めやらぬまま、俺はすぐに一度令和に戻ることにした。

 まだ検証すべきことがある。

 見慣れた仏間に戻り、俺はすぐさま再度挑戦する。

 もう一度、お神酒を口に含む。

 しかし……今度は行けなかった。


「あれ? なんでだ?」


 最後に向こうに行った時と同じように、一往復だけが可能だった、ということか?

 訳が分からない。

 だが、一つだけ確かなのは、新月が重要なキーワードである、ということだ。


 翌日。

 つまり、新月当日。


 俺は、昨日以上の期待を胸に、夜を待った。

 そして、挑戦。


「行けた!」


 祠に転移した俺は、すぐさま令和に戻り、間髪入れずに、もう一度挑戦する。


「また行けた!」


 何度でも行ける!

 今日は、何度でも往復できることが判明した。

 なるほど、新月当日は、フリーパス状態になるわけか。


 さらに翌日。新月の次の日だ。

 この日も同様に挑戦してみると、結果は一回だけだった。


 ここで、俺はようやく結論に達した。

 ここ3日間の検証の結果から、この時空転移システムは、月齢と深く関係しているらしい。


 ・新月当日:何度でも往復可能のフィーバータイム。

 ・新月の前日と翌日:それぞれ一往復のみ可能。

 ・それ以外の日:転移不可。


「なるほどな……。月に三日間だけ開く、時空のゲートってわけか」


 まるで、限定イベントのクエストみたいじゃないか。

 そう考えて行動する方が、よさそうだ。

 俺は、この画期的な発見を、自作の『時空ジャーニー研究ノート』に、太字で書き記した。


 ちょうどその頃、俺の現実世界でのクエストも、一つの区切りを迎えていた。

 庭の草刈りがほぼ終わり、自宅まで続く道の整備も、なんとか人が普通に歩けるレベルまでには回復したのだ。


 すると、どうだろう。

 夜な夜な、家の周りにタヌキが出るようになってきた。

 俺が捨てた生ゴミを漁っているらしい。


 それに、修験者ごっこで山を歩いている時には、遠くにイノシシやシカの姿も見たことがある。

 そういえば、かなり前に、子供時分だったか、婆さんから「この山には熊もいるから、気をつけなさいよ」と聞かされていたこともある。


 そろそろ、本格的な獣害対策を始めないと、まずそうだ。

 俺は早速、ネットで熊について調べてみた。

 尤も、本州に出るのはツキノワグマで、比較的おとなしい性格だと聞いている。

 それでも、ばったり出くわしたら、心臓が止まる自信がある。


 怖くなったのでついでに調べると、北海道に生息する、日本最強の陸上生物ヒグマは、歴史上でも一度も本州には生息していなかったそうだ。

 つまり、永禄の時代でも、この尾張の山に出没するのは、せいぜいツキノワグマまでで、ヒグマまでは出ない、ということらしい。


 少しだけ、安堵した。

 だが、動物ついでに調べてみると、別の危険な生物の存在が浮上した。


『狼』だ。


 現代の日本では絶滅したとされているが、この永禄の時代には、まだ普通に生息していたはずだ。

 集団で狩りをする、知能の高いハンター。これは、熊よりも厄介かもしれない。

 狼対策も、考えておく必要があるな。


 臭気の強いものでも投げつければ、どうにかなりそうだが……。

 ふと、俺の頭に、ある悪魔的な缶詰の名前が浮かんだ。


 シュールストレミング……。


 いや、あれはダメだ。最終兵器すぎる。

 万が一、祠の周りでぶちまけでもしたら、臭すぎて、こっちに戻ってこれなくなりそうだ。

 俺自身が。

 もし、もし俺が転移している先が、この令和の自宅周辺と地理的に同じ場所で、時代が戦国時代までさかのぼったとすると……。


 現代以上に、獣害は深刻なはずだ。

 森は深く、動物たちの数は、今よりもずっと多かっただろう。

 夜の山を、軽々しく歩き回るのは、自殺行為に等しいかもしれない。


「……準備が必要だな」


 急ぎ、熊対策から始めることにした。

 俺は再びPCに向かい、色々とネットで調べて、通販サイトのカートに、次々と商品を放り込んでいく。


 クマ撃退スプレー(最強力タイプ)、超音波式動物撃退器、そして、爆竹。

 さらに、農協で、電気柵のセットも注文することにした。


「これで、俺の城は鉄壁だ……!」


 俺は、来たるべき戦国サバイバル生活に備え、着々と準備を進めていくのだった。

 その姿は、もはや引きこもりの元サラリーマンではなく、秘密基地を作る少年のように、どこか楽しげですらあった。


 そして、この準備が、俺と、麓の二人の女性との関係を、さらに奇妙な方向へと導いていくことになろうとは、この時の俺は、まだ、知る由もなかったのである。




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