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行き来自由の自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第一章 引きこもり
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第二話 思わぬ幸運 美人との出会い

 

 さて、俺の新たなクエストは、ここ北尾張、犬山付近の山中で始まった。


 心を完全にポッキリとへし折られて会社を辞めた俺が、親戚一同から押し付けられた婆さんの家で引きこもるという、なんとも情けないリスタートだ。

 麓から家までの道は、もはや道とは呼べない状態だった。

 前回の探索で学んだはずだが、改めて見ると絶望感がすごい。

 四駆の軽トラでも躊躇するレベルの悪路を、俺は最低限の荷物を背負い、登山家もかくやという形相で汗だくになって、やっとのことで婆さんの家にたどり着いた。


「スローライフ、か……」


 都会の喧騒から離れ、土をいじり、自給自足の生活を送る。

 そんな、意識高い系の雑誌に載っているような甘い幻想を、俺は抱いていた。

 心を癒すために、農業でも始めてみようか、と。


 だが、その甘っちょろい考えは、家の裏手に広がっていた光景を見て、秒で打ち砕かれることとなる。

 婆さんが使っていたという畑は、どこだ?

 目の前に広がるのは、雑草どころか、ところどころに木まで生えている、もはや森と呼ぶべき光景だった。トトロが出てきてもおかしくないレベルの、立派な森だ。


「……無理ゲーだろ、これ」


 庭にあったはずの小さな家庭菜園用の畑も、背丈ほどある雑草が密林を形成しており、そう簡単に手を出せそうにない。

 やれやれ、だ。スローライフ開始前に、ジャングルでのサバイバル生活が始まりそうだ。


 途方に暮れて家の中を物色していると、相続書類の中に農協の預金通帳を見つけた。

 婆さんの名前が書かれた通帳には、俺の退職金よりもゼロが一つ多い、なかなかの金額が記されている。婆ちゃん、やるな。


「とりあえず、麓に降りてみるか」


 麓まで下りれば、大都市の名古屋に近いこともあり、何でもそろいそうだ。

 俺は、僅かな希望を胸に、再びあの獣道を下ることにした。

 ふもと近くにある農協の支店は、思ったよりも小綺麗で、冷房が効いていた。

 天国か。俺は汗だくの汚い格好で窓口へと向かう。


「あの、すみません。相続の件で相談が……」


 俺が声をかけると、顔を上げたのは、俺の記憶の片隅に、淡い初恋の思い出として保存されていた、あの人だった。


「あれ、嶺くん?」


 窓口の向こうから聞こえたのは、鈴を転がすような、しかしどこか聞き覚えのある声。

 顔を上げたのは、昔、近所に住んでいた、誰もが憧れた綺麗なお姉さん、大峰茜さんだった。


「茜さん!?」


「やっぱり! 久しぶりだね。どうしたの、こんなところで。しかも、すごい格好じゃない」


 茜さんは、俺の泥と汗にまみれた姿を見て、悪戯っぽく笑った。

 その笑顔は、昔と少しも変わらない。俺のHPが一瞬で全回復した。


 俺は事情を話し、色々と相談に乗ってもらった。

 都会での挫折、この山奥での引きこもり計画。

 情けない身の上話を、彼女は嫌な顔一つせず、親身になって聞いてくれた。

 聖母か、この人は。


 茜さんの助けもあり、俺は農協の組合員となり、農機具のレンタルができるようになったのだ。

 文明の利器よ、ありがとう。

 そして、茜さん、マジ女神。


「うおおおおお!」


 数日後、俺は借りてきたトラクターの運転席で、勝利の雄叫びを上げていた。

 赤いボディが眩しい、頼れる相棒。

 こいつさえいれば、あの忌々しいジャングルなど、物の数ではない!


