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行き来自由の戦国時代  作者: へいたれAI
第三章 永禄尾張の地で
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第18話 ヘタレ主人公と運命のコンタクト

 

 永禄尾張に舞い戻った俺を待っていたのは、山窩や木地たちの、期待に満ちた眼差しだった。俺が令和から持ち込んだサツマイモの苗は、彼らにとって、未来の食糧を約束する、まさに宝の山に見えたのだろう。


「これが、さつま、いも……」


「南蛮渡来の、珍しい作物だと聞きましたぜ、先輩!」


 俺は、苗の植え付け方を、令和の知識を総動員して説明しながら、清州での次なる一手について、頭を巡らせていた。

 今や、俺たちの活動の拠点は、この山村だけではない。清州の城下町こそが、俺たちの未来を左右する、主戦場なのだ。


「よし、決めた。俺も、少し、格好を変える」


 いつまでも、山伏のような格好では、商人たちとの本格的な取引において、侮られる可能性がある。


「還俗した……ということにする。これからは、商人として、清州の町に溶け込むんだ」


 俺の宣言に、一番、乗り気になったのは、詩織さんだった。


「まあ、素敵! それなら、私に、お衣装の仕立てを、お任せくださいな!」


 彼女は、目をキラキラさせながら、どこからか、反物や採寸道具を取り出してきた。その手際の良さは、まるで、現代のスタイリストのようだ。


「嶺さんは、背も高いし、すらっとしているから、きっと、良いお着物が似合いますわ。下手な伊達男みたいにならないように、それでいて、貧相に見えないように……。うふふ、腕が鳴るわ」


「お、おい、詩織……。あんまり、旦那以外の男に、夢中になるんじゃねえよ……」


 隣では、大森が、分かりやすく、やきもちを焼いている。


「あら、やだ。あなたったら。嶺さんは、私たちにとって、命の恩人であり、大切な仲間でしょう? その嶺さんが、より良く見えるように、お世話するのは、当たり前じゃないの」


「そ、それは、そうだが……」


 詩織さんに、にっこりと微笑まれ、大森は、ぐうの音も出ないらしい。やれやれ、この夫婦は、相変わらずだな。

 俺は、彼らのやり取りを、微笑ましく眺めながら、ふと、令和の二人のことを、思い出していた。

 これが、もし、澄田さんだったら、「TPOを考慮し、最も費用対効果の高い、戦略的服装を提案します」なんて、理路整然と、コーディネートを組んでくれただろうか。


 茜さんだったら、「えーっ! 嶺さん、かっこいい! 写真撮って、農協の皆に、自慢しちゃお!」なんて、無邪気に、はしゃいでくれただろうか。


 二人の顔を思い浮かべると、胸の奥が、きゅっと、甘酸っぱい痛みを感じた。

 数日後、詩織さんプロデュースによる、俺の新しい衣装が完成した。落ち着いた、濃紺の麻の着物に、品の良い茶色の羽織。決して、派手ではないが、質の良さが、一目で分かる。


「……どうだろうか?」


 俺が、おずおずと、皆の前に姿を現すと、詩織さんは、満足げに、何度も頷いた。


「完璧ですわ! これなら、完全に、裕福な、やり手の商人風情に、見えます!」


「へ、へえ……」


 手放しの絶賛に、どう反応していいか、分からない。

 俺は、商売のほとんどを、今や、大番頭の風格すら漂わせるようになった、大森に任せ、時間のある限り、清州の街を、一人で歩き回ることにした。


 どこで、何が、いくらで売られているのか。人々は、何を欲し、何に困っているのか。この時代の、生の経済を、肌で感じる必要があった。


 活気に満ちた、清州の街並み。

 行き交う人々の、力強い息遣い。

 俺は、自分が、確かに、この時代を生きているのだと、実感していた。


 そんな日々が、しばらく続いた、ある日のことだった。

 いつものように、市場の様子を、ぼんやりと眺めながら、路地を歩いていると、不意に、背後から、鋭い声が、飛んできた。


「そこのお主、しばし、待たれよ」


 振り返ると、そこに立っていたのは、腰に刀を差し、いかにも、武家仕えといった風体の、いかつい男だった。足軽、というやつだろうか。


「……何か、御用でしょうか?」


 俺は、できるだけ、平静を装って、尋ねた。

 内心では、心臓が、早鐘のように、鳴り響いている。

 怪しい者とでも、思われたのだろうか。この格好は、逆に、目立ちすぎたのか?


