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行き来自由の自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第一章 引きこもり
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第三話 時をかけるコスプレイヤーと謎の仏像

 

 俺の修験者コスプレライフも、すっかり板についてきた。

 朝は白装束でトラクターを駆り、昼は汗だくで山を徘徊し、夜はネットの海にダイブする。

 そんな奇妙なルーティンは、もはや俺の精神安定剤と化していた。

 そんなある日、俺は今まで行ったことのない方向に、草刈り機の刃を向けた。


「未開の地こそ、冒険の舞台だぜ……!」


 誰に言うでもなく、中二病全開のセリフを吐きながら、俺は鬱蒼とした森の奥深くへと分け入っていった。

 しばらく行くと、木々の間に、崩れかけた祠のような建物が見えてきた。

 屋根は抜け落ち、柱は傾き、もはや風前の灯火。近づけば「バキッ」という音と共に、俺の上に倒壊してきそうだ。

 とてもじゃないが、朽ちた木々を取り除かないと危なくて近づけない。


「やれやれ、ラスボスのダンジョンにしては、ちょっとボロすぎやしないか?」


 俺は、とりあえず祠の周囲を散策することにした。

 その時、足元に気になる塊を見つけた。

 じめじめした日陰にあったので、全体がビロードのような美しい苔に覆われている。


 だが、その形が、どうにも不自然なのだ。

 ただの石にしては、妙に人工的なフォルムをしている。

 まるで「私をここに置いていくのかい?」と、苔むした塊が切なげに語りかけてくるようだ。


 ……うん、やっぱり俺、だいぶキてるな。

 気になって仕方がないので、俺はそれを持ち帰ることにした。

 苔の盆栽としては、なんとも珍妙な形だが、まあ、いいだろう。

 家に帰り、早速、苔の塊を洗面所に持ち込んだ。


「さて、お前さんの正体を見せてもらおうか」


 古歯ブラシを片手に、俺は探偵気取りで呟く。

 ゴシゴシと、優しく苔を落としていくと、中から現れたのは、小さな仏像のようなものだった。

 高さは十センチほど。長い年月、土と苔に抱かれていたせいか、表面は滑らかで、その表情は穏やかに微笑んでいるように見える。


「ほうほう、なるほどね」


 崩れた祠にでも祀ってあったにしては小さいが、生前の婆さんが「このあたりの集落でも、昔は祭りを開いていたんだよ」と言っていたのを思い出す。

 どこか、このあたりの名もなき集落を、ひっそりとお守りしていた仏像ではないか。


 そう思うと、なんだか急に愛着が湧いてきた。

 俺は、仏像の汚れを丁寧に落とし、乾いた布でピカピカに磨き上げた。


 さて、この仏像をどこに祀るか。

 婆さんの家の仏間には、なぜか立派な神棚が鎮座している。

 仏間に神棚。

 シュールすぎる。

 だが、今さらだ。

 俺は、そこにこの仏像を祀ってもいいのではないかと考えた。


「神仏習合は、この国の伝統文化だ。問題ない、たぶん」


 俺は、自分に都合のいい理屈をこねくり回し、神棚の隣に、小さな座布団を敷いて、即席の祭壇を作った。

 そして、そこに、小さな仏像をそっと安置した。

 お神酒などを神棚と一緒にお供えしてみる。

 うん、なかなか様になっているじゃないか。


 そんな生活にもだいぶ慣れてきたある日の夜。

 いつものようにネットサーフィンをしていると、ニュースサイトの片隅に『今夜は新月です。夜空を見上げてみませんか?』という記事を見つけた。


「新月、か……」


 子供の時分、田舎の夜空を見上げて、星の多さに感動した記憶が蘇る。

 よし、いっちょ、感傷に浸ってみるか。

 俺は、ウイスキーのグラスを片手に、縁側に出た。


 夜空を見上げる。

 ……うん、天気も良かったし、それなりに星は見えた。

 だが、近くに大都市がある関係で、満天の星空、というには程遠い。

 せいぜい、都会のネオンに負けなかった、根性のある星々が、ちらほらと見える程度だ。


「……まあ、そんなもんか」


 感動できるかと思ったのだが、肩透かしを食らったようなもので、俺の心は凪いでいた。

 俺はそのまま仏間に行き、神棚と仏像にお供えしていたお神酒を拝借し、ついでに置いてあったせんべいなどをつまみに、一人酒を楽しんだ。


 すると……。


 酔ったのかと思ったが、一瞬、視界がぐらっと揺れて、少し気分が悪くなる。


「うおっ……。飲みすぎたか?」


 流しで水でも飲もうかと立ち上がると、周りの景色が全く変わっていた。


「……は?」


 何より、いくら限界集落跡地だとは言え、そこは名古屋に近い山の中だ。

 電気くらいは来ていたので、仏間にも蛍光灯の明かりくらいはあったはずなのだが、それらが全くない。


 かっこよく言えば、『漆黒の闇』とでも表現すればいいのか……。

 ちょっと、また病気が入ったかもしれない。

 俺のメンタルは、定期的にメンテナンスが必要らしい。


 とにかく、目が慣れるまで少し待つ。

 手に持っていたスマホのライトを点けると、周りには何もない、がらんとした空間のようで、正面に一体の仏様が祀ってあった。


 俺が見つけた石仏を二回りほど大きくしたような仏像で、そのお顔は、本当に慈愛に満ちた、美しい表情をしていた。


「……なんだ、ここ」


 とにかく訳が分からないなりに、俺は仏像に両手を合わせてお祈りすると……次の瞬間、見慣れた家の仏間に戻ってきていた。


「……夢か?」


 とりあえず、一度台所に行き、井戸水をがぶ飲みする。

 この屋敷には水道は来ていないが、電動ポンプで井戸水を汲み上げている。

 最低限の文明生活はできるのだ。

 しかし、プロパンガスは今までどうしていたのだろうか。

 まだボンベにはガスは十分にあるから良いが、ここまで業者が運んできたのだろうか。

 婆さんが何か手配していたのかな。

 早く車が通れるくらいの道を整備しよう。


 そう思いながら仏間に移動して、さっきの酒盛りの続きを始める。

 もう一口、酒を飲むと……また、視界が暗転した。

 スマホのライトで周りを見ると、仏様がにこやかに笑っておられるように見える。


「……ひょっとして、転移。異世界に転移したのか」


 おっと、また病気が。

 ラノベの読みすぎだな、俺は。

 しかし、異世界に仏様っていたかな。

 まあ、なんでもありの世界なら、いてもおかしくないか。


 俺はとりあえず、仏様が祀ってあるのとは反対側にある扉を、恐る恐る開けてみた。

 そこは、明らかに外のようで、しかも暗い。

 完全に夜だ。


 それも、月明かりのない夜だが、目が慣れたのか、星明りだけでもあたりが見渡せた。

 空には満点の星々が……あ!

