第21話 禁断の錬金術
梅雨の気配が、令和の空を、覆い始めた、六月十四日。
俺のスマホが、月一度の、運命の日を告げた。
俺が、一人で、仏間の祠を、くぐると、そこには、案の定、二人の女神が、万全の態勢で、待ち構えていた。
その手には、なぜか、工事現場で使うような、業務用の、超強力な、懐中電灯が、握られている。
「おかえりなさい、嶺さん」
「さあ、行きましょう。畑の、夜間観察です」
「え、ちょ、ただいま……って、畑!?」
俺の、挨拶も、そこそこに、二人は、俺を、再び、時空のトンネルへと、押し込んだ。もはや、この流れには、慣れっこになってしまった自分が、少し、悲しい。
永禄尾張の、夜の闇に、舞い降りた、俺たちを、出迎えたのは、満天の星空と、ひんやりとした、山の空気だった。
「うわあ……きれい……」
茜さんが、思わず、感嘆の声を、漏らす。
だが、感傷に、浸っていたのは、ほんの、一瞬だった。
「……感心している、場合では、ありません。今回の、主目的を、忘れないでください」
澄田さんが、ぴしゃりと言うと、手に持った、懐中電灯の、スイッチを入れた。
びかーーーーーっ!
闇夜を、切り裂く、一条の、凄まじい光が、眼下の畑を、真昼のように、照らし出した。まるで、UFOに、キャトルミューティレーションされる、牛の気分だ。
「よし! 行くわよ!」
「はい!」
二人は、村の、集落には、目もくれず、一目散に、畑へと、駆け下りていった。
その、姿は、もはや、農業を、愛する女神、というよりは、夜盗か、何かにしか、見えない。
畑では、二人の、ただならぬ、気配に、気づいた、大森と、詩織さんが、慌てて、飛び出してきた。
「な、何奴!?」
「あ、茜さん! 澄田さん!」
詩織さんが、安堵の声を、上げる。
だが、二人は、大森には、一瞥もくれず、詩織さんの、手を、がっしりと掴んだ。
「詩織さん! ジャガイモの、生育状況は、どう!?」
「はい。葉の、色、大きさ、共に、極めて、良好です。病害虫の、発生も、現時点では、確認されていません」
「そう……。でも、油断は、禁物よ。この時期、一番、怖いのは、疫病だから。少しでも、葉に、黒い斑点が、出たら、すぐに、その株ごと、抜き取って、燃やすのよ!」
「甜菜の、根の、肥大状況は、どうですか? 土壌の、ph値は、安定していますか?」
「はい。茜さんに、教わった通り、石灰を、撒いておりますので」
三人の、女性による、専門的すぎる、農業談義が、始まった。懐中電灯の、光に、照らされた、その光景は、どこか、神々しくもあり、異様でもあった。
俺と大森は、完全に、蚊帳の外で、ただ、ぽかんと、その様子を、眺めているしか、なかった。
「……先輩。なんだか、俺たち、必要なくないですかい……?」
「……言うな、大森。俺も、今、同じことを、考えていた」
やがて、一通りの、畑の視察を、終えた、茜さんが、満足げに、頷いた。
「よし! この調子なら、来月には、甜菜の、収穫が、できそうね!」
彼女は、詩織さんに、向き直ると、一枚の、メモを、手渡した。
「詩織さん。これが、砂糖を、作るための、道具のリスト。嶺さんに、頼んで、次回、持ってきてもらうから」
「まあ、ご丁寧に、ありがとうございます!」
「甜菜から、砂糖を、作るには、まず、甜菜を、細かく、刻んで、お湯で、煮詰めて、糖分を、抽出するの。その、液体を、さらに、煮詰めて、水分を、飛ばせば、砂糖の、結晶が、できるはずよ」
「なるほど……」
「とは言っても、私も、実際に、やったことはないから……。一度、こっちで、試してみてから、道具を、持ってくるわね。任せて!」
茜さんは、頼もしく、胸を叩いた。
その、自信に満ちた、笑顔が、懐中電灯の光を受けて、キラキラと、輝いて見えた。俺は、その、眩しさに、少しだけ、胸が、高鳴るのを、感じた。
短い、滞在を終え、俺たちは、再び、令和へと、帰還した。
そして、リビングでの、定例会議。議題は、もちろん、俺が、津島で、手に入れてきた、大量の、鐚銭の、処遇についてだ。