「見慣れぬ顔だが、何者だ。近頃、この辺りを、うろついていると、報告を受けておる」


「はあ。私は、しがない、商人でして……」


「問答は、無用。我が主が、お主に、会ってみたいと、仰せだ。否とは、言わせぬ。ついて参れ」


 男は、有無を言わさぬ口調で、そう告げた。

 やばい。これは、完全に、面倒なことに、巻き込まれた。

 俺は、観念して、男の後に、ついていくしかなかった。

 連れてこられたのは、清州城にもほど近い、立派な武家屋敷だった。通された座敷で、正座して待っていると、やがて、奥の襖が、静かに開いた。


 現れたのは、四十代半ばほどの、穏やかだが、眼光の鋭い、一人の男だった。その目つきは、相手の、心の奥底まで、見透かすかのようだ。


「お初に、お目にかかる。わしは、武井夕庵と申す者」


 たけい、ゆうあん……。

 その名を、聞いた瞬間、俺の背筋に、冷たい汗が、つっと、流れた。

 知っている。澄田さんの、歴史レクチャーで、何度も、その名前を聞いた。織田信長の、側近中の側近。外交や、内政を、一手に担った、切れ者中の切れ者だ。

 なぜ、そんな、大物が、俺なんかに……?


 俺の頭は、完全に、パニックに陥っていた。だが、ここで、挙動不審な態度を取れば、それこそ、命がない。

 しっかりしろ、俺! こういう時こそ、澄田さんのように、冷静に、状況を分析するんだ! 茜さんのように、度胸を据えるんだ!

 俺は、心の中で、令和の女神たちに、祈りを捧げた。


「……して、お主は、何者かな? 名と、出自を、聞かせては、もらえぬか」


 夕庵の、静かだが、有無を言わさぬ問いに、俺は、覚悟を決めた。


「は。私は、長田嶺おさだれいと、申します。生まれは、美濃の片田舎ですが、故あって、流れ着き、今は、犬山の、ほど近く……、山の村にて、長をしております」


 いきなり名を問われて、ごまかしてしまう。

 しかし、ここで本名を名乗っても別に何ら問題はなかったが、ごまかした以上、押し通すしかない。

 嘘と、本当を、巧みに、混ぜ合わせる。

 転移関連のこと以外は、できるだけ、正直に話すしかない。


 俺は、最近、村に流れ着いた、木地や山窩の者たちを、まとめ上げ、炭を焼き、ささやかながらも、村を、立て直していることを、説明した。


「ほう。犬山、とな」


 夕庵の目が、ぴくりと、動いた。


「お主も、知っておろう。犬山城主、織田信清様は、未だ、上総介様(信長のこと)に、恭順の意を、示されてはおらぬ」


「……噂には、聞き及んでおります」


「そのような、きな臭い土地の、すぐそばで、村の長、とな。面白い。お主の村には、戦働きのできる者は、何人おる?」


 来た。核心の質問だ。


「恥ずかしながら、元より、戦に、心得のある者は、おりませぬ。ですが、皆、故郷を守りたいという、気概だけは、持ち合わせております。もし、上総介様が、犬山を、ご平定なされるというのであれば、我ら、村の民、微力ながら、喜んで、ご協力、いたしましょう。兵糧の、一端を担うことも、地の利を活かした、道案内も、お役に立てることが、あるやもしれませぬ」


 俺は、一世一代の、大博打を打った。

 夕庵は、何も言わず、ただ、じっと、俺の目を、見つめている。その沈黙が、恐ろしかった。

 やがて、彼は、ふっと、口元を、緩めた。


「……面白い男よ。気に入った。長田殿、と、お呼びしよう」


「は……」


「今日は、もう、下がって、よい。……ああ、そうだ。今後、お主に、何か、伝えたいことが、できた場合、どうすれば、よいかな?」


「はっ。清州の町に、『近江屋』という、懇意にしている、大きな商店がございます。そこの主人に、伝言を頼んでいただければ、私は、頻繁に、出入りしておりますゆえ、すぐに、届きます」


「近江屋、か。承知した」


 俺は、深々と、頭を下げ、冷や汗で、ぐっしょりと濡れた背中を、感じながら、その屋敷を、後にしたのだった。

 村に戻った俺は、すぐに、大森と詩織さんを呼び、事の次第を、洗いざらい、話した。


「ぶ、武井夕庵様、ですと!?」


 大森は、驚きのあまり、目を、丸くしている。


「先輩、とんでもねえ、大物と、接触しちまったんじゃ、ないですかい!」


「ああ。だが、これは、好機だ。俺たちが、信長勢に、食い込むための、大きな、一歩になる」


 俺は、改めて、澄田さんから聞いた、未来の情報を、二人に伝えた。


「来年、永禄五年には、犬山城との、本格的な戦が、始まる。その際に、俺たちは、信長方として、協力する。そのための、布石を、俺は、今、打ってきたんだ」


「なるほど……。さすがは、先輩だ」


 大森が、感心したように、頷く。

 俺は、そんな彼と、心配そうに、寄り添う、詩織さんの姿を見て、また、ちくりと、胸が痛んだ。俺が、こうして、命がけで、未来を切り拓いている間、俺の、ラブコメクエストは、完全に、停滞したままだ。