 思わず声を上げてしまうほどの、満天の星空だ。

 地元でも、ここまで見事な天の川はそう簡単に見えるものではなかったような気がする。

 これは、本物だ。


 俺は、慌てて空に向け、スマホで写真を撮る。

 カシャッ、と軽いシャッター音が、静寂に響いた。

 そして一度後ろを振り返り、仏様が祀ってある建屋を眺めると、それは俺が山中で見つけた、あの崩れた祠のような作りの小さな建屋だった。


 念のために写真に収めてから、祠の中に入り、もう一度仏様に向かって両手を合わせて祈った。

 ……戻ってこれた。


 周りを見渡しても、俺が住み着いた婆さんの屋敷の、しかも仏間で間違いない。

 神棚もきちんとあったし、その隣に祀っていた石仏も、俺が祀った時と寸分も変化していないように思われる。

 まあ、意識などしていなかったので、いちいち覚えていないから、よくわからんが。


 俺は、自分の身に起きた、あまりにも非現実的な出来事に、ただ、呆然とするしかなかった。

 夢か、幻か、それとも、本当に……。

 俺は、スマホの画面に映し出された、息をのむほど美しい、満天の星空の写真を、ただ、じっと見つめていた。


 この一枚の写真が、俺の、退屈で、絶望に満ちた日常を、根底から覆すことになるなど、この時の俺は、まだ、知る由もなかったのである。


 この奇妙な体験は、俺の、くすぶり続けていた心に、再び火を灯すきっかけになった。

 ……のかもしれないし、ただ単に、現実逃避の新たなステージに突入しただけかもしれない。

 いずれにせよ、俺は、この謎の現象を、徹底的に解明してやろうと、決意した。


 まずは、あの美しい星空の正体を突き止めることからだ。

 俺は、自分の部屋としている部屋に戻り、PCの電源を入れた。

 ネットを立ち上げ、先ほどスマホで撮影した満天の星空の画像を、PCの大きな画面に表示させる。

 息をのむほどの美しさだ。天の川が、まるで白い絵の具をぶちまけたかのように、夜空を横切っている。


「こんな星空、プラネタリウムでしか見たことないぞ……」


 落ち着かない。

 どうにも胸騒ぎがして、俺は一度家から出て、同じように夜空の写真を撮ってみることにした。

 カシャッ、と軽いシャッター音が響く。

 PCに取り込んで、さっきの画像と並べて表示させてみる。


「……全然、違うな」


 今撮ったばかりの、令和の夜空。

 そこに映っているのは、せいぜい4~5等星までだ。

 いや、光害の影響を考えると、たぶんギリギリで4等星くらいしか映っていないのだろう。


 これでも、山の中だからここまで見えるのだ。

 ふもとの街まで下りれば、3等星が見えれば良い方だろう。

 それに比べて、あの『祠』の外で撮った写真は、明らかに別次元だった。

 星の数が、密度が、輝きが、まるで違う。


「一体、どうなっているんだ……?」


 二つの写真を見比べながら、俺は頭を抱えた。

 夢や幻覚だった、で済ませるには、この証拠はあまりにも鮮明すぎる。

 その時、ふと、本当に偶然の思いつきだった。


『この写真、AIに解析させたらどうなるんだろう?』


 最近のAIは、画像認識の精度がすごいと聞く。

 星の位置から、撮影場所や日時を特定することくらい、できるんじゃないだろうか。


 俺は早速、無料の画像解析AIに、二枚の写真をアップロードしてみた。

 まず、先ほど自宅前で撮影した、令和の夜空。


『解析結果:撮影日時 2025年8月7日 午後11時14分。撮影場所の推定座標、北緯35度XX分、東経136度YY分……』


「お、すごいな」


 表示された緯度経度を、今度は地図検索AIに入力してみる。

 ピンポイントで、俺のいる犬山市の山中が示された。