「……なるほど。鐚銭を、溶かし、良銭に、作り直す、と。嶺さん、それは、現代の、法律では、明確な、貨幣偽造罪に、該当します。極めて、ハイリスクな、行為です」
澄田さんが、予想通り、眉間に、深い皺を、刻んで、言った。
「まあまあ、澄田さん。ここは、永禄時代じゃないんだから、固いこと、言わないの。それに、面白そうじゃない!」
一方、茜さんは、目を、キラキラさせて、身を乗り出してきた。意外にも、彼女は、こういう、ちょっと、悪いことには、ノリノリなタイプらしい。
「私も、賛成とは、言えません。ですが……、もし、成功すれば、我々の、活動資金は、飛躍的に、増大します。リスクと、リターンを、天秤にかければ……、検討の、価値は、あるかもしれません」
澄田さんは、渋々ながらも、俺の、計画の、合理性を、認めざるを得ないようだった。
「よし、決まりだ! 早速、やってみよう!」
俺たちは、その足で、巨大な、ホームセンターへと、向かった。目的は、銭を、鋳造するための、道具一式だ。
「電気炉は、必須ですね。安定した、高温を、維持できなければ、金属を、均一に、溶かすことは、できません」
「鋳型を、作るための、砂も、いるわね。あと、金属を、流し込むための、坩堝とか、トングとか……」
二人は、まるで、週末の、バーベキューの、買い出しでも、するかのように、楽しそうに、専門的な、道具を、次々と、カートに、放り込んでいく。
その、あまりにも、手際の良すぎる、姿に、店員が、若干、引いていたのを、俺は、見逃さなかった。
数日後、婆ちゃんの家の、庭先で、俺たちの、禁断の、錬金術プロジェクトが、始まった。
澄田さんの、監修のもと、俺は、おそるおそる、電気炉の、スイッチを入れた。坩堝の中で、永禄の、鐚銭が、みるみるうちに、赤く、熱を帯び、やがて、どろりとした、銀色の、液体へと、姿を変えていく。
「すごい……。本当に、溶けちゃった……」
茜さんが、感嘆の声を、上げる。
次に、永禄の、まともな、硬貨を、使って、砂で、鋳型を、作る。そして、その、鋳型に、溶かした、金属を、慎重に、流し込んでいく。
じゅっ、という、音と、共に、白い煙が、立ち上った。
やがて、金属が、冷え固まり、俺が、鋳型から、それらを、取り出すと、そこには、紛れもない、
「銭」の形をした、金属片が、出来上がっていた。
「で、できた……! できたぞ!」
俺は、思わず、歓声を、上げた。
道具も、まともで、何度でも、やり直しが、できる、この、恵まれた環境。これならば、誰でも、簡単に、錬金術師に、なれてしまうだろう。
だが、俺は、すぐに、ある、致命的な、問題に、気がついた。
「……あれ?」
出来上がった、銭は、ぴかぴかだった。鋳造したての、新品ほやほや。まるで、造幣局から、出てきた、ばかりのような、輝きを、放っている。
「……こんな、綺麗な、銭、向こうの、時代で、見たことがないぞ……」
「確かに……。これでは、あまりにも、不自然すぎますね。一目で、偽物だと、バレてしまうでしょう」
澄田さんが、腕を組んで、唸る。
せっかく、成功したと、思ったのに、ここで、まさかの、壁に、ぶち当たってしまった。
俺たちが、頭を、抱えていると、それまで、黙って、作業を、見ていた、茜さんが、ぽん、と、手を叩いた。
「……ねえ。錆びさせれば、いいんじゃない?」
「え?」
「いやー、私、結構、ライトノベルとか、漫画、読むんだけど、こういう、異世界転生もので、お金を、偽造する話って、定番なのよね。で、そういう時、大体、主人公は、出来上がった、お金を、わざと、古く、見せるのよ」
彼女の、意外な、一言に、俺と澄田さんは、顔を、見合わせた。
「古く、見せる……?」
「そう! 漫画の中では、なんか、酸性の、液体に、つけたり、わざと、水に、さらしたり、土の中に、しばらく、埋めておいたり、してたわよ。要は、強制的に、エイジング加工、しちゃうわけ!」
エイジング加工! その、発想は、なかった!