 ……やれやれ。

 その後も、俺たちの、清州通いは、続いた。

 武井夕庵との、接触という、大きな出来事があったが、俺たちの、日常は、変わらない。炭を売り、そして、新たな商品である、陶器を、売り込む。


 その、陶器が、思わぬ、評判を呼んだ。

 特に、草木灰の釉薬を使った、淡い緑色の器は、その、素朴で、温かみのある風合いが、受けたらしい。


「長田殿のところの器は、良い。飽きが、こない」


 近江屋の主人だけでなく、他の商人たちからも、声がかかるようになった。

 そして、ついに、俺たちは、清州で、一番、大きいと、言われる、大店「清須屋」との、取引を、開始することになったのだ。


「まさか、あの、清須屋様と、取引ができるなんて……」


 大森が、興奮気味に、報告してくる。


「これも、詩織たちが、心を込めて、良い器を、作ってくれている、おかげだな」


「まあ、嶺さん……」


 詩織さんが、嬉しそうに、頬を染める。

 そんなある日、俺は、再び、武井夕庵に、会う機会を得た。

 俺は、ここぞとばかりに、村で、一番、出来の良い、器を、いくつか、彼に、贈呈した。


「これは、我らの村の者たちが、心を込めて、作り上げたもの。戦働きは、からっきしですが、このような、物作りでならば、上総介様の、お役に、立てるやもしれませぬ」


 俺は、自分たちが、ただの、山猿の集団ではないこと、文化的な、生産力を持った、有用な民であることを、必死に、アピールした。

 夕庵は、器を、手に取り、じっと、眺めると、一言だけ、こう言った。


「……見事なものだ」


 その言葉だけで、俺は、報われた気がした。

 信長勢との、か細いながらも、確かな、つてが、できた。

 俺は、しばらく、外交的な動きは、控え、村の、拠点整備……、内政に、全力を、注ぐことに決めた。

 炭の生産量を、さらに、増やし、安定させる。器も、ただ、作るだけでなく、品質を、さらに、上げていく。


「いずれは、磁器を作りたいな。白い、焼き物だ。そうなれば、もっと、高く、売れるはずだ」


 俺は、澄田さんの残してくれた、専門書を、穴が開くほど、読み返した。そこに書かれている、知識の一つ一つが、宝の山だった。彼女の、理知的な横顔を思い出すと、無性に、会いたくなった。

 そして、春。俺たちは、新たな、農業にも、挑戦した。


 令和から、持ち込んだ、サツマイモと、ジャガイモ。そして、砂糖の原料になる、甜菜てんさい。それから、痩せた土地でも育つ、そば。さらには、茶の木の、栽培も始めた。

 今はまだ、実験的な意味合いが、強い。だが、これらが、将来、俺たちの村を支える、大きな、柱になるはずだ。


「茜さんなら、もっと、上手な、育て方を、知ってるだろうな……」


 土に、まみれながら、ふと、そんなことを、考える。農協で働く、彼女の、専門知識が、今、喉から、手が出るほど、欲しかった。

 店舗を持たない、俺たちのような、生産者にとって、取引先の開拓と、商品の開発は、生命線だ。


 清州だけでなく、いずれは、熱田や、津島の、大きな港町にも、俺たちの商品を、売り込んでいく。夢は、広がるばかりだった。


 農繁期が、本格的に、近づいてきた、四月の新月。

 俺は、再び、令和に、帰る時が来たことを、悟った。

 村の皆に、しばしの別れを告げると、大森が、ニヤニヤしながら、俺の肩を叩いた。


「先輩! 今度こそ、ちゃんと、進展、させてくるんですよ! 男を、見せてください!」


「う、うるさい!」


 俺は、顔を赤くしながら、彼を、軽く、小突いた。

 永禄での、生活は、充実していた。信長勢との、パイプもできた。村は、豊かになりつつある。


 だが、俺の、個人のクエストは、どうだ?

 一抹の、不安と、それを、遥かに上回る、期待感。

 令和に帰れば、あの、二人と、また、会える。


「あの二人、仲良く、やってるだろうか……」


 俺は、そんな、呑気なことを、考えながら、一人、祠へと、向かっていた。

 まさか、その二人が、がっちりと、スクラムを組み、「対ヘタレ主人公共同戦線」なる、恐るべき、同盟を、結んでいるとは、露とも知らずに。


 俺は、二人の、笑顔を、思い浮かべ、少しだけ、胸を、高鳴らせながら、決意を固めた。


「よし、帰るか!」


 時空を繋ぐ、眩い光の中へ、俺は、再び、その身を、投じたのだった。

 俺の、奇妙で、そして、どこかワクワクする日々は、まだまだ、始まったばかりだ。



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