 日付も場所も、何ら変わりがない。AIの精度に、素直に感心する。


 問題は、もう一枚の方だ。あの満天の星空。

 ドキドキしながら、解析ボタンをクリックする。


『解析結果:……』


 AIが、少し考え込んでいるように見える。

 プログレスバーが、なかなか進まない。

 やがて、ポン、と結果が表示された。


『撮影場所の推定座標、北緯35度XX分、東経136度YY分……。撮影日時の推定……エラー。年代が古すぎます。再計算を実行します』


「は? 年代が古い?」


 どういうことだ。エラーメッセージに首を傾げていると、AIが再計算を終え、新たな結果を表示した。


『再計算結果:撮影場所は現行のデータとほぼ一致。やや北にずれたポイントと推定。撮影年代の推定……西暦1560年。元号:永禄三年』


「…………え?」


 俺は、PCの画面を三度見した。目をゴシゴシとこすり、もう一度見る。

 何度見ても、そこに表示されている文字は変わらない。


『永禄三年』


 永禄……? あの、信長の野望とかで出てくる、あの?


「いやいやいや、待て待て待て! AIがボケたか? ハッキングでもされたか?」


 ありとあらゆる可能性を考えたが、どうにも現実味がない。

 俺は震える手で、『永禄三年』というキーワードを検索する。


『1560年、桶狭間の戦い』


 ……なんか、とんでもない年に迷い込んだらしい。

 異世界転移の話は、俺も嫌いではないので、相当な数の作品を読んだことはあった。

 だが、過去の日本にさかのぼる話は、正直あまり見たことがない。


 いや、転移も転生も、それこそ漫画やネット小説にはいくつかあるのは知っている。

 だが、それにしたって、行ったり来たりできる話は、俺は知らない。

 大抵は、行ったきりの一方通行だ。


「行ったり来たり……できるのか?」


 俺は、スマホを握りしめた。

 少なくとも、このスマホを持って、あちらの世界に行った。

 ということは、現代から『永禄』に物を持ち込める、ということだ。


 ……ひょっとして、貿易、できるんじゃないか?


 現代のありふれた品物でも、戦国時代に持っていけば、とんでもない価値を持つかもしれない。

 塩とか、砂糖とか、鉄の針とか……。

 逆に、あちらの時代の骨董品なんかをこっちに持ってくれば……。


「……いやいや、落ち着け、俺」


 妄想が暴走しそうになるのを、必死で抑える。

 まあ、もう少し検証は必要だろう。

 それに、今日は少し疲れた。頭がうまく働かない。

 検証の残りは、明日にでもしようか。

 俺はPCの電源を落とし、ベッドに倒れ込んだ。

 しかし、興奮と不安で、なかなか寝付けそうになかった。


 翌日、俺の新たな冒険、もとい検証作業が始まった。

 この、あまりにも都合のいいタイムスリップ現象が、俺の、くすぶりきった人生の、起死回生の一手になるのか。

 それとも、ただの、壮大な勘違いなのか。

 俺の、奇妙で、そして、どこかワクワクする日々が、今、始まろうとしていた。


 まあ、その前に、まず、麓の農協に行って、茜さんの顔を見て、HPを回復してくるのが先決だな、うん。





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― 新着の感想 ―
地蔵を拾ってくる話と装束を通販購入するところが被って2回投稿されている。前回のマトメ的にして記述する方法にしても完全に1話が無駄になっています。 勿体ないですよ。
第一話は、必要ですか?
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