 俺はトラクターを唸らせ、婆さんの屋敷までの道に生えている草木を、なぎ倒していく。バリバリという音と共に、行く手を阻んでいた雑草が面白いように刈り取られていく。

 まるで、無双系のゲームのようだ。


 何かに没頭することで、少しずつだが、心が癒されていくのを感じていた。

 そうだ、俺は無力じゃない。

 トラクターさえあれば、道くらい作れるんだ。

 道や庭の畑(だった場所)の整備を進めながら、俺は前にネットで見た修験者のことを思い出す。


「真似事でもすれば、もう少し俺の心を強くできるかもしれない」


 そうだ。肉体的な強さだけでなく、精神的な強さも手に入れなければ。

 俺は、再びあの『なりきりセット』に手を出すことを決意した。

 形から入る。

 それが俺のジャスティスだ。


 道の整備も、草木を刈り取ることがやっとの状況だ。

 ネット通販で何かを注文しても、家まで届きそうにない。

 だから、近くのコンビニ止めで注文をすることになる。


『修験者なりきりセット』が届いたとの連絡を受け、俺はトラクターを麓の駐車場に停め、往復で2時間以上かけてふもとのコンビニへと向かった。


「……こちら、お品物になります」


 コンビニでは、前回と同じ、高校生くらいのバイトの女の子が、俺の注文した品を怪訝そうな目で見ながら渡してくれた。

 その視線が、少しだけ痛い。

 というか、めちゃくちゃ痛い。

 箱に書かれた『なりきり修験者セット(本格仕様)』の文字が、俺の自尊心を的確に抉ってくる。


 翌日から、俺の生活スタイルは一変した。

 朝、目覚めると、まず白装束に着替える。

 そして、修験者の格好でトラクターに乗り込み、庭周りの整備から始める。

 飽きたら、裏山を歩き回る。


 幸い、婆さんの相続財産には農協に預けていた現金の他に、俺の退職金もあった。

 それに、二ヶ月後からは失業保険も下りそうだ。

 当面の生活には困らないだろう。


 金はある。

 俺にないのは、社会性とまともな精神だけだ。


 婆さんの家の周りは、相変わらず草木が生い茂り、畑どころか何もない。

 だが、生前の婆さんから聞いたことがある。

 この辺りには10軒ばかりの集落があって、秋には地元の祠で祭りもやっていた、と。


 とてもじゃないが、そんな形跡はどこにも見当たらない。

 あるのは、ただ手を入れられていないブッシュのみだ。

 本当にここに人が住んでいたのか? 幻だったんじゃないだろうか。


 道を整備しながら、屋敷の敷地内から草刈りをはじめ、飽きると付近を散歩する。

 そんな生活を続ける。

 数日おきにふもとまで下りて食料品などを買い、農機具のレンタルや現金の引き出しなどで農協に寄るたびに、茜さんと世間話をしてから屋敷に戻る。

 それが、俺のささやかな楽しみになっていた。


 最初のうちは、律儀だった。

 普段の修験者の格好から、ふもとに降りるときは、ちゃんとTシャツとジーパンに着替えていた。

 社会人としての最低限のマナーだ、と。

 だが、それもだんだん面倒になってくる。

 汗だくの作業着から、また着替える。その手間が、億劫で仕方ない。


「あら、嶺くん、その格好……」


 ついに修験者の格好のまま農協に顔を出すと、茜さんに、目を丸くして驚かれた。


「いや、その、山での作業着みたいなもので……あはは」


 俺の苦しい言い訳に、茜さんは「ふふっ、似合ってるじゃない」と、天使のような微笑みを返してくれた。好き。

 だが、それが度々となると、俺のことはこの辺りでは、ただの「変わり者」として認識され始めたらしい。


「あの、もしかして、新手のコスプレーヤーの方ですか?」


 ある日、例のコンビニで、バイトの少女に、真顔でそう聞かれた時は、さすがに少しショックを受けた。

 しかも、ご丁寧に「何かのアニメのキャラですか?」とまで聞いてくる。

 違う。俺は、俺自身の心の平穏と戦っているんだ。


 だが、俺がやっていることは、とてもじゃないが修行などとは言えない。

 ただの真似事だ。

 トラクターに乗って、エンジン音を響かせている修験者が、どこにいるというのか。


 だから、コスプレーヤーと言われても、まあ、間違ってはいないのだろう。

 俺は、そう自分に言い聞かせ、哀愁を漂わせながら、カップ麺を一つ買って、山へと帰った。


 夜にはネットで興味の向くままに時間をつぶす。

 面白い動画を見たり、くだらない掲示板を眺めたり。

 都会にいた頃と、やっていることは何も変わらない。

 ただ、場所が山奥になっただけだ。


 そんな、奇妙なスローライフ(?)を、半月ばかりしていた。

 俺の心は、まだ、完全には癒えていない。

 だが、あの、息もできなかった都会の日々に比べれば、今の生活は、間違いなく、天国に近かった。


 この、あまりにも平和な日常が、とんでもないファンタジーへの、長い長いプロローグに過ぎないことなど、この時の俺は、知る由もなかったのである。



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