「……なるほど。合理的です。金属の、表面を、強制的に、酸化させる、ということですね。確かに、それならば、新品のような、輝きは、抑えられるはず……」
澄田さんが、感心したように、頷く。
「すごいな、茜さん! そんな、知識まで、持ってたなんて!」
「えへへ、まあね! オタクの知識も、たまには、役に立つってことよ!」
茜さんは、得意げに、胸を張った。
俺たちは、早速、彼女の、提案を、全て、試してみることにした。
塩水に、つけたり、土に、埋めたり、果ては、醤油や、酢に、漬け込んでみたり。庭先は、もはや、錬金術の、実験場というより、小学生の、夏休みの、自由研究の、様相を、呈していた。
その結果、最も、手間がかからず、それらしい、古びた、風合いを、出せたのは、「濃い塩水に、一晩、つけた後、天日で、乾かす」という、方法だった。
「……うん。まだ、少し、綺麗すぎる気もするが、これなら、なんとか、ごまかせる、かもしれない」
俺は、出来上がった、「エイジング加工済み」の、銭を、手に取り、呟いた。
正直、まだ、不安は、残る。だが、これを、次回、向こうに、持ち込んで、実際に、使えるかどうか、試してみるしか、ないだろう。
次の、転移まで、まだ、少し、時間があった。
俺は、澄田さんの、さらなる、提案を、受け入れ、より、本格的な、「鋳造」に、乗り出すことにした。
「どうせなら、成分から、本物に、近づけましょう。見た目だけでなく、中身も、完璧に、模倣するのです」
彼女は、ネットで、古銭に関する、文献を、漁り、この時代の、銭の、正確な、金属組成を、調べ上げた。
そして、俺は、彼女に、言われるがまま、溶かした、鐚銭を、冷やし固めて作った、小さな、金属の塊を、とある、工業試験場に、送った。「趣味で、作った、合金の、成分を、調べて欲しい」という、名目で。
すぐに、分析結果が、メールで、送られてきた。銅を、主成分に、錫、鉛、そして、ごく微量の、不純物が、含まれている、という、詳細なデータだ。
「よし、この、データに基づいて、材料を、発注します」
澄田さんは、ネットの、通販サイトで、必要な、金属の、粉末を、次々と、購入していく。その、姿は、もはや、大学の研究者、そのものだった。
俺たちは、その、完璧な、レシピに基づいて、再び、銭作りを、始めた。
出来上がった、銭は、もはや、本物と、見分けが、つかないほどの、クオリティに、達していた。
俺は、茜さんの、アイデアを、参考に、表面を、塩水で、酸化処理し、さらに、金槌で、軽く、叩いたり、ヤスリで、擦ったりして、適当に、傷をつけた。
こうして、俺たちの、家の、庭先で、永禄の、世を、揺るがしかねない、大量の、「良銭」が、生み出されたのだ。
俺は、ずっしりと、重い、銭の入った、麻袋を、眺めながら、ごくりと、喉を鳴らした。
これは、ただの、銭じゃない。俺たちの、未来を、切り拓くための、弾丸だ。
そして、この、禁断の、果実を、共に、作り上げた、二人の、女神の顔を、思い浮かべた。
一人は、豊富な、知識で、道を、示し、もう一人は、奇想天外な、発想で、壁を、打ち破る。
俺は、この、二人と、出会えて、本当に、幸運だった。
……まあ、その、幸運の、代償として、俺の、ヘタレな心は、常に、振り回されっぱなし、なのだが。
俺は、来るべき、次の、転移の日を、期待と、不安の、入り混じった、複雑な、気持ちで、待つのであった。
俺の、奇妙で、そして、どこかワクワクする日々は、まだまだ、始まったばかりだ。




